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第6話 酔い止めの罠

ルミエール特急は相変わらず凄まじい勢いで森の奥を突き進む。医学書を読みながら窓の外に目をやっていた俺に、乗り物酔いのツケが回ってきた。列車の揺れが胃をぐるぐる回し、息が浅くなり、喉元から吐き気がせり上がる。森の緑が、まるで悪戯好きの精霊のようにぐにゃりと歪んで見えた。


「おっと! 英雄さん、もう酔ったか? 俺の特製酔い止めやるから、飲んでみろよ。すぐに楽になるぜ。保証付き!」


俺は疑う余地もなく、藁にもすがる思いでテオから小さな瓶を受け取り、水で流し込んだ。苦い薬の味が舌に残り、テオは得意げに胸を張る。すぐに体に異変が起きた。


凄まじい眠気が襲い、エマの肩を枕代わりにして、俺は熟睡してしまったのだ。さらに、孤児院でのエレナとの思い出が、夢のようにフラッシュバックする。


「ハヤトにぃに! 本当にお医者さんになるんだね。すっごい! エレナのヒーローになってね!」


そういえば、あいつの肩もこんなに柔らかかったな。あいつ、元気にしてるかな。エレナの笑顔が、胸に温かく広がる。


しばらくして、エレナの甘い声……ではなく、エマの厳しい声で、俺は飛び起きた。エマの肩からずり落ちそうになり、慌てて体を起こす。


「ちょっと! 離れなさいよ! このねぼすけハヤト! このエマ様に、枕代わりだなんて、夢にも思わないでよね! しかも、寝言で『エレナ……ヒーロー……』って、誰よそれ!」


「す、すみません! テオの酔い止めが……なんか、効きすぎたみたいで……」


テオは隣で大笑いし、エマは頰を赤らめてテオを睨む。「あんたの特製って、ただの眠り薬でしょ! 次はあたしが飲んで、寝坊させてやるわよ!」車内が一気に賑やかになり、周囲の乗客がクスクス笑い出す。


あっという間に噂が広がっていた。周囲のコンパートメントから、ひそひそ声が聞こえてくる。


「星輝の杖の継承者がエマに抱きついた!」「ハヤトとエマはできてる?! 寝言で別の名前呼んでたけど、きっと照れ隠しよ!」


根も葉もない話で車内がざわつき、テオがさらに火に油を注ぐ。「おいおい、英雄の恋物語か? 俺も混ぜてくれよ!」エマの「黙りなさい!」という声が響き、笑いが連鎖する。


どれくらい時間が経ったのだろうか。すっかり暗くなり、ルミエールアカデミー到着間近の車内アナウンスが流れる。「降りる準備をお願いします。」俺は眠い目をこすりながら、荷物をまとめ、降りる支度をした。テオとエマがからかいながら手伝ってくれる。


これが、俺の波乱の学園生活の始まり。期待と少しの不安を胸に、列車の扉が開くのを待つ――きっと、笑いが絶えない毎日になるはずだ。


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