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倒れないでくれ! ――限界と選択を描く医療ヒューマンドラマ――  作者: 東雲 明
五年生編:守ると決めた日々

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第127話 言い出しっぺの親友が、旅行先でトラブルばかり起こす件

王宮庭園の空は、抜けるような青だった。ルミエール王国のこの場所は、医療専門学校の研修で何度か訪れたことがあるけど、観光気分で来るのは初めてだ。


バラの香りが濃く漂い、遠くで噴水の水音が絶え間なく響いている。俺、ハヤト・キサラギは、エレナの横を歩きながら、ヒカリを優しく抱き上げた。


ヒカリは俺の腕の中で小さな手を伸ばし、色とりどりの花を指差して嬉しそうに笑う。一週間しか生きられないと言われた子が、こうして元気に成長している。医学生として学んだ知識が、どれだけこの奇跡を説明できないか、俺は痛いほど知っている。だからこそ、ただこの瞬間を味わっていたい。


前方では、テオが大はしゃぎだ。旅行の言い出しっぺは間違いなくこいつで、王宮庭園を見学しようと提案したのもテオだった。


親友として付き合っている俺だが、正直言って疲れる。テオはいつもこうだ。楽しそうなものを見つけると、すぐに飛びついてしまう。ドジで食いしん坊、そして斜め上の発想で周りを和ませるムードメーカー。それがテオ・アルトの魅力でもあるんだけどな。


「うわー! ハヤト、見てくれよこの噴水! 水がすげぇ高く上がってる! まるで空に届きそうだぜ!」


テオの声が庭園に響き渡る。平日だから観光客はまばらで、幸か不幸か注目を集めてしまう。


テオはもう噴水の縁に片足を乗せ、バランスを取ろうとしている。予想通りの行動だ。旅行に来てからというもの、宿泊先の階段でつまずいたり、食事中に変な組み合わせの食べ物を試したり、こいつは自らトラブルに突っ込んでいく。エマが恋人としてそばにいるのに、なぜか止まらない。


エマ・リンデンが素早く反応した。彼女はいつも通り、鋭いツッコミを入れる。


「テオ! 危ないからすぐに降りなさい! 王宮の庭園でそんなことしたら、衛兵に注意されるわよ!」


エマの声は少し苛立っているけど、根底には心配があるのがわかる。高度な医学知識を持つ彼女は、怪我のリスクを即座に計算しているんだろう。


テオは「あはは、ごめんごめん」と笑いながら足を滑らせ、今度は後ろに倒れそうになる。噴水の水しぶきが飛び散り、テオの服が少し濡れる。


俺はため息をつきながら、すっと手を伸ばした。テオの襟首を掴んで引き戻す。


医学生として、転倒の瞬間に体を支えるのは反射的な行動だ。テオの体重が一瞬俺にかかるけど、なんとか立て直す。


「ほら、立てよ。せっかくの庭園で怪我でもしたら、後始末は俺がする羽目になるんだからな」


テオは立ち上がると、悪びれもなく満面の笑みを浮かべる。


「さすがハヤト! ナイスキャッチだぜ! いやー、助かったよ。でもさ、この噴水の水、飲めるのかな? きっと特別なミネラルが入ってるんじゃない? 健康にいいかも!」


飲めるわけがない。王宮の装飾用の水だ。俺は頭を抱えそうになるが、テオはもう手を噴水に突っ込もうとしている。斜め上の発想がまた炸裂した。エマが慌ててテオの腕を掴む。


「飲むわけないでしょ! テオ、あなたは本当に……いつもいつも、自分でトラブル作って!」


エマのツッコミが鋭い。彼女の表情は呆れと怒りが混じっているけど、目には笑いが浮かんでいる。テオのこういうところが、彼女を和ませているのかもしれない。俺はテオのもう片方の腕を押さえ、エマと目が合った。彼女は軽く肩をすくめて、苦笑する。


この瞬間、俺の胸に複雑な感情が湧く。テオは親友だ。獅子寮で一緒に過ごす日々、授業中の失敗を俺がフォローするのも日常茶飯事。でも、こうして旅行に来て、みんなで笑い合えるのは幸せだ。医学生として忙しい毎日、将来の不安、ヒカリの存在がもたらした変化。それらを忘れさせてくれるのが、テオのこの無邪気さなのかもしれない。


エレナがくすくすと笑い始めた。彼女はヒカリを抱いたまま、俺の袖を軽く引く。


「ハヤトにぃに、テオにぃにってほんと面白いね。いつもハヤトにぃにが大変そうで、見てるだけで楽しいよ」


エレナの声は天真爛漫で、少し大人びている。16歳で母親になった彼女は、ヒカリの世話に専念するために学校を条件付きで退学した。それでも、こうして小旅行を楽しもうと言ってくれる。俺の部屋で一緒に暮らす日々、エレナの無自覚な可愛さが俺を振り回すけど、それが俺の支えにもなっている。


ヒカリが俺の腕から身を乗り出し、「テオにぃに!」と元気に呼ぶ。小さな手がテオに向かって伸びる。テオはそれを見て、さらに調子に乗った。


「ヒカリちゃんも見ててくれたのか! よーし、テオお兄ちゃんの噴水ダンスを見せてあげるぜ!」


テオが噴水の周りを走り出す。両手を広げて、水しぶきを浴びながらくるくる回る。まるで子供だ。エマが追いかけ、「危ないってば!」と叫ぶ。


俺はエレナにヒカリを預け、仕方なく後を追う。庭園の小道を走るテオの背中を見ながら、俺は思う。頼むから、今日は誰も倒れないでくれ。ただの医学生の俺にとって、放課後ならぬ旅行中が地獄になるのは、もう慣れたけどさ。


噴水の周りを一周したテオが、突然立ち止まった。足元に小さな石があるのに気づかず、つまずく。予想通りの展開だ。テオの体が前につんのめる。エマが遠くから叫ぶ声が聞こえる。


「テオ!」


俺は全力で走った。医学生の訓練で鍛えた脚が、地面を蹴る。テオの腕を掴み、引き戻す。勢い余って俺たちが一緒に転びそうになるが、なんとか体を捻ってテオを下にし、俺が上になる形で地面に倒れる。芝生の上だから痛くないが、息が切れる。


テオは目を丸くして俺を見る。


「ハヤト……また助けてくれたよな。ありがとう。俺、ほんとドジだわ」


テオの声は少し反省している。でも、すぐに笑顔に戻る。


「でもさ、こういうのって友情だよな!」


俺は立ち上がり、テオに手を差し伸べる。胸の奥で温かいものが広がる。テオの失敗の後始末をするのは、確かに大変だ。でも、これが俺たちの日常。行動で強さを示すって、こういうことなのかもしれない。弱気にならず、ただ目の前の人を守る。


エマが駆け寄ってきて、テオの頭を軽く叩く。


「本当に、あなたは……ハヤトに迷惑ばっかり。次はちゃんと気をつけなさいよ」


でも、エマの目には涙が少し浮かんでいる。心配したんだろう。彼女は高度な知識でいつも冷静だけど、テオのことになると感情が溢れる。


エレナとヒカリも近づいてきた。エレナが微笑む。


「ハヤトにぃに、かっこよかったよ。ヒカリも喜んでる」


ヒカリが拍手のように手を叩く。「パッパ!ヒーロー!」と呼ぶ声が、庭園に響く。


俺はみんなを見て、静かに息を吐いた。王宮庭園のバラが風に揺れる。この旅行、トラブル続きだけど、悪くない。テオが言い出しっぺでよかった。こんな風に、みんなで笑えるから。


庭園の奥へ進む。テオは少し大人しくなったが、すぐに次のものを見つける。


「次はあっちのバラの迷路だ! 入ってみようぜ!」


またか、と思う。でも、俺は微笑んだ。誰も倒れないよう、見守る。それが俺の役割だ。


バラの迷路に入ると、香りがさらに濃くなった。高い生垣が道を区切り、迷いやすい構造だ。テオが先頭を切って進む。


「ここは右かな? いや左!」


案の定、間違える。俺たちは笑いながらついていく。エマが地図のようなものを思い浮かべ、正確に道を指示する。彼女の知識がここでも役立つ。


迷路の途中で、テオがまた興奮した。美しいバラのトンネルを見つけて、飛び込む。


「すげぇ! バラのアーチだ!」


トンネルは狭く、棘がある。テオが服を引っかけ、バランスを崩す。俺は即座に支える。棘がテオの腕を軽く傷つけた。血が少しにじむ。


「痛っ……」


テオが初めて弱音を吐く。俺はポケットからハンカチを取り出し、傷を押さえる。医学生として、消毒は後でちゃんとしよう。


「大したことないよ。すぐ止まる」


エマが心配そうに寄ってくる。


「テオ、大丈夫? 私が手当てするわ」


彼女の声は優しい。テオは照れくさそうに笑う。


「ごめん、エマ。ハヤト。また世話かけた」


俺は首を振る。こういう時、俺は言葉より行動を選ぶ。みんなを安全に連れ出す。それが俺の強さだ。


迷路を抜けると、広場に出た。ベンチがあり、みんなで座る。ヒカリが疲れたのか、エレナの膝で眠り始めた。エレナが優しく背中を撫でる。


「ヒカリ、楽しかったね」


エレナの横顔が、大人びて見える。母親として、彼女は強くなった。俺はそんなエレナを見て、胸が熱くなる。


テオが弁当を広げる。食いしん坊の本領発揮だ。


「さあ、昼食にしよう! 俺が作ったサンドイッチだぜ!」


また斜め上の味付けかもしれない。でも、みんなで食べるそれは、最高に美味い。


庭園散策は続く。テオのトラブルはまだありそうだが、俺は構わない。みんながいるこの時間が、宝物だ。


頼むから、誰も倒れないでくれ。ただ、それだけでいい。

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