第27話 公開ディベート〜ハヤト編〜
講堂に足を踏み入れた瞬間、胃がきゅっと縮んだ。
普段は授業用に静かな場所だが、今日ばかりは違う。
生徒たちの好奇の視線が俺に突き刺さり、どこか祭りみたいなテンションだ。
……いやいや、これは祭りじゃなくて、俺の人生がかかった公開ディベートなんだが?
壇上に向かう途中、テオが手をぶんぶん振ってきた。
「ハヤトー! 緊張したら負けだぞー! 深呼吸しろー!」
「いや、お前が一番緊張してる顔してるだろ」
テオは口角を引きつらせた笑いを浮かべていた。
その手には、なぜかおにぎりが握られている。
「縁起物なんだよ。握る、つまり“合格を握りしめる”って意味で――」
「今ここで食べるな」
「……バレた?」
バレないと思う方がすごい。
エマがそのテオの襟首をつかみ、ずるずる引きずって後方へと戻していく。
「テオ、あなたはあと。黙って見てなさい」
「ううっ……俺のおにぎりぃ……」
……平和だな、こいつら。
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◆生徒会長の罠、エマの警告
開会の鐘が鳴る少し前。
エマが俺の袖を引いた。
「ハヤト、気をつけて。今日のテーマ、明らかに罠よ」
「……罠?」
「“恋人の症状を一字一句正確に書け”ってやつ。生徒会長、あなたに“虚言癖”だの“被害妄想”だの書かせて、エレナちゃんを精神疾患扱いして、あなたを退学に追い込むつもりだったのよ」
エマは淡々と言うが、目は鋭い。
テオも横から顔を突っ込んできた。
「その罠……プリングルスの蓋くらい分厚いからな!」
「テオ、例えが変だ」
「え? だって、あれ開けるとき痛いじゃん?」
……いつも通りで安心した。
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◆ディベート開始。生徒会長の“引っかけ”
壇上に立つと、会長がわざとらしい笑みを浮かべた。
「では、ハヤト・キサラギ君。恋人の症状を“一字一句正確に”記述してもらいましょう。責任を持ってね」
……こいつ、絶対楽しんでるだろ。
観客席からは「がんばれー!」「キサラギ先輩なら勝てる!」と声が飛ぶ。
俺は深呼吸し、覚悟を決めた。
マイクを握る。
言葉を選ぶ余裕なんてない。俺には事実を書くしかない。
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◆俺の答案——丁寧すぎるほど医学的に
「エレナ・インゼルさんは、生来の先天性心疾患を抱えています。
胸痛、呼吸困難、めまい、蒼白、冷汗、脈拍の急速化などの症状が発作時に認められます。
行動の変化は主に身体的負荷や不安反応によるものであり、“虚言癖”や“被害妄想”に分類される精神病理的現象とは明確に異なります」
言い切った瞬間、会場がざわつく。
テオが「よっ!! 医学!!」と拳を突き上げる。
やめろ恥ずかしい。
しかし、案の定、生徒会長が食い下がる。
「へぇ……では、もし“虚言癖”と書かれていたらどうなるのかな?」
ほら来た。
これが本命の質問だ。
エマがすかさず立ち上がり、資料を掲げた。
「虚言癖は臨床診断です。
診断名を書くには根拠となる診療記録が必要です。
ここにはエレナさんの“心疾患”に関する正式な記録が揃っています。
精神疾患の診断をつける根拠は、一つとして存在しません」
エマ、強い。
背後でテオが「すげえ……エマ、かっこいい……!」と拍手している。
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◆エレナ、壇上へ
ついにエレナが呼ばれた。
彼女は緊張で少し震えていたが、俺を見つけた瞬間に笑った。
その笑顔が、なんか逆に俺の心臓を締め付けてくる。
会長は、エレナの口から「被害妄想」と言わせる気満々だ。
しかし――
エレナはきゅっと拳を握り、
「私はね、胸が苦しくなって、世界が遠くなるの。
怖いって感じることもあるけど……それは嘘じゃなくて、本当に、体が苦しいだけなの」
と言った。
その瞬間、観客席から拍手が起きた。
テオなんか号泣してる。
「エレナーっ! 強い子だぁぁ! 俺、感動して……鼻水が……!」
「拭け。今すぐ拭け」
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◆生徒会長、敗北する
会長は顔を引きつらせ、最後の抵抗を試みた。
「……しかし、一度でも記録に残れば――」
「残りませんよ」と俺は遮った。
「事実に基づかない記述は、公式文書にはなりません。
あなたが強引に書かせても、それは名誉毀損です」
会場の空気が、会長から離れていく。
ざまあ……と言いたいが、口には出さない。
大人だからな。
会長は最終的に、無表情でこう言った。
「……退学手続きは撤回する」
ざわぁぁぁぁぁ……
講堂が揺れた。
テオが俺の肩に飛びついてくる。
「ハヤトぉぉ! すごいすごいすごい!!」
「苦しい! お前重い!」
エレナも涙目で抱きついてきて、結果、俺はサンドイッチ状態になった。
エマだけが冷静だった。
「はいはい、二人とも。ハヤトが窒息する前に離れなさい」
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◆そして次回——テオの番
ディベート会場を出たあと。
俺はテオの肩をとんとん叩いた。
「……で、明日はお前のディベートだけど、準備は?」
テオは震えた。
「……え?」
「“え?”じゃない。
まさか……何もしてない?」
「…………おにぎりは買った」
「それ、関係ないだろ!」
エマが額を押さえる。
「テオ……今日の会長よりあなたの方が怖いわ……」
テオは青ざめた顔で叫んだ。
「やばい!! 俺の公開ディベート……ハヤトより地獄じゃん!!!」
俺たちの明日は、どうなるんだろうな。
次回——公開ディベート《テオ編》。
開幕前から波乱の予感しかしない。




