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倒れないでくれ! ――限界と選択を描く医療ヒューマンドラマ――  作者: 東雲 明
四年生編:倒れず走る四年生

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第83話 初夜勤、揺らぐ足元

夜勤。

それは学生の実習とはまったく違う、責任の重さがのしかかる仕事だった。


地震の余波で患者数は増え、救急の搬送も途切れない。

俺は記録台の前で必死に検査オーダーを処理し、

ナースから飛んでくる指示も逃すまいと耳を研ぎ澄ませていた。


だが——


(……まずい。気持ち悪ぃ)


昼にパン半分を流し込んだだけ。

緊張と空腹が一気にきて、胃の奥がきしむ。


心臓も脈だけが暴走して、呼吸が浅くなる。


(夜勤って……こんなにしんどかったか?)


記録の画面が二重に見えはじめた、そのときだった。


「に、にぃにっ!?」


聞き慣れた高い声に、頭が跳ね上がる。


(嘘だろ……エレナ!?)


夜勤フロアに、俺の彼女——エレナが立っていた。


「お、おい!? 寮どうした!? 抜け出したのか!?」


「だってにぃに、今にも倒れそうだったもん!!」


倒れそう——

そんなことは……ない。はず。


そう思った瞬間、視界がぐらりと揺れた。


エレナの手が、俺の手首を掴む。


脈を確かめるための動き。

あいつはこう見えて、医療者の素質がやたら高い。


「ほら!! 脈バクバクしてんじゃん! これ完全にやばいやつだよ!!」


「だ、大丈夫……緊張してるだけ……」


言い終える前に、今度は足がふらついた。


「にぃに!!」


エレナが小さな体で支えてくれた。


(……弱ぇとこ、見せたくねぇのに)



◆休憩室へ(テオが来る)


「ハヤト!? やっぱりいたー!」


間延びした声。

来たのは——同じ獅子寮の親友、テオだった。


手にはプリンと水のペットボトルを抱えている。


「顔色、超悪いよ!? てかゾンビじゃん!?」


「……テオ、言い方ぁ……」


「だってほんとにゾンビだもん!!」


いや、ちょっとは心配してくれ。

そう思った瞬間、テオが俺の腕を支えてきた。


「ほら、歩ける? エレナちゃん、ひとりでハヤト運ぶの大変でしょ!」


「運ぶとか言うな!!」


文句を言っても、身体は素直じゃない。

テオとエレナに両側から支えられ、休憩室まで引っ張られた。


ソファに座らされ、水とプリンを突きつけられる。


「ハヤト、昼ごはんなに食べた?」


「……パン半分」


「半分!? 夜勤舐めてるの!? バカなの!?」


エレナの怒声が飛ぶ。


「耳痛ぇ……」


「痛くていい!! 倒れるほうが悪いの!!!」


テオはプリンを開けながら、いつになく真面目な顔をした。


「……ハヤト、ほんとに無理するタイプなんだから。

倒れたら困るの、患者さんだけじゃないんだよ?」


言われて胸がズキッとした。


“患者さんだけじゃない”


その言葉に、自然とエレナが視界に入る。


俺の隣で、必死に涙をこらえている。


(……そんな顔、させたくねぇ)


栄養ゼリーと水をゆっくり飲むと、呼吸が少し楽になった。



◆弱音


「……にぃに、怖かった?」


エレナが小さな声で言った。


弱音なんて見せるつもりなかったのに、

もう誤魔化せなかった。


「……少しだけな。初夜勤で……患者さんに迷惑かけたらどうしようとか……。

地震の余波で忙しくなりそうだし……」


「にぃにが不安なの、初めて聞いた……」


エレナの声は震えていた。


「倒れそうになったの見て、マジで心臓止まるかと思ったんだから……!」


「悪かったって……」


エレナは俺の手をぎゅっと握る。


その手は小さくて温かくて、

俺の不安を少しずつ溶かしていった。


テオがプリンを食べながら言う。


「ねぇ、さっきからさ……ほんと恋人って感じだよね、君たち」


「言うな!!!」

俺とエレナは同時に叫んだ。


テオはニヤニヤしている。


(……こいつ、絶対わざと言ってる)



◆エレナを帰す


少し体が軽くなり、ゆっくり立ち上がる。


「よし……戻るか。エレナ、お前はもう帰れ。

ここにいたら夜勤フロアの職員にバレるぞ」


「……やだ。にぃにがちゃんと歩けるか確認してから帰る」


「俺よりお前のほうが頑固だな……」


テオが手を振りながら言う。


「エレナちゃん、ハヤトは僕が見てるからさ。

安心して戻りなよ。寮、怒られるでしょ?」


「……ほんとに? にぃに倒れたらすぐ教えてよ?」


「倒れねぇって!!」


完全に無視されている。

テオは「はいはい」と軽く手を振った。


エレナはドアの前で振り返り、

小さく息を吸って言った。


「にぃに……ちゃんと戻ってきてね」


心臓が跳ねた。


そのままエレナは廊下へ消えた。

戻ってきた静けさに、胸が少しだけ痛くなる。


テオが横でぽつりと言った。


「……エレナちゃん、ハヤトのこと、ほんと好きだね」


「……分かってるよ」


(だから、倒れられねぇんだよ)


夜勤はまだ終わらない。

けれど、足取りはさっきよりずっと軽かった。


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