第5話 初めての仲間
マルクスとの最悪の出会いから数分もしないうちに、俺の平穏な時間は破られた。――いや、破られたというより、甘いカオスに巻き込まれた。
ドタドタと足音を響かせ、赤毛で制服をちょっと緩く着こなした青年が、口をもごもご動かしながらコンパートメントに飛び込んできた。甘いチョコの匂いが、ふわりと車内に広がる。まるで、歩くお菓子工房だ。
「ねぇ、ここ空いてる? 他のコンパートメント、いっぱいなんだ。腹減って死にそうでさ!」
「ああ、いいよ。……その口の中、何食べてんの?」
赤毛の青年は俺の目の前の席にどっかりと座り、口をいっぱいに膨らませながら捲し立てた。座席のクッションが、ふんわりと沈む――いや、テオの体重で悲鳴を上げてる気がする。
「俺、テオってんだ。テオ・アルト。よろしく! あ、口の中? 秘密の非常食! ハハ、冗談。さっきの駅弁の残りさ。」
「よろしく。俺、ハヤトって言うんだけど……なんか、みんな知ってるよな。星輝の杖とか、英雄とか。」
「知ってるも何も、お前、超有名人だぜ。あの動画、見てねーの? 杖振り回して悪党ぶっ飛ばすとこ、めちゃかっこいいよ! 俺なんか、あんな動画見たらお菓子3倍食っちゃうわ。……あ、待って、今も食ってる。」
そこへ、車内販売の車掌がカートを転がして通りかかり、「新入生ちゃんたち、お菓子はいかが?」と柔らかな声をかけた。棚から漂うキャラメルの甘い香りが、俺の胃をくすぐる。テオの目が、瞬時に輝き出す。
「…全部、ください…! いや、マジで全部!」
俺は支援金の入った袋を見せ、車掌を見てニヤリと笑った。車掌は目を丸くして驚いた顔をしたが、すぐに微笑んだ。
「今夜は素敵なパーティが出来そうね。じゃあ、特別にシールもおまけよ。……この子、胃袋にブラックホールでも入ってるの?」
その後、俺たちのコンパートメントはお菓子パーティ会場となった。と言っても、お菓子はほとんどテオの口に消え、俺にはおまけのシールやカードが山積み。紙のサクサクした感触が、手に心地いい――いや、テオの食べこぼれで床がキャラメル地獄だ。
「お前、それラッキーだぞ。ルミエールアカデミーの歴代校長の写真、全種コンプリートできんだ。レアだぜ! ほら、この校長、髭がクッキーみたいで笑えるよな。俺の夕飯より美味しそう。」
その後、バタバタと音がして、またコンパートメントのドアが開き、長い髪を高い位置で巻いた少女が飛び込んできた。彼女の瞳が、苛立った炎のように輝く――いや、テオの罪深きお菓子残骸を見て、火山噴火寸前だ。
「ちょっと、さっきからばりばりうるさいわよ! 口動かしてる暇があるなら、あんたも勉強しなさい! それに、このキャラメルまみれの惨状、何よ! あたしのスカートにまで飛び散ってるじゃない!」
「なんだよ、お嬢様。腹が減っては戦ができぬって言うだろ。これからルミエール王国で7年過ごすんだ。今からエネルギー貯めとかないと。ほら、エマの分も食べておいたよ。感謝しろよ!」
「そのエネルギー、くれたのは誰のおかげよ! あたしが買ってやったんでしょ? しかも全部食うとか、豚以下! 返金要求するわよ、この食いしん坊ロボット!」
少女はテオの横に遠慮なく座り、口喧嘩を始める。笑い声が、車内に爆竹のように弾け、シールが紙吹雪みたいに舞う。テオの言い訳がどんどんエスカレートし、エマのツッコミが容赦ない。
孤児院では、年下の子供たちの面倒ばかり見ていた俺。でも、なんか、こういうの……悪くない。むしろ、最高。思わず笑みが溢れ、胸のざわつきが、甘いキャラメルのような柔らかな光に変わる気がした。英雄だの杖だの、忘れさせてくれる。
二人は俺の存在に気づいたのか、気まずそうに笑う。やがて、少女が口を開いた。
「あたし、エマ。エマ・リンデン。まぁ、これから7年一緒だし、とりあえずよろしく。……このバカと付き合ってくれて、ありがとうね。」
緊張と不安だらけだった旅が、この3人でいるだけで、悪くないどころか、最高のコメディショーに変わった。不安と期待をのせて、ルミエール特急は深い森の中を、星のようにひた走る――お菓子くずを撒き散らしながら。




