第55話 ゴールデントリオ、特殊車両免許に挑戦
生徒会室を出た直後、俺はしばらく言葉を失っていた。
「第2特殊免許、三人で取得してもらうわ。緊急時には、あなたたちが前線を支えることになる」
生徒会長のあの落ち着いた声が、まだ耳の奥に残っている。
救急車。
今までは乗る側だった。後部のストレッチャーに患者さんを乗せ、処置を考え、息を整えていた。
でも“運転する側”になるなんて……思ってもみなかった。
胸の奥が、妙に熱い。
「ハヤト、顔が真っ赤だぞ? 熱でもあるのか?」
隣でテオがのぞき込んでくる。本人はいつも通りだが、手に持っているパンはすでに三つ目だ。緊張すると食べるタイプなのは知っている。
「いや……ただ、なんかワクワクしてて」
「初めての車だもんなぁ。ハンドル、絶対丸いんだぜ。絶対ドーナツの形してるよな。あれ絶対食べられるタイプの……」
「テオ、それ以上言ったら教官に怒られるやつだからな」
テオは「えへへ」と笑ってパンをかじる。
緊張しているはずなのに、なんであいつはこう平常運転なんだろう。少し、羨ましい。
教習コースに向かうと、エマが先に着いていた。腕を組んで、目の前の救急車をじっと見ている。
普段はどんな緊急薬も即席で作ってしまう頭脳派の彼女が、今日は微妙に肩に力が入っていた。
「エマ、緊張してるのか?」
「……してないって言ったら、嘘になるわね。普通車は運転できるけど、救急車ってこんなに大きかったかしら」
エマは弱く笑ったが、その手は少し震えていた。
俺は言った。
「でも、俺らならできるだろ。ゴールデントリオなんだし」
「……あら、言うようになったわね、ハヤト」
「ハヤト〜、俺はドーナツトリオの方がいい!」
「テオ、それは違う」
そんな他愛ないやり取りをしていると、教官が姿を見せた。
鋭い目つきだが、どこか温かい空気を持っているベテランの人だ。
「キサラギ、アルト、リンデン。今日から実技に入る。覚悟はいいか?」
「はい!」
声は自然と大きくなった。
胸が鼓動で痛いくらいなのに、引く気はなかった。
最初に車体チェックを命じられ、俺は救急車の前に立った。
でかい。
思っていたよりずっと、でかい。
ライトの一つ一つが、まるで命の灯火みたいに見える。
俺は触れながら、深く息を吸った。
「……すげぇ。これ、俺が運転するのか」
言葉にすると、震えが腹の奥から湧いてきた。
「ハヤト、やっぱハンドルでかいな! 見てくれよ、この丸さ! 完全にドーナツ——」
「テオ。言っておくが、かじろうとした瞬間に免許は取り消しだぞ」
「まだかじってないもん!」
教官が軽く咳払いして、テオは慌てて口を閉じた。
エマは運転席をのぞき込みながら、
「視界が高い……これは慣れないと怖いわね」
と小さくこぼした。
俺は隣に立って言った。
「エマなら絶対慣れるよ。薬の細かい計算できるんだし、車幅なんてすぐ掴める」
「……そう言われると弱いのよね、私」
エマは肩の緊張を少し落として笑った。
教官が言う。
「今日は基礎走行だ。速度は出さない。だが救急車は“車”じゃない。命を運ぶものだ。その意識だけは忘れるな」
その言葉が胸の奥に刺さった。
救急車を走らせるということは、人の命を背負うということだ。
病院で処置をするのとは、まるで違う責任がそこにはある。
「……よし」
俺は小さくつぶやいた。
緊張で手が汗ばんでいる。でも逃げたいとは思わない。
むしろ、この緊張が正しい。
「キサラギ。最初はお前からだ」
「はい!」
運転席に座った瞬間、胸の鼓動が一段速くなった。
手元のハンドルは太く、重く、頼もしい。
エンジンをかけると低い振動が体に伝わり……俺は飲み込んだ息をそっと吐いた。
ここから、俺の新しい一歩が始まる。
医療者として、仲間として、そして——誰かの命を繋ぐ運転手として。
絶対に、三人で合格してみせる。




