第68話 3人の成長
テオの状態を画面越しに確認しながら、俺は必死で頭を回転させていた。
熱で視界がじわじわと歪んでいるのに、妙に思考だけは冷たく冴えていた。
あいつらを守ることだけが、今の俺に残された役目だからだ。
「エマ、テオの手を握って。体温は? 皮膚の色は?」
『手が……ちょっと冷たい。でも、汗は多いわ……脈は……速い……!』
「発熱と過換気が重なってる。恐らく軽い脱水もある。まずテオの上着をゆるめて、呼吸しやすい体勢に。気道の確保を優先しろ」
エマの手元が画面の端で揺れながら動いていく。
声も震えている。強気な彼女でも、現場では不安の波が押し寄せているのが分かった。
『ハヤト……わたし、こんなの……初めてで……』
「大丈夫だ。俺がいる」
その瞬間、エマがわずかに息を呑む音が聞こえた。
言葉の意味よりも、ただ“支えてもらえている”という感覚が、彼女の張り詰めた心を少しだけ緩めたのだろう。
俺は続ける。
「テオ、水は飲めそうか?」
『……ごくっ……うん、なんとか……』
テオの弱気な声が返ってきた。
あいつらしい、どこか間の抜けた声。でも、それが生きている証拠だと思うと胸が熱くなった。
「テオ、いいか。意識はしっかり保て。深呼吸をゆっくり……そう。俺が数えるから合わせろ。吸って……吐いて……」
感染した体で人を励ますなんて、本当は矛盾している。
俺の咳は時々マイクに入り、エマが心配そうに呼びかけてくる。
『ハヤト、あなたの方が……大丈夫なの?』
「俺はいい。今はお前たちの方が大事だ」
自分で言った言葉に、自分が少し驚いた。
医療の道を選んだ理由――助けたい、と言ったのは建前ではない。
今、画面越しでテオの顔色が徐々に戻り、エマの呼吸が落ち着いていくのを見ると、その想いが揺るぎないものだと実感した。
◆◆◆
現場の混乱は、まだ収まっていなかった。
だが、テオとエマの動きには明らかに変化があった。
エマは深呼吸し、一気に表情を引き締めた。
『よし……在庫の再計算をするわ。優先度をつける。
重症度、発熱の高さ、持病の有無で分類――テオ、患者さんのリストを左から順に読み上げて』
『お、おう……! 俺、やる!』
テオの声もさっきより安定している。
緊張で震えていた手が、今は患者に向き合っている。
俺はただの端末越しの声だ。
それでも、二人の背中が明らかに強くなっていくのを感じた。
――あいつら、成長してる。
胸の奥に、熱とは違う何かが広がった。
◆◆◆
現場の映像が、少しずつ整っていくのが分かった。
エマは落ち着いた声で薬の指示を出し、テオは患者の訴えを真っ直ぐ受け止めている。
『お母さん、この子の熱は高いけど、意識はしっかりしてます。だから順番は変わるけど必ず診ますから……大丈夫です』
患者の母親が泣きながらうなずき、テオの腕を掴んだ。
『ありがとう……ありがとう……』
『い、いえ……! 俺、こういうの慣れてないんですけど……でも、やりますから!』
そう言って笑うテオの顔は、どこか頼もしく見えた。
エマも、混乱の中で凛と立ち続けている。
『この薬は発熱を和らげるだけ。副作用が出る場合もあるわ。説明を聞いてから服用してください。順番に案内します』
その肩は震えていない。
混乱編の時のような不安な声も消えている。
――この場に俺がいなくても、二人は前に進めるんだ。
そう思うと、少しだけ涙がにじんだ。熱のせいだと言い訳した。
◆◆◆
1時間後。
二人の呼吸は安定し、現場の混乱も、最低限の秩序を取り戻しつつあった。
応援の医療班も追加で到着し、最悪の状況は脱したようだった。
その直後、エマがふっとこちらへ顔を向けた。
『……ハヤト。本当にありがとう。あなたがいなかったら、わたしたち……』
「何言ってんだ。俺はただの寝込んでる感染者だ」
冗談めかして言ったが、声はかすれていた。
熱はまだ下がらない。
だが――胸は軽かった。
『でも、あなたの声で、わたしたちは踏みとどまれた。……そう思ってる』
『俺も……! あの……星輝の杖がどうとか言って、すんませんでした……』
「いや、それは……テオらしいよ」
思わず笑ってしまった。
テオもエマも、しんどい状況の中で成長し、俺を支えてくれた。
◆◆◆
通話が切れた後、俺は壁にもたれ、ゆっくり目を閉じた。
身体は最悪。でも心は満たされていた。
――3人で医療の現場に立つって、こういうことなんだな。
誰かが倒れたら、誰かが支える。
誰かが不安になったら、誰かが手を伸ばす。
その繰り返しで、俺たちは前に進んでいく。
「……大丈夫だ。エマも、テオも……ちゃんと強くなってる」
布団にもぐりながら呟く。声は枯れていた。
「次は、俺も一緒に行くからな……」
熱に浮かされた意識のまま、俺はゆっくりと目を閉じた。
やがて深い眠りへ落ちていく。
その胸の奥には、確かな手応えが残っていた。
――3人でなら、きっと乗り越えられる。




