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倒れないでくれ! ――限界と選択を描く医療ヒューマンドラマ――  作者: 東雲 明
三年生編:ゴールデントリオの絆

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第77話 地獄の進路相談〜テオ編〜

廊下に響き渡った俺の「結婚したい」発言の余韻がようやく薄れてきたころ、次に呼ばれたのはテオだった。


「アルト君、どうぞ」


 校長先生の声を聞いた瞬間、テオは椅子からびょこんと跳ね上がった。

 相変わらず、妙に軽い動きだ。


「よーし! 任せてください校長先生! 僕の進路、ばっちり考えてあります!」


 全然考えてない奴のセリフにしか聞こえない。


 校長室の扉が閉まったあと、エマがため息をついた。


「……嫌な予感しかしないわ」


「だな……」


 テオは“ズレている”。

 本人は大真面目なのに、斜め上に飛んでいく思考回路を持っている。

 しかも本人は自覚ゼロ。一番厄介だ。


 俺とエマが廊下で待っていると、校長室の中からテオの声が聞こえてきた。


「校長先生! 僕、決めました! 将来は――」


 俺とエマは息を飲む。


 頼む。どうか普通であってくれ。


「――世界一の“給食医”になります!!」


 ……給食医?


 エマがゆっくり俺のほうを向く。


「……ねえハヤト。給食医って何?」


「……俺に聞くなよ」


 校長室の中では、校長先生が言葉を選んでいる気配がする。


「アルト君……給食医というのは……?」


「給食を極めた医療者です! 患者さんに健康的でおいしいご飯を作る専門職! 食事で治す時代が来るんですよ! 僕は食で人々を救います!!」


 勢いだけは誰よりも強い。

 いや、勢い“しか”ない。


「……エマ、どうする?」


「どうもしないわよ。校長先生に任せるしかないでしょ」


 と、そのとき。


テオ「だからまずは、食べ放題の研究から始めます!」


校長「……食べ放題?」


テオ「ええ! 人はどこまで食べれば健康なのか! 僕が身をもって研究します!」


 エマのこめかみがピクッと跳ねた。


「……あいつ、また自分を実験材料にする気ね。学年末に胃薬飲みすぎて倒れたくせに」


「……止めても無駄だぞ」


「わかってる」


 二人でため息をついたその瞬間、校長先生の困ったような声が聞こえてきた。


「アルト君。君の情熱はよくわかりましたが……医療者として必要なのは、まず基礎知識と臨床経験です。食べ放題の研究を卒業論文にするのは、いささか無理があるかと」


「えっ!? だめですか!? じゃあ……じゃあ……!」


 沈黙。


 俺とエマは耳を澄ませる。

 校長先生も固まっている気配がする。


 そして次の瞬間。


テオ「じゃあいっそ、“究極のおにぎり”を作る医療者になります!!」


「…………」


「…………」


 廊下に、俺とエマの沈黙が広がった。


「……ハヤト」


「……言うな。わかってる」


 校長室の中は混乱の渦だった。


「お、おにぎり……?」


「はい! 栄養バランス最高で、握っただけで病気が治るレベルのすごいやつです!! 校長先生、僕に任せてください!!」


 任せられない。絶対に。


 校長先生の声が、どんどん優しさと困惑を混ぜた不思議な音色になっていく。


「た、たとえば……君の希望先は栄養科、ということでしょうか……?」


「違います! 僕は“おにぎりドクター”です!!」


 もう無理だ。


 エマが顔を覆った。


「……もう嫌だ……どうして私、こいつと同じ学年なの……」


「……なんでだろうな」


 俺が肩をすくめた瞬間、校長室が静まり返った。


 しばらくして、校長先生の落ち着いた声が聞こえる。


「アルト君。君の“食への情熱”は理解しました。素晴らしいことです。大切にしなさい。

 しかし医療の世界で生きるには、夢と同じくらい“現実”を見ることも必要ですよ」


 校長先生の声には、責めるよりも諭す温かさがあった。


「……はい。すみません」


 珍しく素直な声だった。

 あいつも、校長先生には頭が上がらないらしい。


「まずは、医療者として基礎を固めなさい。栄養学に興味があるなら、専門医の道もある。君の食の知識が活きる場所は必ずあります」


「……僕でも、なれますか?」


「もちろんです。真面目に努力すれば、ね」


 少し間を置いて、校長先生が続ける。


「そして――食べ放題の研究は、ほどほどにしなさい」


「は、はい!!」


 扉が開いた。


 テオは胸を張って出てきた。


「ハヤト! エマ! 僕、進路決めた!!」


「……どうせロクでもないんでしょ」


「失礼な! 僕は“食で救える医療者”になるんだ!!」


 うん。ロクでもない。


「テオ、少しは現実を見なさい」


「現実も見てるよ! でも夢も大事でしょ!」


 確かにその通りなんだけど――。


 その“夢”のベクトルが明後日の方向なんだよ。


 テオは校長先生にもらった書類を大事そうに抱えながら、にこにこしていた。


「校長先生がね、僕の食への情熱、褒めてくれたんだよ! ほら見て!」


 書類には大きくこう書かれていた。


『栄養学・臨床栄養分野の専攻を勧む』


「……割と普通だな」


「普通よね」


「えっ!? 普通!? 僕の夢、普通なの!?」


「……うん。普通だ」


「えぇぇぇぇえええっ!!??」


 廊下にテオの絶望の叫びが響く。

 その顔がおかしくて、俺とエマは思わず笑ってしまった。


 でもそれは、ただの笑いじゃなかった。

 安心の笑いだ。


 ――テオは、テオらしい形で前に進めそうだ。


 ズレてるところも、無茶苦茶なところもあるけれど、

 それでもどこか前向きで、誰かを笑顔にする力がある。


 エマが小さくつぶやいた。


「……まあいいわ。あいつが患者さんに食事指導したら、きっと少しは元気になるでしょうし」


「だよな」


 俺たちは三人並んで廊下を歩きだした。


「なあハヤト! エマ! 僕、おにぎり研究も続けていいよね!?」


「……好きにしろよ」


「でも胃薬は常備しときなさい」


「ええっ!? なんでエマまでそんなこと言うの!?」


 テオの情けない声が響く。


 ――進路相談は、地獄みたいに緊張した。

 でも俺たちは前に進む。

 三人とも違う思いを胸に抱えながら、それでも同じ道を歩いていける。


 そう思うと、胸がじんわり温かくなった。

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