第3話 闇の路地裏
学用品を一通り買い揃え、孤児院へ帰るため、俺たちはルミナス市の細い路地裏へ入った。治安の悪いルミエール王国。スラムと化したその路地は、腐った果物の臭いが立ち込め、影が蠢く不良たちの溜まり場だった。足音が石畳に響き、俺の胸に不穏な予感がよぎる。――後ろを振り返る余裕などない。
奴らはすぐに俺たちに目をつけ、牙を剥いた。ぼろ布を纏った影が、数人、壁から剥がれ落ちるように迫る。息が荒い。目が血走っている。
「おい、そこの田舎者のジジィ。その金目の物、全部俺たちによこせよ!」
不良の一人が、院長に殴りかかろうと拳を振り上げる。刃のような視線が、俺の喉元を掠める。――今だ。
「危ない!」
俺は荷物を地面に叩きつけ、飛び込んだ。なけなしの護身術が、体を鞭のようにしなる。院長に掴み掛かろうとした男の腕を捻り、肘を喉元に叩き込む。ガリッ――骨の軋む音が響き、男の体が石畳に崩れ落ちる。埃が舞い上がり、俺の視界を曇らせる。息が、すでに切れている。肺が火を噴く。
だが、隙は一瞬。残りの不良たちが、獣の咆哮を上げて飛びかかってきた。リーダー格の巨漢が、ナイフの閃光を俺の腹に突き立てる。――避けろ! 体が遅い。病床の記憶が、足を重くする。俺は咄嗟に体を捻り、刃がジャケットを裂く音を聞いた。熱い痛みが、脇腹を走る。血の匂いが、鼻を刺す。
「くそっ……!」
俺は歯を食いしばり、巨漢の膝裏を蹴り飛ばす。男がよろめき、壁に激突する鈍い音。だが、次の瞬間――別の男の拳が、俺の頰を掠める。衝撃が脳を揺らし、視界が白く閃く。膝が折れそうになる。心臓が、破裂しそうなリズムで鳴る。――倒れるな。まだ、守るものがある。
影のように体を沈め、俺は肘で顎を砕き、膝で腹を抉った。一人、二人……三番目の男の首を絞め上げ、地面に叩きつける。息が、血の味で濁る。汗が目に入り、滲む。
「な、何だこいつ!」
「逃げろ! 化け物だ!」
不良たちは悲鳴を上げ、散り散りに路地の闇へ溶けていく。俺は荷物の中に支援金が残されているのを確認し、ふっと息を吐いた。――守れた。ギリギリで。
「はぁ…はぁ…!」
俺は壁に凭れ掛かり、胸を押さえて乱れた呼吸を整えた。長年運動を控えてきた体が、悲鳴を上げる。心臓が耳元で暴れ、膝がガクガクと震える。冷たい石の感触が、背中に染み込む。脇腹の傷口から、温かい血が滴る。――これが、限界か。
「大丈夫かね? ハヤトくん。」
院長が優しく声をかけ、俺の腕を支えて立ち上がらせる。その手は、温かく、父のような重みがあった。だが、俺の視界はまだ揺れている。
「だ……大丈夫……です。」
俺は肩で息をし、喘ぎながら応える。言葉の合間に、息が漏れる。エレナの記憶が、痛みの隙間に閃く。あの光のような笑顔を、こんな闇で失いたくない。
これが、ルミエール王国での日常。こんな襲撃はまだ序の口だ。ヴェルナー家の影が忍び寄る中、医学の知識と共に、体力も鍛えねば。あの学び舎を――俺の光を――守るために。




