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倒れないでくれ! ――限界と選択を描く医療ヒューマンドラマ――  作者: 東雲 明
三年生編:ゴールデントリオの絆

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第78話 地獄の進路相談〜エマ編〜

 テオの「おにぎりドクター宣言」という爆弾が無事(?)処理され、廊下の空気がようやく落ち着いたころ。


「では……次は、リンデンさん」


 校長先生が穏やかに声をかけた。


 エマは静かに椅子から立ち上がり、制服のスカートの裾を整えてからこちらを見た。


「……行ってくるわね」


 いつもより少しだけ顔が引き締まっている。

 優等生の気迫、というやつだろうか。


 テオがひょこっと手を挙げた。


「エマ、がんばれー! 僕の“給食医”よりちゃんとしたの言ってね!」


「……あなたの基準を基にする気はないわ」


 ピシャリと切り捨ててから、エマは校長室へ入っていった。


 扉が閉まると同時に、テオがひそひそ声で言ってくる。


「ハヤト、あれだよね……エマってこういう時だけかっこよくて怖いよね?」


「“だけ”じゃねえよ。だいたいいつも怖いよ」


「えぇ!? 僕だけ!?」


「そりゃお前だけだよ」


 テオの小声の悲鳴で、少し緊張が解ける。

 でも、俺の胸の奥には別の気持ちがあった。


 ――エマは俺たちの中で、一番“医療者”に近い。

 臨床も薬理も強くて、判断も速い。

 そのうえ、どんな状況でも諦めずに現場を見ていられる。


 だからきっと、校長室の中で何を話しているのか、想像がつくようでつかない。


 そんなことを考えていると、校長室の中からかすかに声が聞こえた。


エマ「……私が進みたいのは、薬理と救急の中間です」


校長「中間、ですか。興味深いですね」


 俺とテオは思わず顔を見合わせた。


「中間? 二つをかけ合わせるのか?」


「エマだからできるんじゃない?」


 廊下の椅子に少しだけ座りなおし、耳を澄ませる。


エマ「救急の現場で必要なのは“即時性”です。

 でも、現場で間に合わない薬も多い。

 私は……現場で起こりうる急性疾患に、すぐ投与できる薬の開発をしたいんです」


 ……すごい。

 それは医療の未来そのものみたいな話だった。


校長「そのためには、臨床と研究、両方の経験が必要になりますよ」


エマ「はい。それも理解しています。

 だから私は、救急で経験を積みながら、薬学研究も続けられる環境に進みたいんです」


 簡単に言うけど……実際は相当難しい道だ。


 テオがぽかんと口を開けてつぶやいた。


「……え、エマってそんなすごいの?」


「お前、今まで何見てきたんだよ」


「えぇ!? 僕あんまり難しいことわかんないから!」


 だからズレてるんだよと突っ込みかけたが、今は黙っておいた。


 校長先生の声が続いた。


校長「リンデンさん。君の考えは理にかなっています。そして……非常に優れています」


 静かながら力のこもった声だった。


校長「だが、現場と研究の両立は、想像以上に厳しい。

 体力も、精神力も、普通の医療者の何倍も必要になります。

 君は、それを背負う覚悟がありますか?」


 少しだけ沈黙。


 でもエマの答えは迷いがなかった。


エマ「……はい。あります」


校長「なぜそう言い切れるのです?」


 間を置いて、エマの声が少しだけ柔らかくなった。


エマ「助けたい人がいるからです。

 救えたはずの命を見逃したくありません。

 それに……」


 それに?


 俺は息を潜めた。


エマ「――私、一人じゃありませんから」


 胸が、ほんの少し熱くなった。


 テオがぽそっとつぶやいた。


「おおぉ……エマが仲間を信じてる……」


「奇跡だな」


「奇跡だよ!!」


 ……ほんとに失礼だな、俺たち。


校長「……なるほど。それなら安心しました。

 君が“支えがある”と思いながら進めるのなら、どんな困難でも乗り越えられるでしょう」


 その言葉の奥に、深い信頼が感じられた。


 そしてしばらくして、扉が開いた。


 エマが出てきた。


 深呼吸を終えたばかりのような、少しだけ照れた顔で。


「……終わったわ」


「どうだったんだ?」


「どうもなにも……普通よ。進路が決まっただけだもの」


 そう言って俺とテオに渡してきた書類には、こう書かれていた。


『救急・薬理統合研究プログラム 特別推薦候補』


「特別、じゃん……」


「エマすげえ……!!」


「ちょ、ちょっと大げさよ!」


 いつも冷静なエマが、顔を赤くして手を振る。

 そんな姿、久々に見た気がした。


「だってさ、エマ。校長先生も言ってたろ。現場と研究を両方やるなんて簡単じゃないって」


 俺がそう言うと、エマは小さく息をついた。


「……ええ。でも、やってみたいの。

 現場で“足りない”と感じたものを、そのままにしたくない。

 それを作れる立場になりたいの」


 その気持ち、痛いほどわかる。


「だからこそ、一人じゃ絶対に無理なのよ。

 ……あなたたちがいるから、私は前に進めるの」


 不意にそんなことを言うから、俺もテオも固まってしまった。


「エ、エマ……」


「な、なんか……泣きそう……」


「泣かないでよ!!」


 エマが真っ赤な顔でテオの頭を軽く叩く。


「痛っ!? 今の流れで叩く!?」


「泣くほうが悪いのよ!」


「ひどい!!」


 いつものふたりだ。

 でも、いつもより少しだけ、距離が近く感じた。


 俺たちは三人で並んで歩き出す。


 それぞれ違う進路で、違う夢を追って。

 でも同じ道を歩いてきた仲間で。

 そして、これからも背中を預けられる存在だ。


 エマがふっと笑った。


「……さあ、次は実習の準備よ。忙しくなるわよ、二人とも」


 その声は強くて、温かくて。

 どこか希望の匂いがした。


 ――進路相談は地獄だったけど。

 でも、未来はきっと明るい。


 三人で歩けるなら、どこへだって進める気がした。

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