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倒れないでくれ! ――限界と選択を描く医療ヒューマンドラマ――  作者: 東雲 明
一年生編:慌ただしい日々

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第14話 満点のはずだった試験で、俺だけ出席停止になった件

 試験前夜――罠を知ってなお、俺は前を向く


 基礎医学の筆記試験を翌日に控えた学園は、独特の静けさに包まれていた。

廊下を歩く足音は控えめで、誰もが胸の内に緊張を抱えているのが分かる。壁際の掲示板には試験日程が貼られ、その前で立ち止まって確認する学生の背中は、どれも硬い。


この試験は、単なる成績評価じゃない。

進級、実習配属、将来の推薦――そのすべてに関わる。だからこそ、ここで躓くわけにはいかなかった。

 

 獅子寮と蛇寮が同時間帯で実施されると聞いた瞬間、胸の奥で小さな警鐘が鳴った。

偶然と呼ぶには、出来すぎている。


昨夜、獅子寮の食堂で、エマが俺の肩にそっと手を置いた。


「この試験、マルクスは必ず何かしてくるわ」


断定的な声だった。

テオも腕を組み、低く唸る。


「正面勝負じゃ勝てねえって分かってる。だから、盤外戦だ」


二人とも、俺を信じているからこそ心配している。

それが分かるから、俺は笑ってみせた。


「問題ない。やることは変わらない」


自室に戻り、机に向かう。

ノートを開けば、何度も書き直した解剖図、薬理作用の整理、診断プロセスの流れ。どれも、頭の中に完全に入っている。


患者を前にしたとき、知識は迷いを許さない。

エレナの病室で、その現実を嫌というほど学んだ。


――満点を取る。

それ以外の選択肢は、最初から存在しなかった。


夜風がカーテンを揺らす。

罠があろうと、俺は俺のやり方で進む。それだけだ。



試験開始――実力で積み上げた二時間


翌日、大講堂。

高い天井と整然と並んだ机が、無言の圧を放っている。


獅子寮と蛇寮の生徒が席に着き、空気が張りつめる。

マルクスは端の席で、余裕を装った表情を浮かべていた。


――意識する必要はない。


監督教授が、鋭い声で告げる。


「二時間。私語禁止。規則違反があれば即刻処分する」


答案用紙が配られ、開始の合図。


――集中。


解剖学の詳細な設問、薬剤の相互作用、実践的な症例問題。

どれも難しい。だが、想定外じゃない。


手は止まらず、思考は一直線に進む。

時間配分も計算通りだった。


最後の見直しを終えた瞬間、確かな手応えがあった。


――これは、取れる。


そのときだった。


「先生! ハヤト・キサラギがカンニングです!」


声が講堂を切り裂く。

一斉に視線が集まった。


取り巻きの一人が立ち上がり、俺の机を指差す。


「机の下に、不正なメモが落ちていました!」


教授が拾い上げた紙片。

書かれているのは、薬効の一覧。


――俺の字じゃない。


「説明しろ、キサラギ」


俺は、静かに立ち上がった。

心拍は落ち着いている。


「俺は、そのメモを持っていません。試験中、一切触れていない」


事実を、淡々と述べる。


マルクスが、薄く笑う。


「完璧な英雄様でも、失敗はあるんだな」


教授は沈黙し、やがて告げた。


「この件は精査する。それまで、キサラギは出席停止だ」


――来たか。


「了解しました」


それだけ答え、俺は席を立った。

背中は、最後まで伸ばしたまま。



出席停止――戦いは、まだ終わらない


通達は即日だった。

授業参加禁止。試験結果は保留。


だが、自室に戻っても、俺は座り込まない。

これは敗北じゃない。局面が変わっただけだ。


ほどなくして、ノックの音。

テオとエマが部屋に入ってくる。


「絶対におかしいだろ!」とテオが怒鳴る。


エマは、冷静だった。


「感情で動かないで。証拠を積み上げれば、必ず崩せる」


俺は頷く。


「その通りだ。規則も、監督体制も把握してる」


満点を取った事実は消えない。

事実は、積み重ねれば必ず形になる。


夕陽が部屋を赤く染める。

俺は、静かに拳を握った。


マルクス。

お前の罠は、ここで終わる。


エレナを救うために。

医師になるために。


――俺は、前に進み続ける。




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