第44話 クリスマス?どころじゃねーだろ!
学期末テスト一週間前。
本来なら、全員が参考書を抱えて黙々と勉強している時期だ。
――ただし、この三人を除いて。
「ねぇ!クリスマスパーティしようよ!!」
図書室の静けさを粉砕するテオの声。
まるで爆弾だ。
「……お前、落ちる気か?」
「さすがにその発想は尊敬するわ。悪い意味で」
俺とエマが同時に突っ込むと、テオは肩を落として机に突っ伏した。
「なんでぇぇ……俺がどれだけ、ケーキとチキンの幻覚を見て生きてるか知らないでしょ……!」
「幻覚見てる時点で危ないんだよ」
「それは医療的にも心配ね」
そんなやり取りをしながらも、俺の脳裏には別の問題が渦巻いていた。
――エレナへのプレゼント、ブランケット。
エマとテオには絶対にバレてはいけない。
でも、問題はそこじゃない。
そもそも俺が“編める”のか?だった。
◆
寮の部屋。
机の上には、色とりどりの毛糸と編み棒一本。
初めて触るそれを前に、俺はしばし硬直する。
(……え、これ……どっちから持つんだ?)
医学の教科書より難しいとは思わなかった。
心臓の構造は描けても、編み棒の使い方は分からない。
慣れない手つきで毛糸を引っ張った瞬間――
「う、うわあぁ!? なんで全部ほどけるんだよ!?」
かけた時間が一瞬で虚無に消えた。
心が折れそうになる。
(ちょっと待て……俺は、なんのためにこれ始めた?)
エレナの笑顔。
「にぃにの匂いのするブランケットほしいなぁ」の無邪気な声。
その一言だけで、もう後には引けなかった。
「……ああもう、クソ……やるしかねぇだろ!」
意を決してやり直す。
だが五分後。
「指つったぁぁ!!」
さらに十分後。
「糸絡まりすぎだって……!! 誰だよこれ作った犯人は!(※俺です)」
さらに三十分後。
「……あ、あれ?これ、左右の長さ違くね?」
泣きたくなるほど不器用だった。
◆
そこへ突然、ドアをノックする音。
「ハヤトー!夜食あるよー!」
「帰れって言っただろぉぉ!!」
テオがドア越しにわめく。
「なんでぇ!? 俺、ただハヤトの栄養管理をだね――」
「お前に栄養管理されたくねぇよ!」
「うわぁぁん!エマぁぁ!!ハヤトがいじめるぅ!」
「テオ、静かにしなさい。ハヤト、ドア閉めて」
「今閉めてる!!」
あいつらが騒げば騒ぐほど、隠すのに必死になる。
(やべぇ……集中できねぇ……!)
でも、やめなかった。
ひと目でもエレナが喜んでくれた姿を想像すると、徹夜なんて苦でもない。
◆
深夜。
寮の部屋は暖房の唸りだけが響く。
毛糸の山に囲まれ、俺はついに立ち上がった。
「……できた……!」
それは――少し歪んでる。
角も完璧じゃない。
模様だって、本に載っているより下手くそだ。
でも。
(……俺が、初めて“誰かのために”作ったものだ)
手のひらでそっと包む。
その温かさだけで、胸がじんわり満たされた。
「にぃにの匂いのするブランケットほしいなぁ」
あの声が甦る。
(絶対……渡す。どんな形でも)
◆
翌日、中等部ロビー。
エレナの「少しだけ会える?」というメッセージ。
体調か、それとも別のことか――一瞬不安が走ったが、会ってみるといつもの笑顔だった。
「にぃに!クリスマス……少しでも一緒に過ごせる?」
不器用な勇気を振り絞るように言うエレナ。
なにがあっても守りたくなる笑顔だった。
「ああ。絶対に時間作る」
その瞬間、エレナの表情がパッと明るくなる。
ブランケットはまだ完全じゃない。
リボンも用意してないし、包装すらしてない。
でも――渡せる。
必ず。
◆
俺が寮に戻った瞬間、わちゃわちゃトリオの騒動は再開した。
「ハヤトォ!見て!パーティのメニュー案改訂版!!」
「誰が許可したのよそれ」
「俺!俺が許可したの!!」
「うるせぇぇぇ!!俺は今それどころじゃねぇんだ!!」
「え?やっぱり恋人イベント!?」
「ハヤト、夜中ずっと起きてたわよね?何してたの?」
「な、なんでもねぇよ!」
二人の視線が刺さる。
(バレるわけにいかねぇ……!)
引き出しに隠したブランケットを守るように、俺はそっと背中を向けた。
(エレナ……絶対に渡すからな)
そう強く心に誓いながら、俺は再び机に向かった。




