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第44話 クリスマス?どころじゃねーだろ!

学期末テスト一週間前。

 本来なら、全員が参考書を抱えて黙々と勉強している時期だ。


 ――ただし、この三人を除いて。


「ねぇ!クリスマスパーティしようよ!!」


 図書室の静けさを粉砕するテオの声。

 まるで爆弾だ。


「……お前、落ちる気か?」

「さすがにその発想は尊敬するわ。悪い意味で」


 俺とエマが同時に突っ込むと、テオは肩を落として机に突っ伏した。


「なんでぇぇ……俺がどれだけ、ケーキとチキンの幻覚を見て生きてるか知らないでしょ……!」


「幻覚見てる時点で危ないんだよ」

「それは医療的にも心配ね」


 そんなやり取りをしながらも、俺の脳裏には別の問題が渦巻いていた。


 ――エレナへのプレゼント、ブランケット。


 エマとテオには絶対にバレてはいけない。

 でも、問題はそこじゃない。


そもそも俺が“編める”のか?だった。



 寮の部屋。

 机の上には、色とりどりの毛糸と編み棒一本。


 初めて触るそれを前に、俺はしばし硬直する。


(……え、これ……どっちから持つんだ?)


 医学の教科書より難しいとは思わなかった。

 心臓の構造は描けても、編み棒の使い方は分からない。


 慣れない手つきで毛糸を引っ張った瞬間――


「う、うわあぁ!? なんで全部ほどけるんだよ!?」


 かけた時間が一瞬で虚無に消えた。

 心が折れそうになる。


(ちょっと待て……俺は、なんのためにこれ始めた?)


 エレナの笑顔。

 「にぃにの匂いのするブランケットほしいなぁ」の無邪気な声。


 その一言だけで、もう後には引けなかった。


「……ああもう、クソ……やるしかねぇだろ!」


 意を決してやり直す。


 だが五分後。


「指つったぁぁ!!」


 さらに十分後。


「糸絡まりすぎだって……!! 誰だよこれ作った犯人は!(※俺です)」


 さらに三十分後。


「……あ、あれ?これ、左右の長さ違くね?」


 泣きたくなるほど不器用だった。



 そこへ突然、ドアをノックする音。


「ハヤトー!夜食あるよー!」


「帰れって言っただろぉぉ!!」


 テオがドア越しにわめく。


「なんでぇ!? 俺、ただハヤトの栄養管理をだね――」


「お前に栄養管理されたくねぇよ!」


「うわぁぁん!エマぁぁ!!ハヤトがいじめるぅ!」


「テオ、静かにしなさい。ハヤト、ドア閉めて」


「今閉めてる!!」


 あいつらが騒げば騒ぐほど、隠すのに必死になる。


(やべぇ……集中できねぇ……!)


 でも、やめなかった。

 ひと目でもエレナが喜んでくれた姿を想像すると、徹夜なんて苦でもない。



 深夜。

 寮の部屋は暖房の唸りだけが響く。


 毛糸の山に囲まれ、俺はついに立ち上がった。


「……できた……!」


 それは――少し歪んでる。

 角も完璧じゃない。

 模様だって、本に載っているより下手くそだ。


 でも。


(……俺が、初めて“誰かのために”作ったものだ)


 手のひらでそっと包む。

 その温かさだけで、胸がじんわり満たされた。


「にぃにの匂いのするブランケットほしいなぁ」


 あの声が甦る。


(絶対……渡す。どんな形でも)



 翌日、中等部ロビー。

 エレナの「少しだけ会える?」というメッセージ。

 体調か、それとも別のことか――一瞬不安が走ったが、会ってみるといつもの笑顔だった。


「にぃに!クリスマス……少しでも一緒に過ごせる?」


 不器用な勇気を振り絞るように言うエレナ。


 なにがあっても守りたくなる笑顔だった。


「ああ。絶対に時間作る」


 その瞬間、エレナの表情がパッと明るくなる。


 ブランケットはまだ完全じゃない。

 リボンも用意してないし、包装すらしてない。


 でも――渡せる。

 必ず。



 俺が寮に戻った瞬間、わちゃわちゃトリオの騒動は再開した。


「ハヤトォ!見て!パーティのメニュー案改訂版!!」

「誰が許可したのよそれ」

「俺!俺が許可したの!!」


「うるせぇぇぇ!!俺は今それどころじゃねぇんだ!!」


「え?やっぱり恋人イベント!?」

「ハヤト、夜中ずっと起きてたわよね?何してたの?」


「な、なんでもねぇよ!」


 二人の視線が刺さる。


(バレるわけにいかねぇ……!)


 引き出しに隠したブランケットを守るように、俺はそっと背中を向けた。


(エレナ……絶対に渡すからな)


 そう強く心に誓いながら、俺は再び机に向かった。

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