第15話 出席停止中の俺が、全員の前で逆転することになった件
出席停止処分が下ってから、三日が経った。
だが俺の生活は、何ひとつ停滞していなかった。
部屋に閉じこもって膝を抱える時間も、天井を見つめる夜もない。
必要なのは、冷静さと整理だ。感情を処理するのに、長い時間はいらない。
医療と同じだ。
症状に振り回されず、原因を切り分け、再現性のある事実だけを拾い上げる。
俺は机に向かい、試験当日の情報を一つずつ書き出していった。
試験会場の座席配置。
監督教授と補助員の立ち位置。
答案用紙の配布と回収の手順。
そして――問題の「不正メモ」が発見されたとされる場所。
書き出せば書き出すほど、輪郭がはっきりしてくる。
感情を排した事実だけが、浮かび上がってきた。
まず不自然なのは、「机の下にメモが落ちていた」という点だ。
あの大講堂の机と椅子の構造では、試験中に身体を深く前屈させ、机の下に手を伸ばすことはほぼ不可能に近い。しかも、試験開始前に持ち物検査は行われている。
つまり、不正行為が成立するためには条件が多すぎる。
次に、巡回記録。
監督補助員の巡回ルートを確認すると、蛇寮側の通路だけ、明らかに巡回間隔が長い。偶然では済まされない程度に、だ。
――置かれた。
そう考えた瞬間、すべてが一本につながった。
そして、決定打。
問題のメモの筆跡。
学内に提出されたレポート、申請書、過去答案。
照合できる資料はいくらでもある。
一致率は、ほぼ完全だった。
「……自滅だな」
俺は、淡々とそう呟いた。
⸻
公開調査の場として指定されたのは、大講堂だった。
全学生、教授陣、上級生代表まで集められる異例の対応。
それだけ、この件が学園の根幹に関わる問題だという証拠でもある。
壇上に立った瞬間、空気が変わった。
ざわめきが、波が引くように静まる。
マルクスは客席の中央付近で腕を組み、余裕の表情を浮かべていた。
自分はまだ安全圏にいる――そう信じている顔だ。
「キサラギ。説明があるなら、簡潔に述べろ」
監督教授の声に、俺は一歩前に出た。
「はい。まず結論から言います」
一切、溜めない。
「俺は、不正行為を行っていません」
断定だった。
言い切ることで、場の空気が締まる。
「次に、不正メモについて説明します」
会場のスクリーンに、試験会場の図面を映す。
「この机と椅子の構造上、試験中に机の下へ手を入れることは困難です。さらに、試験規則には“試験中、机下への接触は禁止”と明記されています」
教授陣が、資料に目を落とす。
「つまり、メモが“落ちていた”可能性は極めて低い」
ざわめきが走る。
俺は、視線を上げた。
「続いて、監督補助員の巡回記録です」
蛇寮側通路の巡回間隔だけが空いている点を示す。
「この時間帯、不正メモを“置く”ことは可能です」
空気が、明確に変わった。
そして、最後。
「決定的なのは、筆跡です」
スクリーンに並ぶ二つの文字。
「学内提出資料と照合した結果、一致率は九八パーセント」
一拍置いて、言う。
「――ヴェルナー・マルクスの筆跡です」
静寂。
完全な沈黙。
マルクスの顔色が、一気に変わった。
「ふざけるな……!」
「事実です」
俺は声を荒げない。
「医療の現場でも同じです。推測ではなく、証拠が結論を導く」
教授の一人が、深く息を吐いた。
「……反論はあるか、ヴェルナー」
マルクスは、答えなかった。
いや、答えられなかった。
沈黙は、否定より雄弁だ。
⸻
裁定は、その場で下された。
マルクスは試験無効、長期謹慎処分。
俺の出席停止は、即時解除。
ざわめきの中、大講堂を出る。
テオが、満面の笑みで拳を突き上げた。
「当然だな!」
エマは、静かに頷いた。
「論理的だったわ。誰も否定できない」
俺は、空を見上げる。
胸の内は、驚くほど静かだった。
勝利の高揚はない。
あるのは、正しいことを正しく通したという実感だけ。
マルクスとの決着は、ここで終わった。
だが、俺の道は続く。
エレナを救うために。
医師になるために。
――俺は、倒れない。




