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倒れないでくれ! ――限界と選択を描く医療ヒューマンドラマ――  作者: 東雲 明
四年生編:倒れず走る四年生

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第84話 俺はまだ弱いーそれでも誰かを救いたい

 夜勤ってのは、もっと静かで、息の詰まるような孤独と向き合う時間……そんな印象を勝手に抱いていた。

 実際には違った。

 深夜の病院は静かすぎて、逆に張りつめる。その静けさを破るのが、いつ鳴るかわからない救急のコールだ。


 「救急車、五分後に到着します!」


 その声がナースステーションに響いた瞬間、俺の心臓が一気に跳ねた。

 薄暗い蛍光灯の下、緊張で喉が一気に乾く。

 初めての夜勤。しかも、救急対応。


 ——やばい、ついに来た。


 覚悟はしてたはずなのに、いざその瞬間が迫ると、俺の手は小刻みに震え始めた。


 「ハヤト、動けるか?」


 肩を軽く叩いた高峰先生の声はいつもより低い。

 その声に背中を押されるようにして、俺は頷いた。


 「……行きます」


 言葉は一応出たけど、声が情けなく震えてた。



■ 救急搬入口にて


 救急車のサイレンが近づいてくる。

 赤い光が壁を照らして、夜の冷たい空気を切り裂いた。


 「来たぞ!」


 救急車のドアが開くと同時に、担架が運び込まれてくる。

 ストレッチャーの上には、制服姿の高校生。

 顔色は悪く、呼吸が浅くて、胸が上下するたびに苦しそうに歪んでいる。


 「男子高校生、交通外傷! 右側腹部強打、意識レベルJCS 20!」


 訓練では何度も聞いた言葉。

 でも、本物の現場で聞くと、その重さがまるで違う。


 俺の背中を冷たい汗がつっと落ちた。


 「ハヤト、呼吸確認して。SpO2は任せた」


 「は、はい!」


 言いながら近寄ると、少年の目が俺を通り抜けるように虚ろで、恐怖で胸が締めつけられた。


 ——これが“命の現場”か。

 こんなに怖いなんて、聞いてない。


 パルスオキシメーターを取り出すが、手が震えてなかなか指に挟めない。


 頼む、動け……!


 ようやく計測が始まり、数字が表示された。


 SpO2……89。


 低い。危ない。


 焦りで喉が詰まりそうだ。


 「呼吸数は?」


 「え、えっと……浅くて……」


 言葉が続かない。情けないほど頭が真っ白だ。


 「呼吸を見るんだ。胸を見ろ」


 高峰先生の声に、俺は思わず息を吸った。


 ——落ち着け。考えるな。見るんだ。


 少年の胸の上下を見て、なんとか声を絞り出す。


 「呼吸数……20! 努力呼吸強いです!」


 「よし、酸素4リットルだ。マスク!」


 「はい!」


 酸素マスクを装着した瞬間、俺の手の震えはピークだった。

 だけど、少年の呼吸が少し楽になっていくのが見えて、胸がじんと熱くなる。


 SpO2がゆっくりと上がり始めた。


 89 → 91 → 94。


 ——頼む、もっと……。


 「95! 安定してきました!」


 数字が95になった瞬間、足の力が抜けそうになった。

 この場でへたり込みたくなるほどの安堵感。



■ 処置室の空気


 その後の処置は怒涛だった。

 俺はひたすら指示に従って動き、器具を準備し、搬送のための記録を取り、少年の意識を確認し続けた。


 気づけば30分以上が経過していた。


 患者が安定し、搬送されていった後、静寂が戻った処置室で俺はその場に立ち尽くした。


 「……俺、ヤバかったですよね」


 高峰先生は淡々と器具を片付けながら言った。


 「新人はみんなヤバい。震えて当たり前だ」


 そう言われても、自分の不甲斐なさが消えるわけじゃない。


 「俺、足引っ張ってなかったですか……?」


 「引っ張ってたら注意してる。お前は“止まらなかった”。それがいいところだ」


 その一言で、胸の奥が少しだけ軽くなった。


 でも同時にこうも思った。


 ——俺はまだ全然弱い。

 こんな震えてる手で、本当に人を救えるのか?


 それでも、さっきの少年の呼吸が安定していった瞬間を思い出すと、胸の奥がじわっと熱くなる。


 あれは確かに、俺の手で「繋がった命」だった。


 その実感だけは、誰にも奪えない。



■ 深夜、休憩室にて


 深夜3時。

 ようやく休憩に入り、椅子に倒れ込むように座った。


 頭が痛い。

 体は重くて、吐き気すらする。


 夜勤って、こんなに体力を削られるのか……。


 その時、スマホが震えた。


 <はやとにぃに、夜勤だいじょうぶ?無理しすぎないでよ>


 短いメッセージなのに、胸の奥がふっと温かくなる。


 エレナの文字だけで、疲れが少し溶けていく気がした。


 <大丈夫。ちゃんと帰るから、寝てろ>


 本当は平気じゃない。

 さっき倒れかけたし、今も足がふらつく。


 でも、あいつにだけは心配かけたくない。


 返信を送ってスマホを置くと、一気に眠気が襲ってきた。


 天井の薄暗いライトを見つめながら、俺は思う。


 ——今日、俺は確かに“医療者として一歩前に進んだ”。

 まだ弱くて、震えて、迷って、それでも前に進んだ。


 エレナに胸張って帰るためにも、俺はもっと強くならなきゃいけない。


 この手で、また誰かの命を守るために。


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