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倒れないでくれ! ――限界と選択を描く医療ヒューマンドラマ――  作者: 東雲 明
三年生編:ゴールデントリオの絆

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第65話 孤独な病室と、揺れる王国

熱でぼんやりした頭でも、王国がただ事じゃないのはわかった。


 寮の一室に隔離されてから、外の音がやけに敏感に耳に入ってくる。

 普段は静かなはずの敷地内で、今日はひっきりなしに足音や怒鳴り声が響いていた。


「薬の入荷はまだなのか!」

「保健棟は満床だ! 一旦、体育館に仮設の寝台を――!」


 そんな声が廊下から漏れ聞こえるたび、胸がざわついた。


 王国全体が混乱している。

 俺はただ寝ているだけなのに。

 ……それが耐えられなかった。


 額に触れると、さっきより熱が増している気がした。

 息を吸うだけで胸の奥がひりつく。

 身体が弱いってのは、本当に厄介だ。こんなときこそ動かなきゃいけないのに。


 ベッドの横に置かれた端末には、新着のお知らせがずらりと並んでいる。


【王都中央病院、外来制限】

【地方からの救助要請増加】

【アカデミー学生ボランティア開始】


 画面を見るたび、胃がぐっと重くなる。

 俺がいない間に、テオとエマがどれだけの仕事を抱えているのか、想像するだけで気が焦る。


 そして――エレナ。

 彼女は今、どうしてるんだろう。

 俺が感染したことで、最初に彼女への接触禁止の指示が出た。

 あの時の、少し驚いたような、すぐに沈んだ顔がずっと頭に残っている。


 会いたい。

 だけど、うつしたら取り返しがつかない。

 医療者として絶対にやっちゃいけないことだ。


「……はぁ……」


 小さくため息をついた瞬間、咳が止まらなくなった。

 胸が痛くて、咳をするだけで涙が滲む。


 こんなの、情けなさすぎる。

 俺は何してるんだよ。


 その時だった。

 寮の外でサイレンが鳴り響いた。

 王国の緊急車両の音――聞き慣れているはずなのに、今日はまるで警鐘のように響いた。


「また搬送か……」


 窓の外をかすむ目で見ると、救急隊員が3人、担架を抱えて学園内を走っていた。

 その後ろに、エマが駆けていく影も見えた。

 彼女はマスクで顔の半分が隠れていたけど、目は真剣そのものだった。


 テオの姿は見えない。

 多分、別の現場か、手続きの補助か……どちらにしても、あいつにしては珍しく真面目に働いているんだろう。


「……俺だけ、何もできないのか」


 胸の奥がずしりと重くなる。

 身体のだるさより、その重さの方がずっと苦しい。


 もし俺が動けていたら。

 もし普段からもっと体力をつけていたら。

 もし、倒れるのが俺じゃなかったら。


 考えてはいけないと分かっていても、そんな言葉ばかり浮かんできた。


 そんな時、端末にメッセージが届いた。


【ハヤト、大丈夫?】

送り主は、エレナだった。


 文字がにじんで読みにくい。

 俺は震える手で返信しようとしたが、途中で指が止まった。


 ――会いたい。

 でも、会えない。


 言葉が見つからなくて、短く打つ。


【平気。すぐ治すから】


 自分で書いておいて、平気なんかじゃないのは一番俺がわかってる。

 それでも、弱音を言ったらエレナを余計に心配させるだけだ。


 送信して端末を置いた途端、胸の奥がじわっと熱くなった。

 熱とは違う痛みに近いものだった。


 王国は混乱している。

 仲間たちは奮闘している。

 なのに俺は、孤独な病室で寝ているだけ。


「……早く回復しろよ、俺」


 呟いた声は、誰にも届かない。

 でも、自分自身への叱咤だけは確かに響いた。


 治ったら、すぐに現場に戻る。

 絶対に。


 そう誓ったところで、再び眠気が押し寄せ、視界が暗く沈んでいった。

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