第95話 マダニ感染症
グレイさんと遊んだ後、夜明け前に集落へ戻って来た。
猫たちが寝ている間に、ねこねこだんごの中に潜り込む。
猫毛はふわふわ柔らかくて、お日様の匂いがする。
やっぱり、ねこねこだんごは最高だな。
猫吸いをしながら、二度寝した。
ฅ^•ω•^ฅ
お日様がてっぺんに登った頃に起き出して、レッドたちに別れを告げる。
「ぼくと遊んでくれて、ありがとうございましたミャ。ぼくたちは、今日旅立ちますミャ」
「にゃにゃっ? 仔猫ちゃん、もう行っちゃうにゃっ?」
「もっと、兄ちゃんたちと遊ぼうナァ」
「そんなに急いで、どこ行くニィー? ゆっくりしていけばいいニィー」
レッドたちは寂しそうにしょんぼりして、ぼくを引き留めようとしてくる。
だけど、あまりのんびりしている余裕はない。
夏の終わりが近いのか、日に日に暑さが和らいできている。
日中は暑いけど、お日様が沈んでいる朝と夜は涼しくなってきた。
暑くなくなったのは、ありがたいけど。
もうすぐ、秋が訪れる。
短い秋が終われば、長い長い冬が来る。
「ごめんなさい、ぼくたちの集落はここからとても遠いのですミャ。寒くなる前に、集落へ帰らなくてはなりませんミャ」
「そうか、残念だにゃ。でも、帰りたいなら仕方ないにゃ」
「じゃあ、あったかくなったらまた遊びにおいでナァ」
「お姉さんたちは、いつでも来てくれるのを待っているニィー」
レッドとブルーとフォーンは、3匹でぎゅっと抱き締めてくれた。
嬉しくて、ぼくも抱き返した。
「そういえば、この集落の名前はなんというんですミャ?」
「双子泉の集落にゃ」
猫たちは、基本的に新鮮な水飲み場があるところに集落を作る。
ここは川から離れているけれど、代わりに水が湧き出る泉がある。
夏用の泉と冬用の泉があるから、「双子泉の集落」なのか。
ぼくたちは集落の猫たちに見送られて、再び旅立った。
ฅ^•ω•^ฅ
ぼくたちが行ったことのない集落を探して、『走査』
『位置情報:直進300m、左折600m、直進1km、左折80m』
次の集落までは、そんなに離れていない。
これなら、今日中に辿り着けそう。
そう考えた時、また『走査』が発動する。
『対象:食肉目ネコ科ネコ属リビアヤマネコ、および、食肉目イヌ科イヌ属トマークトゥス』
『病名:マダニ感染症』
『処置:噛まれた部位の除去。傷口の洗浄、消毒。抗生物質の投与。抗炎症剤の塗布』
『位置情報:0m』
0m?
ってことは、ぼくたちがマダニ感染症に罹っているってことっ?
どうやら、気付かないうちにマダニに咬まれていたようだ。
でも、痛くも痒くもないんだけど。
『マダニの唾液には麻酔成分が含まれる為、咬まれても気付かないことが多い』
『マダニ感染症の潜伏期間は、約3~32日』
感染症の症状がないのは、潜伏期間だからか。
症状が出ないうちに、早く処置しないと。
「みんな、聞いてミャ! ぼくたちはみんな、マダニに咬まれているミャ! 早く傷口を洗わないと、病気になっちゃうミャッ!」
「にゃ、にゃんだってニャーッ!」
「分かったニャ」
『病気になると、どうなるんだ?』
どんな症状が出るの? 教えて、『走査』
『初期症状で、リンパ節の腫脹、筋肉痛、関節痛、頭痛、発熱、悪寒、倦怠感』
『重症化すると、皮膚、神経、心臓、目、関節、筋肉などに炎症を引き起こす』
ぼくは『走査』が教えてくれたことを、みんなにも分かりやすく伝えた。
これを聞いた3匹は、川へ向かって大急ぎで走り出した。
お父さんもお母さんも水が苦手なのに、勢いよく川へ飛び込んだ。
『シロちゃんも、早く体を洗わないと病気になるぞ!』
「ミャ」
グレイさんに首根っこを咥えられて、川へ入れられた。
ぼくたちは、ジャブジャブと自分の体を洗った。
体を洗っていると、急に風が強くなってきて薄暗くなった。
見上げると、黒い雲が空を覆っていた。
雨が降り始めたかと思うと、同時に雷まで鳴り出した。
「ミャッ!」
黒い雲がゴロゴロと音を立て、ときどきピカッと眩しく光る。
ぼくたちは飛び上がるくらいビックリして、震え上がった。
雷が鳴り出したら、安全な場所へ避難しないと。
雷は、基本的に高いところへ落ちやすい。
近くに避難出来る建物があれば良いけど、ない場合は高い木から離れて低い姿勢を取る。
雷が人間に直撃する確率は、約1000万分の1
雷が直撃しても、即死する確率は約30%
死ななくても、一生消えない傷を残すと言われている。
直撃しなくても、雷が落ちた木の側にいると側撃雷を受けることがある。
側撃雷は、落雷した電気で感電すること。
落雷した時の爆発も、めちゃくちゃ危険。
グレイさんは雷の音に怯えながらも、猛スピードで丘に横穴を掘り始める。
早く安全な場所へ避難したい一心で、ぼくとお父さんとお母さんも穴掘りを手伝う。
ギリギリ4匹入れるくらいの穴が掘れると、急いで中に入った。
みんなで体を寄せ合い、雷が鳴り止むのを待つしかなかった。
しばらくすると、雷のゴロゴロピカピカは遠のいていった。
大雨は、今も降り続けているけど。
まだ、マダニ感染症の処置が終わっていない。
傷口は洗ったけど、抗生物質のヨモギを飲んでいない。
「ぼく、ちょっとヨモギを採ってくるミャ。すぐ戻るからミャ」
3匹に声を掛けて、巣穴から飛び出した。
すると、グレイさんがついて来た。
『シロちゃんひとりじゃ危ないから、オレもついて行く』
「グレイさんは、心配症ミャ」
ぼくは、草むらからヨモギを探し始める。
ちょうど足元に、ピンク色のコスモスみたいな花が咲いていた。
真ん中の頭状花が大きく盛り上がっていて、花弁が下がっている。
こういうキク科の花は、薬草として使えるものが多かったよね。
もしかして、この花も薬草として使える?
『対象:キク科ムラサキバレンギク属ムラサキバレンギク』
『概要:天然の抗生物質と呼ばれる。免疫力を高め、抗ウイルス作用に優れている薬草。服用する場合は、花をハーブティーにして摂取。外用にする場合は、根の汁を塗布』
『薬効:免疫力強化、抗炎症作用、鎮痛作用、風邪、結核、リウマチ、急性副鼻腔炎、インフルエンザ、喉頭炎、便秘、膀胱炎、頻尿、解毒、炎症性の皮膚疾患、皮膚感染症、創傷治癒、虫刺され、ニキビ、湿疹』
天然の抗生物質! これだっ!
でも、ハーブティーか。
マダニ感染症の潜伏期間は3~32日。
ハーブティーが出来るまで、待っている余裕はない。
かなり強引だけど、花を食べてみよう。
あとは、根の汁をマダニに咬まれた傷に塗ってみるか。
ぼくが土を掘り始めると、グレイさんが声を掛けてくる。
『なんだ? この花が欲しいのか?』
「このお花の根っこが、マダニ感染症のお薬になるミャ」
『なら、オレが掘ってやる』
グレイさんが、ムラサキバレンギクを掘り起こしてくれた。
『ほら、シロちゃん』
「ありがとうミャ。じゃあ、お父さんとお母さんのところへ戻るミャ」
『ヨモギとかいう薬草は、いいのか?』
「これがあれば、大丈夫ミャ」
『そうか。だったら、早く戻ろう。ずっと雨に打たれていると、体を冷やしてしまうぞ』
「グレイさんも、風邪引いちゃうミャ」
『ふふっ、そうだな。では、早くオレたちの愛の巣へ戻って温め合おう』
グレイさんはにっこりと笑い、お父さんとお母さんが待つ巣穴へ戻った。
【紫馬簾菊とは?】
別名Echinacea。
「インディアンのハーブ」とも呼ばれ、400年前からアメリカの先住民族であるインディアンが万能薬として使っていたと言われている。
夏の始め~秋の終わり頃に、7~12cmくらいの大きさのピンク色の花が咲く。
日本ではあまり知られていないけど、アメリカやドイツでは人気のハーブらしい。
日本でも、ハーブティーや栄養補助食品として売られている。




