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第2話 試練への準備と影の王

ルミエール王国の首都、ルミナス市は、俺の期待とは裏腹に、真っ黒な雲が低く立ち込め、時折冷たい風が頰を切り裂くように吹き抜けた。空気は煤けた煙と馬の糞の臭いが混じり、喉の奥に絡みつく。遠くで、誰かの怒鳴り声が響き、俺の背筋を震わせた。


街の人々は忙しなく行き交い、田舎者の俺たち――両手に分厚い医学書を抱え、よろよろと歩く姿――など見向きもしない。解剖学、診断学、薬草学の重みが、腕にずっしりと食い込み、頭の奥でズキズキと脈打つ痛みを呼び起こす。ページの端から漂う古い紙の匂いが、俺の決意を試すように鼻をくすぐった。――この痛みさえ、未来への一歩だ。


最後に、制服の採寸のため、路地裏の小さな洋服店に立ち寄る。埃っぽい店内は、布地の柔らかな感触と、かすかなラベンダーの香りが満ちていた。だが、外の喧騒が壁越しに聞こえ、俺の心をざわつかせた。


「ハヤト・キサラギ様。お待ちしておりましたよ。さぁ、こちらへどうぞ。」


店長の声は穏やかだが、目がちらりと外の闇を窺う。奥からルミエールアカデミーの制服を引っ張り出し、細い杖を一振りすると、布地が霧のように揺らめき、あっという間に俺の体にぴったりと馴染んだ。シンプルなグレーのジャケットに赤いベスト、赤いネクタイ、黒いスラックス。カッチリとした生地が肌に張り付き、まるで俺の覚悟を締め上げる鎖のようだった。鏡に映る自分の姿に、エレナの笑顔が一瞬、重なる。あの柔らかな記憶が、胸を熱くした。――これで、俺は変われる。


その瞬間――。


ドン! 乱暴にドアが叩きつけられ、木枠が軋む衝撃音が店内に爆発した。埃が舞い上がり、俺の喉が乾く。金髪の男が、高級なマントを翻して飛び込んでくる。長身の影が、床に黒く伸び、店全体を飲み込むように広がった。鋭い青い目が、氷の刃のように店内を切り裂く。俺は反射的に棚の陰に身を滑り込ませ、息を殺した。心臓が、喉元で暴れ出す。汗が、背中を冷たく伝う。


店長の顔から血の気が引く。


「あ、ああ、ヴェルナー家の坊ちゃま。制服の準備は、ええと、もう……出来ておりますよ……。」


声が震え、額の汗がぽたりと床に落ちる。手が、制服の端を白く握りしめていた。


男の唇が、嘲るように歪む。低い、獣のような声が響く。


「ルミエールアカデミー……あの偽善者の巣窟だ。おれが、ヴェルナー家の力で潰してやるよ。すべて、灰に変えてな。」


潰す? 命を救う学び舎を? あの白いホールで、薬草の香りに包まれながら未来を夢見た場所を? 男の言葉が、俺の耳に棘のように刺さる。争いを避けたいはずの胸に、静かな怒りが黒い炎のように爆ぜた。息が荒くなり、拳が震える。絶対にさせない。ヴェルナー家の闇に、俺の光を奪わせはしない。この制服の重み、医学書の痛みが、俺の誓いを刃に変える。


あの学び舎を守ってみせる。どんな代償を払おうとも――星の輝きのように、決して消えぬ炎で。

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