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倒れないでくれ! ――限界と選択を描く医療ヒューマンドラマ――  作者: 東雲 明
三年生編:ゴールデントリオの絆

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第57話 特殊車両免許〜テオ編〜

翌朝。

 訓練コースに入った瞬間、明らかに空気が昨日と違った。


 緊張……ではなく、不穏。


 原因はもちろんテオの顔だ。

 いつもの明るさではなく、今日だけは“極度の緊張からくるテンションの高さ”になっている。


「ハヤト……俺……今日は食欲がない……」

「それ、逆に危ないやつだろ」


 エマはため息をつきながら言った。

「いっそ食べて落ち着いた方がいいんじゃない? テオの場合」


「ダメだよエマ。訓練中に“俺、お腹いっぱいだから集中できない〜”とか言い出す未来が見える」


 テオは肩を震わせながら救急車を見上げていた。

 その目は、完全に“未知の巨大生物”を見つめるそれに近い。


「……でかい……昨日より絶対でかい……」

「テオ、それは昨日も今日も同じサイズだ」



 教官が来ると、テオは反射的に直立した。

 ほぼ軍隊。


「アルト。落ち着け。運転は“余計なことをしない”のが一番だ」

「よ、余計なことは……しません!!」


 (……言ったな? テオ)


 エマと俺は心の中で同時にツッコミを入れた。



「アルト。まずは車体チェックからだ」

「はい!!」


 テオは真剣な顔で車体の周りを歩き始めた……が、10秒後。


「うわぁぁぁ!! ハンドルが今日も丸い!! 完全にドーナツじゃん!! 食べられそう!!」

「アルトッ!!」

「す、すみません!! ハンドルの確認でした!!!」


 教官の鋭い声に、テオは再び直立。

 エマは小声で俺の腕をつついた。


「……今日、生きて帰れると思う?」

「俺も……確信はない」



 そして、問題の“運転席着席”の時間が来た。


 テオはそろりそろりと運転席に近づき、つま先でちょん、と踏み台に乗る。

 その動きがまるで“巨大すぎる犬小屋に入る前の子犬”。


「は、ハヤト……今日、俺ここに座っちゃっていいの……?」

「免許取るためだろ。大丈夫だよ。いざとなったら俺が横で止めるから」

「た、頼もしい……!!」


 (全然褒められてる気がしない)


 テオがシートに座った瞬間、教官が静かに指示した。


「では、発進だ」


「は、はい……! ああああ、アクセルってどれだっけ……」

「テオ。右の長いやつ」

「あ、あれか……! ありがとうハヤト……!」


 心臓に悪すぎるやり取り。



 そして——テオがアクセルをほんの少し踏んだ。


 ぷるるん、と救急車が前に動き出す。


「う、動いた……俺のせいで動いちゃった……!!」

「“俺のせい”じゃなくて、“俺の運転で”だよテオ!」

「ど、どっちでも怖いよ!!」


 でも速度は安定している。

 思ったより、運転は悪くない。

 ただし——声がうるさい。


「うわーー今曲がってる!? 曲がってる!? 嘘でしょ俺!? 左に、左に傾いてるよねぇぇ!?」

「テオ、落ち着け! 車体が傾くのは当たり前だ!」

「えっ!? そうなの!? 良かった……死ぬかと思った……!」


 教官は諦めたように前を見ていた。

 怒るよりも、もう慣れたらしい。



 そして最大の難関、“S字コース”が来た。


「アルト。ここが山場だ。ミラーをしっかり見て——」

「教官、ちょっと待ってください……」


 テオが深呼吸を繰り返している。

 手が震え、声も震えていた。


「……俺……この救急車、ちゃんと通してみせます……仲間が見てますから……!」


 なんだその名言みたいな決意。

 エマまで思わず笑ってしまった。


 そして、テオはゆっくりハンドルを切った。

 慎重すぎるほど慎重に。


 ミラーを見て、俺に確認し……またミラーに戻る。


「ハヤト、どう!? これ、合ってる!?」

「合ってる! そのままいけ!」

「エマ! どうかなこれ!?」

「集中しなさいよテオ!!」


 叫びながら、なんとか車体をS字へ通す。

 ギリギリだったが、接触なし。


「……やった……!? 俺、通れた!? 本当に!?」

「通れたよテオ!」

「完璧とは言わんが、悪くない」

 教官の言葉に、テオは涙目になった。


「俺……生きてる……! 救急車も生きてる……!! すごい!!」


 たぶん、救急車は昨日より疲れていると思う。



 問題は最後。

 “方向転換”。


 途中までは順調だった。

 だが——


「うわぁぁぁ待って!! ミラーに俺の顔が映ってる!! こ、これは……俺……!?」

「普通だよテオ!! 誰でも映るよ!!」

「えっそうなの!? なんで教えてくれなかったのそんな大事なこと!?」

「常識だよ!!」


 パニックに陥りながらも、なんとか切り返し成功。


 車体が綺麗に枠へ収まった瞬間、テオはハンドルに突っ伏した。


「ぼ、僕……やったぁぁぁぁ……死んだかと……思ったぁぁ……」


 教官は小さく息をつき、ゆっくりと言った。


「アルト。……よく頑張った」

「ほ、本当ですか……? 俺……やれてましたか……?」

「声の騒がしさ以外は、合格レベルだ」

「えへへ……!!」


 テオの顔は、今日一番の笑顔になった。



「テオ、お疲れ」

「ハヤト……俺、今日で5歳老けた」

「エマは?」

「私は逆に若返った気がするわ。緊張を超えると逆に冷静になるのね」


 俺たちは笑い合った。

 カオスだったけど——


 なんだかんだ、ちゃんと一歩前に進んだ気がする。


 次はエマの番だ。

 テオとは別ベクトルで緊張しそうだが……たぶん、俺たちなら大丈夫だ。

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