一輪目 プロローグ①
春の始まりだった。
窓の外を流れる街並みは、薄い緑に染まり始めている。
電車の揺れに合わせて、吊り革が小さく軋んだ。
「……」
香瀬 樹は、窓へ映る自分の姿をぼんやり見ていた。
黄色味がかかった橙の髪。
「花族」の中では普通にある色。
だが、「何かの花族」に思われるのは都合が良かった。
目立たない。
記憶に残らない。
誰にも踏み込まれない。
それが一番いい。
「次は、東雲中央学園前〜」
車内アナウンスが響く。
樹は静かに立ち上がった。
小さく息を吐く。
電車の扉が開いた。
入学初日。
東雲中央学園。
植物種育成指定校。
通称、“花屋”。
ここを選んだ理由。
一般高校だから。
進学校へ進むと、必然的に
日の目を浴びすぎる。
「緊張してきたな……」
校門前で誰かが声を漏らす。
広大な敷地。
ガラス張りの校舎。
校庭を囲むように植えられた樹木。
そして、生徒達。
学校に自然と溶け込んでいる
色とりどりの生徒達。
種族ごとの特徴はあれど、今、世界ではそれが当たり前の景色だった。
樹は人混みの中を静かに歩く。
新一年生達が
他の生徒達を見てざわついている。
「お、おい見ろよ。あの木族、デカ……」
「果物族ってやっぱ可愛い顔多いな」
「今年の主席候補、花族らしいぜ」
ざわめきが飛び交う。
樹は興味なさげに通り過ぎた。
「……これなら心配ないか」
好奇な目で見られる事もなく
普通に学園生活を送れそうな様子を感じて、警戒心を一段階下げる。
ただ、先輩だろうか
銀髪生徒がこちらを見ていた気がした。
視線に気づいた様に、こちらも視線を送ると、長い髪を翻し、校舎へと戻って行った。
(……まぁ変わった人も居るよな)
だが、それ以上気にすることはなかった。
「新入生諸君。入学おめでとう。入学してからの日程は、各生徒、自身の教室で確認を——」
入学式という物自体、初めての経験だったが、不思議な物で、頭には入ってこない。
他の生徒曰く「こういう物」らしい。
ほどなくして入学式も終わり
白を基調とした少し広めの教室。
同じ学校だった者同士では
自然とグループ化しながら会話したり
気になる相手へは、各々生徒同士で
コミュニケーションを取っていた。
自分は目立つ必要が無い。
コミュニケーションも取りに行く必要が無い。
年齢はそれほど変わらなくても
樹自身が俗世から疎い事が分かっていたからこそ、必要以上の交流はしない。
——ただ1つ。
「なんか、良い匂いするよねー?」
「ね!花族の人かな?あんまり感じた事ないにおーい!」
「めっちゃ良い匂いしね?」
「女子の誰かかなぁ…!気になるぅ…」
種族ごとに、『香り』の強くなる時期は違う。
春先の樹は、『香り』が少しだけ目立つ。
クラス内で、まだ席が決められていない。
匂いが混ざっているおかげで
幸い、今は注目される事はなさそうだ。
樹は、教室の隅でクラスメイトを眺めていた。
「これからどうなるのか」を考えていた。
ふと樹に近付く、白髪ショートの女子生徒が話しかけてきた。
「ねぇ君、ちょっといいかな?」
樹の肩が、わずかに強張る。
「…何かな?」
「ふふっ、そんなに警戒しなくて大丈夫だよ?ただお話したいなって」
相手は一般生徒。
ただ話しかけられただけ。
危険な気配もない。
——分かっている。
それでも
先に警戒が出てしまう。
「あぁ…ごめん、そんなつもりじゃ…」
と、言葉を続けようとした時
すると、教室の扉が開く。
「はいはーい、皆席に着いて〜…ってそっか、席決まってないんだったな。今近くにある適当な席に座ってくれ〜」
「あら、あとで…かな?」
そう言いつつ、樹は目の前にあった窓際の一番後ろの席へ座る。
白髪のクラスメイトは、教師の言葉通りに受け取ったのか、会話していたであろう他の女子の方へは行かず、樹の隣に座った。
教卓に教師が立ち、朝のHRの準備を整えている。
ダークグリーンの髪
入学式で事前に教わった「担任」となるであろう男性の姿だ。
「改めて、入学おめでとう!私は『木族』オリーブ属の、機部賢人だ。君達の担任となる。」
あの人とは違う『木族』。
どこか親しみのある柔らかそうな物腰。
けど、全員を『見てる』。
そんな雰囲気のある教師だった。
「入学して早々で、新入生には申し訳ないんだけど、今日は自己紹介とかでほどほどにして、明日早速『クラス別適性検査』を行うからなー」
ざわつく生徒達。
続けて教師の説明が入る。
「『能力』使用制限は無し。降参、または戦闘不能で終了。——以上だ。」
「以上って…先生ぇ、他にはぁ?!」
「んー…強いて言うなら『開花』を使えるかどうかで話が変わるんじゃないか?』
『あのー…『開花』が使えない場合はー…」
と、気弱そうな一人の女子生徒が質問する。
「無理にとは言わないよ。能力に自信が無い者、戦闘に気が乗らなければ、最初から辞退してもらって構わない。」
樹は静かに息を吐いた。
《判断に迷った場合は、お前の心に従え》
あの人が教えてくれた言葉が
樹の脳内でこだました。
「参加…してみるか……」
小さく呟いた。
すると、予想外にも
隣に居た白髪のクラスメイトが
「あら、君も参加するの?じゃあもしかしたらライバルかもだね!」
「聞こえてた…?」
「ふふっ、男の子だもん、こういう競い合いの場とかだと、燃え上がる物でなくて?」
いたずらっぽく笑うその笑顔。
『ライバルかも』という彼女の自信
ただ単に
楽しみだから
と言わんばかりの雰囲気にも取れた。
「改めまして、私、百花院 栞。
『木族』のアカネ科…クチナシの家系よ。」




