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倒れないでくれ! ――限界と選択を描く医療ヒューマンドラマ――  作者: 東雲 明
四年生編:倒れず走る四年生

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第93話 その衣装、俺は守れない

 ダンスパーティが近づくにつれ、ルミエールアカデミーの雰囲気は、ますます落ち着きを失っていった。

 実習室でも廊下でも、話題は衣装のことばかりだ。


「もう仕立て屋予約した?」

「今年は動きやすさ重視だって聞いたよ」

「病院棟でやるから、床が滑りにくい靴がいいらしい」


 ……さすが医療系。

 心配する方向が、どこか現実的だ。


 俺はというと、白衣を脱いだあと、どんな服を着ればいいのか分からずにいた。

 派手すぎるのは違うし、地味すぎても場にそぐわない。


 そんなことを考えながら、更衣室でロッカーを閉めた瞬間。


「ハヤト! 聞いてくれよ!」


 背後から勢いよく声をかけられ、反射的に振り向く。

 テオ・アルトだった。


「嫌な予感しかしない」

「ひどいな!? 今回はかなりいい案なんだぞ!」


 テオは胸を張り、俺の前に立つ。


「衣装の話なんだけどさ」

「やっぱり来たか」


 俺は覚悟を決めて頷いた。


「俺、考えたんだよ。医療系のダンスパーティなんだろ?」

「……うん」

「だったらさ、俺たちの“強み”を活かすべきだと思うんだ」


 テオは真剣な顔をしている。

 その分、嫌な予感が強まった。


「強みって?」

「これだ!」


 テオが取り出したのは、スケッチブックだった。

 勢いよく開かれたページを見て、俺は言葉を失う。


「……それは?」

「見て分かんない? 白衣をベースにした正装だよ!」


 そこに描かれていたのは、明らかに改造された白衣だった。

 丈は妙に長く、肩にはなぜか金色の装飾。背中には謎のマント。


「それ、動けるか?」

「動ける動ける! たぶん!」

「“たぶん”で現場に出るな」


 思わず即ツッコミが出る。


「でもさ、これなら一目で医療系って分かるし、目立つだろ?」

「目立つけど、違う方向だ」


 周囲で聞いていた学生たちが、ひそひそと笑い始める。


「なにあれ……」

「テオ先輩、またやってる」

「マントはいらなくない?」


「いるって! 映えるだろ!」

「映えより安全性だ」


 俺はスケッチブックを指さした。


「それ、踊ったら誰かに引っかかる」

「え?」

「転倒リスクが高い。命は守れない」


 テオは一瞬黙り込み、それから肩を落とした。


「……命は守れないか」

「守れない」


 そのやり取りを聞いていたエマ・リンデンが、腕を組んで近づいてきた。


「当然でしょ。床に引っかかったら、即事故よ」

「エマぁ……」


「第一、あなたのその発想、患者さん目線ゼロ」

「そんなこと――」


 エマはため息をつき、テオのスケッチを指で軽く叩いた。


「白衣は“仕事着”。お祝いの場では、ちゃんと切り替えなさい」

「……う」


 正論だった。


 俺は二人の間に入り、少しだけフォローする。


「でも、発想自体は悪くない」

「本当か?」

「医療を大事にしてるって気持ちは、ちゃんと伝わる」


 テオの表情が、わずかに明るくなった。


「だからさ、エマの言う通り、動きやすくて普通の正装にしよう」

「……普通、か」

「それが一番、事故が起きない」


 俺たちの会話に、周囲の学生も頷いていた。


「確かに、転倒したらシャレにならないよね」

「医療系が倒れたら元も子もない」


 その言葉に、俺は小さく笑う。


 ――倒れない。

 それが、この場所の合言葉だ。


 その後、仕立て屋の話になり、みんなで資料を広げ始めた。


「色はどうする?」

「暗すぎると病院っぽいわよ」

「動きやすさ重視なら、ここが……」


 そんなやり取りの中で、俺はエレナのことを思い浮かべる。

 無理のない靴。長時間立たせない工夫。休める場所の確認。


 パーティは華やかでも、医療の視点は手放さない。


「ハヤト、あんた真剣すぎ」

「当たり前だろ」


 エマに言われ、俺は即答した。


「楽しむためにも、準備は必要だ」

「……ほんと、あんたらしい」


 テオは俺の肩を叩き、にっと笑った。


「じゃあさ、俺は普通の服にする。その代わり――」

「その代わり?」

「ネクタイだけ、ちょっと派手にしていいか?」


 そのくらいなら、許容範囲だ。


「……転倒しないならな」

「しないしない!」


 笑い声が広がる。


 衣装一つでも、俺たちは本気だ。

 それは命を扱う人間としての癖みたいなものかもしれない。


 でも、だからこそ守れる夜がある。


 ――頼むから、誰も倒れないでくれ。


 その願いを胸に、俺は静かに準備を進めていった。

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