第93話 水浴びが好きな猫
しばらくすると、2匹の猫はケンカを止めた。
ふたりとも全身で荒い息をしながら、ごろんと寝転がる。
「相変わらずやるにゃ、ブルー」
「お前もナァ、レッド」
赤毛がレッド、灰色がブルーという名前らしい。
ゼーハー言いつつも、ふたりは顔を合わせてニヤリと笑う。
このふたり、もしかして仲が悪いんじゃなくて単純にケンカが好きなのかも。
本気のケンカじゃなくて、じゃれ合いだったのか。
お互いを、ライバルと認め合っている関係。
そういうのって漫画でしか見たことないけど、ちょっと憧れるよね。
ぼくの周りには、そういう友達はなかったなぁ。
おっと、思い出に浸っている場合じゃなかった。
ケンカが終わったなら、ふたりの手当をしないと。
ぼくが声を掛けるよりも前に、薄茶色の猫が駆け寄ってくる。
「ふたりとも、またケンカばっかりしてダメニィーッ!」
「「フォーンちゃんっ!」」
薄茶色の猫を見て、レッドとブルーは勢いよく起き上がった。
薄茶色は、フォーンというようだ。
フォーンがぷんすかと怒っているけど、レッドとブルーはニコニコ笑っている。
3匹の話を聞いていると、レッドとブルーはフォーンを奪い合うケンカをしていたらしい。
猫は発情期になると、メスのフェロモンに魅かれたオス同士が奪い合いのケンカをすることがある。
メスは本能的に、強いオスを選ぶ。
強いオスが勝つのは、どの世界でも同じ。
猫のケンカは、無理に止めようとしないで見守る。
猫はケンカやじゃれ合いで、猫同士の関係が出来るとも言われている。
下手に止めようとしたら、巻き込まれてケガをさせられちゃうからね。
あまり激しいケンカをするようなら、止めた方が良い。
何はともあれ、ふたりともケガを負っているから早く手当しないと。
だけど3匹で話をしているから、入り込めそうにない。
話が終わるまで、待つしかないか。
3匹の話が終わるまで、さっきの焦げ茶色の猫に話を聞いてみよう。
「ずいぶん前の話になりますが、大雨が降りましたミャ? この集落に、被害はありませんでしたミャ?」
「ああ、大雨で集落が水浸しになったなぁ~」
焦げ茶猫のルディは、集落の被害状況について教えてくれた。
この集落には泉があり、そこが水飲み場になっているそうだ。
その泉に大量の雨水が流れ込んで、溢れてしまったという。
しかし集落は泉より高い坂の上にあったので、洪水の被害はなかったらしい。
ただし、巣穴に水が流れ込んで使えなくなってしまったという。
とりあえず、洪水で亡くなった猫はいないと聞いてホッとする。
「その泉を、見せてもらってもいいですミャ?」
「こっちなぁ~」
ルディに案内してもらって、水飲み場の泉を見せてもらった。
緑色の木々に囲まれた泉は、とても神秘的で美しい。
静かな水面が、お日様の光を反射してキラキラと輝いている。
泉を覗き込むと、綺麗に透き通っている。
この辺りだけ、空気がひんやりとしていて涼しい。
涼みに来ているのか、泉の周りにはたくさんの猫がいた。
猫たちは毛づくろいをしたりお昼寝をしたりと、のんびり過ごしている。
ほのぼのとした、なんとも癒される光景だな。
泉の水を飲んでみると、冷たくて美味しかった。
暑い夏に、冷たい水が飲めるなんて最高だな。
でもこんなに水が冷たかったら、冬は冷たすぎて飲めないんじゃないかな?
「この集落には、他に水飲み場はありますミャ?」
「シロちゃんは、初めて来たのに良く分かったなぁ~。 ここは、暑い時の水飲み場なぁ~。寒くなったら、向こうの水飲み場に行くなぁ~」
ルディはそう言って、上の方を指差した。
この集落では、夏と冬で水飲み場が分かれているのか。
「そこも、案内してもらっていいですミャ?」
「今は暑いから、行きたくないなぁ~」
苦笑いをして、断られてしまった。
たぶん冬でも太陽熱で水があっためられるくらい、日当たりの良い場所なんだ。
つまり、夏はめっちゃ暑い。
暑い時に、暑いところへ行きたくないという気持ちは分かる。
だったら、わざわざ見に行かなくてもいいか。
泉から戻って来るとレッドとブルーとフォーンは、ねこねこだんごになってお昼寝をしていた。
なんだ、仲良しなんじゃないか。
同じ集落で暮らしているから、幼馴染みなのかもね。
ねこねこだんごになっちゃっているから、起きるまで待つしかないか。
ずっと待っているのもつまらないから、ぼくもお昼寝しよう。
オオカミと違って、猫は一夫一妻制ではない。
もともとオスには、発情期というものがない。
発情期を迎えたメスの鳴き声やフェロモンに反応して、オスも発情する。
発情期になると、オスもメスも複数の相手と交尾をする。
同じ猫から産まれた仔猫なのに毛色がバラバラの場合は、複数のオスと交尾をした証拠なんだよ。
毛色は遺伝するから、仔猫の模様でお父さんが誰か分かる。
交尾の相手を選ぶ権利は、メスにある。
奪い合いのケンカで勝ったとしても、メスが選んでくれないと交尾は出来ない。
フォーンは、レッドとブルーのどちらを相手に選んだのかな?
実はぼくは、今まで一度も発情を経験したことがない。
ぼくの体が、ずっと仔猫のままだからなんだと思う。
どうせ弱いオスはメスに選んでもらえないから、交尾は一生出来ないんだ。
むしろ、発情出来なくて良かったかもしれない。
交尾なんか出来なくても、生きていけるし。
ぼくはお医者さんだから、命を産むよりも救う方が大事。
別に、悲しくなんかないやい……。
ฅ^•ω•^ฅ
ふて寝から目を覚ますと、お日様が西の空へ傾いていた。
どうやら、だいぶ長い時間お昼寝してしまったみたいだ。
たっぷり眠ったから、すっきりしている。
欠伸をしながら、大きく伸びをする。
寝起きの毛づくろいを済ませて、辺りを見回すと。
集落の猫たちが、猫会議をしていた。
猫会議の輪の中には、レッドとブルーもいた。
ふたりとも起きているから、やっと治療させてもらえそうだ。
ぼくはふたりに近付いて、声を掛ける。
「初めまして、こんにちはミャ。ぼくはお医者さんのシロといいますミャ。もしよろしければ、おふたりのケガを診せてもらえませんミャ?」
「なんにゃ? 仔猫にゃ? 兄ちゃんたちに、何か用にゃ?」
「お医者さんごっこかナァ? 可愛いナァ」
レッドとブルーはぼくを仔猫扱いして、ぼくの頭を撫でた。
たぶん、ぼくと同い年くらいだと思うんだけどな。
仔猫扱いでもなんでも良いから、治療させて欲しい。
傷口が細菌感染したまま放っておいたら、化膿してしまう。
化膿すると傷口が赤く腫れ上がって痛み、熱も出るし傷の治りも遅くなってしまう。
「じゃあ、ぼくのお医者さんごっこに付き合って下さいミャ。ぼくがお医者さんで、レッドさんとブルーさんは患者さんですミャ」
「分かったにゃ。兄ちゃんたちが、遊んでやるにゃ」
「仔猫のお医者さん、患者さんは何をすればいいのかナァ?」
レッドとブルーは、気の良い猫たちらしい。
会ったばかりの仔猫のごっこ遊びに、付き合ってくれるようだ。
「傷口を洗いますから、泉までついて来てもらえますミャ? 傷口を綺麗にしたあと、お薬を塗りますミャ」
「へぇ、さすがはお医者さんにゃ。ちゃんとしてるにゃ」
「今日も暑いからナァ。水遊びしても、気持ち良さそうだナァ」
レッドとブルーは、猫なのに水が苦手じゃないのか。
そういえばアビシニアンは猫にしては珍しく、水遊びが好きなんだって。
それなら、ちょうど良い。
ぼくとレッドとブルーは泉へ行って、一緒に水遊びをした。
【Abyssinianとは?】
アビシニアンは、猫の品種のひとつ。
1868年、イギリス軍がアビシニア(現在のエチオピア連邦民主共和国)へ遠征した時に、ひとりの兵士が連れて帰った猫が起源らしい。
アビシニアから連れてきた猫だから、アビシニアン。
猫なのに犬っぽい性格で、甘えん坊で人懐っこい。
遊ぶことが大好きで好奇心旺盛で、とってもおりこうさん。
猫なのに、水遊びが好き。
【レッド・ブルー・フォーン・ルディって何?】
Red Ticked Tabbies(赤毛)
Blue Ticked Tabbies(灰色)
Fawn Ticked Tabbies(薄茶色)
Ruddy Ticked Tabbies(焦げ茶色)
「ティックド」は、1本の毛に2色以上の色が付いていること。
全体的に、グラデーションみたいに見える。
ティックドは、アビシニアン、ソマリ、シンガプーラなどに見られる。




