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倒れないでくれ! ――限界と選択を描く医療ヒューマンドラマ――  作者: 東雲 明
三年生編:ゴールデントリオの絆

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第71話 外伝 星輝の杖よ、永遠に

 インフルエンザの大騒ぎから数日。

 俺たち三人はようやく落ち着いて休憩室で茶を飲んでいた——はずなのに。


「いやー、でもやっぱ星輝せいきの杖があればさぁ……パンデミックなんて秒で浄化なのになぁ!」


 テオが何の迷いもなく言い切った瞬間、俺はむせた。


「おま、まだ言ってんのかよ星輝の杖……!」


 エマが机に額を押しつけ、低い声でつぶやいた。


「……その話、いつ終わるの?」


 しかしテオは自信満々どころか、得意げに胸を張った。


「だって! ハヤトが“俺は星輝の杖の継承者だ”って言ったんだぞ? 最初の頃に!」


 ……え?


 今、なにかとんでもないことを聞いたような気がするんだが。


「……俺が? 継承者? いつ?」


「入学したての頃だよ! 覚えてない!? ほら! 救護室に運ばれた時に!」


「はぁ???」


 エマはピクリと眉を上げ、そのまま静かにメガネを外した。

 完全に“説教モード”に入っている。


「テオ。あなた、あの日何個チョコ食べたんだっけ?」


「……三つ……いや、四つ……いや、六つ?」


「増えてるじゃない!!」


「わああああっ!? ちょ、違うんだエマ! 聞いて! あの時、天井の光が杖に見えてさ! “継承者よ……”って声がして……!」


「それ絶対幻聴よ!!!」


 エマの怒鳴り声で、休憩室のマグカップが二つくらい揺れた。


 テオは逆に開き直ったように、俺の肩をがっしり掴んだ。


「でもさ! ハヤトの声に似てたんだよ! “俺は星輝の杖の継承者……”って!」


「それ多分、俺が“杖とかねぇよ”って言ったやつだ!」


「えっ!? あれ否定だったの!?」


「肯定に聞こえる方がおかしいだろ!」


 テオはガーン、と漫画みたいな顔でソファに倒れ込んだ。


「じゃあ……俺の……三年間の……“ハヤト=選ばれし者”計画は……?」


 エマが即答。


「全部あなたの妄想。以上。」


「ギャーーーッ!!」


 叫びながら床をごろごろ転がるテオ。

 救護室で転がっていた患者よりも激しい。

 いやもう誰か止めてくれ。


「うぅ……俺の脳内ファンタジー大河作品……全十巻……全部……虚無に……!」


「勝手に刊行すんな」


 俺がツッコむと、テオは涙目で袖を引っ張ってきた。


「だってさぁ! ハヤトってなんか雰囲気あるじゃん? 無駄に覚悟決まってる時とかさ? そりゃ継承者だと思うだろ!? いや思わない? 思うよな!? な!? なぁ!? ハヤト!?」


「落ち着け! 顔近いんだよ!」


 エマが完全に呆れた声で溜息をつく。


「テオ。あなた、医療者になるのよね? 妄想と現実を区別するのは最低限のスキルよ? 分かってる?」


「ぐ……うぅ……はい……」


「あと、妄想の登場人物に勝手にハヤトを使わないこと」


「……はい……」


 テオ、半泣き。

 でも次の瞬間、唐突に顔を上げた。


「でもさ! もしハヤトが本当に継承者だったら! 絶対かっこいいよな!」


「まだ言うかぁーーーっ!!!」


 俺とエマの声がハモった。


 休憩室に響く怒号とテオの悲鳴。

 でも、俺はその喧騒の中で思う。


 ——ああ、本当に戻ってきたんだな、この空気。


 インフルエンザの混乱で空気が張り詰めていた頃を思えば、

 テオの馬鹿みたいな妄想ですら、ありがたく感じる。


 エマはメガネをかけ直しながら、呆れつつもどこか笑っていた。


「もう……テオは一生そのままでいなさい」


「褒められた?」


「褒めてない!」


 今日も俺たちは平和だ。


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