第59話 特殊車両免許〜生徒会長の総評編〜
午後四時。学内訓練棟の車庫に、俺たち三人は整列していた。
エンジンを切ったばかりの救急車からは、まだほんのり温かい金属の匂いが漂ってくる。
額の汗を袖で拭いながら、俺は深呼吸した。
――なんとか、全員走行訓練を終えた。
数分後、姿を見せたのは生徒会長のミナトさんだった。
白衣の上に学生証を提げ、いつも通り無駄のない足取り。
けれど、どこか柔らかい表情をしている。
「三名とも、お疲れさま。では、今日の総評を伝える」
ミナトさんがタブレットを開く。
俺とテオとエマ……三人で、思わず姿勢を正した。
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■ハヤト・キサラギについて
「まず、ハヤト」
名前を呼ばれた瞬間、腹の奥がきゅっと引き締まる。
「初動は緊張していたが、ブレーキ・アクセルの切り替え、死角確認、救急車特有の重心のズレ……すべて丁寧だった。乗員の安全を最優先に考えられている。
君の長所は“慎重な判断力”だ」
胸の奥がじんわりと温かくなった。
昨夜ほとんど眠れなかったのは無駄じゃなかったらしい。
「ただし――慎重すぎて、時々アクセルが弱い。緊急走行では、患者が一秒を争う場合もある。
安全の上で、もう一段ギアを上げることも覚えろ」
「……はい。次は、もっと前へ踏み込みます」
本気でそう思った。
救急の現場は待ってくれない。
俺の緊張なんて、道の真ん中に置き去りにしていくような速度で、命の現場は進むんだ。
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■テオ・アルトについて
「次に……テオ」
テオは「ひぃ……」と小さく肩を震わせた。
「操縦技術は、正直“基礎の基礎から再チェック”が必要だ。
タイヤをドーナツと呼ぶのも今日で終わりにしてほしい」
「えっ、でもあれ形が……」
「言い訳は聞かない」
ミナトさんの冷静すぎる切り返しに、俺とエマが同時に視線をそらす。
テオは今にも膝から崩れ落ちそうだ。
「ただし。
君は“恐怖を誤魔化さず口に出せる”点がいい。パニックが起きた時に黙り込むタイプではない。
救急車の運転は、一人で背負いこむと事故の原因になる。
君はチームで扱えば、むしろ事故率を下げるタイプだ」
「えっ……俺って……役に立つの?」
「君ほど“分かりやすい危険サイン”が出る人間も珍しい。
後方のメンバーがすぐに介入できる。これは強みだ」
テオが泣きそうな顔で「よかったぁ……」と息を漏らす。
……まぁ、確かにテオの叫び声はすぐ気づける。
アクセルとブレーキを同時に踏む癖さえ直せば、きっと大丈夫だ。
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■エマ・リンデンについて
「最後にエマ」
エマは緊張のあまり硬直していた。
いつも冷静なエマが、救急車に乗った途端にあそこまでテンパるとは思わなかった。
「君の走行データは“優秀”そのものだ。
蛇行も少ないし、障害物回避も正確。ブレーキの踏み込みも安定している。
医薬学的判断力と同じで、“動作の根本が理論的”なんだろう」
「は、はいっ……! ありがとうございます……!」
「ただし――テンパると声が全部指示と逆になるのをどうにかしろ」
「えっ!? わ、私そんな……!」
「『右です!』と言いながら左へ曲がった回数、計五回だ」
エマが赤くなって俯いた。
横でテオが「仲間……!」みたいな顔で見てくる。
「君は冷静さを取り戻せば最高のドライバーだ。
そのために、訓練では“声に出して確認”を徹底しろ」
「……はい。次は、絶対にやります」
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■総合評価
ミナトさんはタブレットを閉じ、俺たち三人を見渡した。
「三名とも、まだ“救急車を扱えるレベル”ではない。
だが、適性は全員にある。
ここから数週間の訓練を積めば――十分、現場に出られる」
胸が熱くなる。
救急車はただの車じゃない。
誰かの命が揺れている箱を運ぶ責任がある。
その“入口”に、ようやく立てたんだ。
「これからも落ちるなよ。患者の命が乗るんだ。
君たちの努力と覚悟に期待している」
そう言って、ミナトさんは歩き去った。
残った俺たち三人。
テオはドーナツの呪いが解けたような顔で床に座り込み、
エマは深呼吸しながらハンドルの感触を思い返し、
俺は――救急車の白いボディを見ながら、拳を握りしめた。
ここからが、本当のスタートだ。




