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第4話 別れと出会いと

学用品を買いに行った数日後、ついに孤児院を卒業し、ルミエールアカデミー医療専門学校への旅立ちの日がやってきた。朝霧が辺境の村を重く覆い、馬車の軋む音が、別れの重みを刻む。


「懐かしいわね。前にあなたに仕事を全部任せた時、私のエプロンを泥沼に落としたことは忘れないわよ。」


「あの時は…すみませんでした。」


俺は肩をすくめて、カレン先生に頭を下げる。彼女の目には、優しい光が宿っていた。――だが、時間がない。


「立派な医者になりなさい。そして、誰かに希望の光を届けられる人になるんだよ。」


「はい! 頑張ります!」


ルミエール特急の出発汽笛が、低く喉を鳴らすように響き渡る。俺は荷物を抱え、急いで列車に身を滑り込ませた。車内の空気が、革と煤の匂いで淀み、窓から見える村の景色が、急速に飲み込まれるように遠ざかる。ドアが閉まる音が、鎖のように響いた。


乗った途端、他の上級生たちのひそひそ声が、コンパートメントに毒のように染み込んでくる。好奇の視線が、無数の針のように俺の背中を刺す。息が、浅くなる。


「ねぇ、あの子じゃない? あの動画の!」


「やっぱりかっこいい〜。そんで、ちょっと可愛いかも……でも、危なっかしいわよね。」


「星輝の杖の継承者だって! ルミエールの病人を治せるの?」


「制服の着こなし、変じゃない? あんな英雄が、医学生?」


は? なんだよ、可愛いって。俺、男だぞ? 星輝の杖の継承者? 普通の医学生でいい……ただの医者で。胸に、ざわめきが嵐のように渦巻く。エレナの記憶が、鋭く疼く。あの光を、俺はただ継ぎたかったのに。――周囲の視線が、重くのしかかる。逃げ場のない箱の中で、息苦しさが募る。


その瞬間――ガチャリ。コンパートメントのドアが、金属の悲鳴を上げて軋みながら開いた。冷たい風が、隙間から入り込み、俺の首筋を撫でる。金髪の男が、高級なマントを翻し、薄ら笑いを浮かべて侵入してくる。マルクス・ヴェルナー。長身の影が、コンパートメントを一気に暗く染め、青い目が毒蛇のように俺を射抜く。空気が、凍てつく。心臓が、喉で詰まる。


上級生たちのささやきが、ぴたりと止まる。静寂が、耳を圧迫する。彼はゆっくりと近づき、俺の膝に置かれた医学書に手を伸ばす。指先が、ページを汚すようにめくり、無造作に引き抜いた。インクの匂いが、吐き気を催すほど濃く広がる。距離が、近すぎる。息が、ヴェルナーの吐息と混じり合う。


「…返せよ。」


声が、低く震える。入学前から、変なやつに目をつけられたか。汗が、掌を冷たく濡らす。――動くな。まだ、知られたくない。


「ふーん。名ばかりの英雄さんは、入学前からこんな本を読んでるのか。無駄な努力だな……お前みたいな偽物の光が、闇を照らせると思ってるのか?」


嘲笑の響きが、耳に棘のように食い込み、頭の中で反響する。苛立ちが、黒い渦を巻き、視界の端を狭める。無視して手を伸ばし、医学書を奪い返す。指がぶつかり、ヴェルナーの肌の冷たさが、電撃のように伝わる。ページをめくる手が、わずかに乱れ、文字が滲む。――集中しろ。この知識が、俺の武器だ。


彼の笑いが、深くなる。「ま、ルミエールの病人の前じゃ、どんな医者も無力だぜ。お前の杖だって、ただの飾りだ。……壊してやろうか?」


ルミエールの病人。星輝の杖の継承者。それらが、普通の医学生への俺の夢を、鋭い爪で引き裂いていくのを感じた。列車の揺れが、体を嘲るように激しくなり、ヴェルナーの影が、未来に黒く、果てしなく伸びる。――この闇の中で、俺の光は、消えうせるのか。

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