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倒れないでくれ! ――限界と選択を描く医療ヒューマンドラマ――  作者: 東雲 明
三年生編:ゴールデントリオの絆

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第76話 地獄の進路相談〜ハヤト編〜

 朝から胸が落ち着かない。三年の後期が終わり、いよいよ四年生になる前の“進路相談”が始まるからだ。

 ルミエールアカデミーの校長先生――アラン・フェルスター校長は、厳しさのなかに温かさを持つ人で、俺たち学生からの信頼も厚い。……けれど、あの穏やかな眼差しの前では、なぜか心が全部見透かされているようで落ち着かなくなる。


「キサラギ君。最初は君から来てもらおう」


 呼ばれた瞬間、胸の奥がひゅっと縮まった。


 校長室に入ると、磨き上げられた木製の机と、書棚に並ぶ専門書、そして窓から差し込む柔らかな午後の日差しが目に入る。

 その中央で、校長先生が眼鏡を外し、優しく微笑んだ。


「どうぞ。緊張することはありませんよ」


「……は、はい。失礼します」


 俺は深呼吸して椅子に座った。

 校長先生は俺の成績表や実習評価をまとめたファイルを手に取りながら、静かに言葉を続ける。


「キサラギ君。君は三年間、常に成績上位どころか“学年首席”を維持してきた。実習先からの評価も素晴らしい。進路も、さぞ明確に決まっているだろう?」


「……えっと」


 決まっている。決まっているはずなんだ。

 憧れてこの道を選び、ずっと努力してきた。救急に進むか、循環器か。どちらにせよ、医療に携わって人を助けたい。その気持ちは揺らがない。


 ――なのに。


 校長先生の柔らかな眼差しに見つめられた瞬間、言葉が喉につっかえた。


「迷っているのかい?」


「……ちょっとだけ、はい」


「迷うのは悪いことではありません。人の命を預かる仕事だからこそ、慎重になるのは当然です」


 優しい声に、緊張が少し解ける。

 そこで俺の脳裏に浮かんでしまったのは、エレナの顔だった。


 春の光みたいに明るい笑顔。

 からかうようでいて、いつだって俺を信じてくれている、あの瞳。


 ……会ったばかりの頃は、まさか自分が誰かをこんなに想うなんて考えもしなかった。


「キサラギ君、希望先は救急医療でいいのですか?」


「えっ……あ、はい。それはもう」


「では、迷っているのは別のことかな?」


「――――」


 その“見透かされているような”声。

 ああ、やっぱりこの人の前じゃ嘘はつけない。


 校長先生が〈どうぞ、話しなさい〉と促すように微笑む。

 それが、俺の口を勝手に動かした。


「……結婚……したいんです」


 ――言った。


 俺は自分でも信じられないほど勢いよく椅子から跳ね上がりそうになった。

 いやいやいやいや、何を言ってるんだ俺は!?

 顔が一瞬で熱くなり、両耳まで灼けるみたいに赤くなっていくのがわかった。


「け、結婚って、その、あの……っ!」


 慌てふためく俺を見て、校長先生は吹き出しそうになるのを必死に抑えているようだった。


「落ち着きなさい、キサラギ君。相手は……」


「エレナ……です。えっと、その……。いつか、もっとちゃんと、彼女の支えになれる医療者になって……それから……」


 言えば言うほど、自分で恥ずかしさが増していく。

 でも止められなかった。

 胸に溜めこんできた想いが、まるで蓋の壊れた水筒みたいに溢れてしまった。


 校長先生は、驚くより先に、どこか嬉しそうに目を細めた。


「なるほど。ずいぶん真剣に考えているのですね。恋は人を強くします。医療者として必要な“覚悟”を、君はすでに持っている」


「……覚悟、ですか」


「守りたい人がいるのは、素晴らしいことですよ」


 まっすぐな声に胸がじんと熱くなる。

 俺の気持ちを否定せず、軽く扱うでもなく、ただ“そのまま”受け止めてくれる。その温かさが、嬉しかった。


「ただし。恋と仕事を両立するのは簡単ではありません。エレナ君の人生を背負うなら、なおさら気持ちだけで突き進むのではなく、確かな技術と責任を磨き続けなさい」


「……はい。必ず」


 力を入れると、拳が震えた。

 俺はほんの少しだけ成長した気がした。


 面談が終わり、校長室を出ると、廊下の椅子にテオとエマが座っていた。


「おっ、ハヤト! 顔真っ赤じゃん! 校長に何されたの!?」


「何もされてない!」


 即答すると、エマが腕を組んで俺をじっと見た。


「……ハヤト。まさか変なこと言ったんじゃないでしょうね」


「……言った」


「え、言ったの!? 何を!?」


 テオが身を乗り出し、エマはさらに眉を寄せる。

 俺は頭を抱えながら、小さくつぶやいた。


「……結婚したいって……」


「えええええ!?!?」


 廊下に響く二人の悲鳴。

 そのあと、テオはなぜか称賛の拍手をし、エマは呆れながらも頬を赤くして笑っていた。


「……ほんと、あんたって時々大胆よね」


 その言葉に、なんだか少し救われた気がした。


 ――守りたい人がいる。

 そのために前に進む。

 進路相談で予想外のことを口走ったけれど、不思議と後悔はなかった。


 だって俺はエレナが好きだ。

 誰より、大切にしたいって思ってる。


 だったら、胸を張って進めばいい。


 俺は廊下の窓から射し込む光を見上げ、そっと呟いた。


「……よし。もっと頑張らないとな」

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