第92話 制限付きの旅
今回の旅の目的は、洪水被害を確認すること。
寒くなる前にイチモツの森の中にある全ての集落を見て回って、イチモツの集落へ帰らなくてはならない。
ぼくたち猫は寒くなると、動けなくなってしまう。
だから今回は、あまりゆっくり出来ない。
日数制限がある、急ぎの旅なんだ。
出来る限り、集落にいる時間を短くしなければならない。
南側にある大きな山の周りにも、猫の縄張りがたくさんあったけど。
さすがに、森の外にある縄張りまでは見に行けない。
行って帰ってくるだけで、半年くらい掛かってしまう。
たぶん、森の外へ行くことはないだろう。
ノアザミの集落を出たら、前回の旅では行けなかった北の端っこまで行ってみたい。
北の端っこに辿り着いたら、次は西へ行ってみよう。
ぼくがまだ訪れていない集落や縄張りは、まだたくさんあるはずなんだ。
1ヶ月くらいお世話になったアオキ先生の集落は、ここから東方向へ5km以上先にある。
アオキ先生は今もきっと、ハーブティーを作り続けていることだろう。
アオキ先生の集落の先には、アグチ先生の集落がある。
特にアグチ先生は、おばあちゃん猫だったから心配なんだよね。
どちらの集落も、洪水の被害に遭っていないと良いけど。
ฅ^•ω•^ฅ
「夜に集落の外を歩いたら、危ないですニャン。今夜は、ワタシたちの集落でゆっくりとお休み下さいニャン」
ノアザミの集落で洪水の被害状況を確認したり治療をしていたら、陽が沈んでしまった。
長のバンから誘いを受けて、今夜はノアザミの集落でお世話になることにした。
猫たちが寝静まった頃、こっそりとノアザミの集落から抜け出した。
『走査』の案内に従って、グレイさんに会いに行く。
グレイさんは小高い丘の上から、ノアザミの集落を見下ろしていた。
月の青白い光を浴びて立っているトマークトゥスは、凛としてカッコイイ。
可愛い猫はもちろん大好きだけど、オオカミみたいなカッコイイ動物に憧れちゃうな。
「グレイさん、見張りお疲れ様ミャ」
声を掛けると、グレイさんは振り返って嬉しそうに笑ってしっぽを振り出す。
『シロちゃんも、お疲れ様。今日も、猫たちの為に頑張っていたな。オレは頑張り屋さんで、優しいシロちゃんが好きだぞ』
「えへへ、ありがとうミャ」
褒められると、やっぱり嬉しい。
ぼくはグレイさんに今日あったことを話したり一緒に狩りをしたりして、ふたりで楽しく夜を過ごした。
ฅ^•ω•^ฅ
翌朝。
集落の猫たちに見送られて、ノアザミの集落から旅立った。
ノアザミの集落の先には、ドクダミの群生地(たくさん生えている場所)がある。
ドクダミは人間にはとっても優秀な薬草なんだけど、犬猫の体には良くない。
それに野生のドクダミには、ノミやダニや寄生虫などが付いていることが多い。
ドクダミは強烈な臭いがするから、そもそも猫は近付かないけどね。
ドクダミの群生地を避けて歩いて行くと、森の外へ出る。
夏の強い日差しが、ぼくの体に照り付ける。
地平線まで続く真っ青な空に、白い入道雲が天高く沸き立っていた。
入道雲を見ると、「夏だなぁ」と思う。
空の下には、緑色の草に覆われた大地が広がっている。
やっぱり、広い草原を見ると気持ちが良い。
草原の向こうには大きな湖があり、水鳥たちがいっぱいいる。
水場で冷やされた風が、こちらまで吹いてきて涼しい。
大きな湖の先には、また広い草原が続いている。
前回の旅では、この草原まで来たんだよな。
そしてここでArgentavis(巨大な鷹)に連れ去られた。
今もワシやタカなどの猛禽類が、鳴きながら飛んでいる。
空から、獲物を狙っているようだ。
どうしたものかと考えていると、グレイさんに首根っこを咥えられて森の中へ戻された。
「ミャ?」
『シロちゃん、森から出たらダメだ。隙を見せたら、やられるぞ』
「でも、北の端っこを見に行きたいミャ」
『ダメだっ!』
グレイさんは険しい顔で、首を横に振る。
お父さんとお母さんも、ぼくを抱き締めて離さない。
「アルゲンタヴィスが、シロちゃんを狙っているニャー」
「シロちゃん、危ないから森から出ちゃダメニャ」
う~む、困った。
3匹ともぼくが連れ去られたことが、かなりショックだったらしい。
ぼくも連れ去られた時は、死を覚悟した。
久し振りに、広い草原を駆け回りたいと思っていたんだけど。
お父さんとお母さんとグレイさんに、厳しく止められた。
北の端っこまで行くのは、諦めるしかなさそうだ。
仕方がないので、ここから西へ方向転換して次の集落を探そう。
ฅ^•ω•^ฅ
さて、ここからは知らない集落を訪ねることになる。
次は、どんな猫たちと出会えるのか楽しみだな。
じゃあお願い、『走査』
西方向で、ぼくが行ったことがない新しい集落を探して。
『位置情報:直進1km、右折300m、左折400m、直進200m』
2kmくらいなら、今日中に着けそうだ。
いつもありがとう、『走査』
お礼を言った直後、再び『走査』が発動した。
『対象:食肉目ネコ科ネコ属リビアヤマネコ』
『病名:咬傷、挫創、および、細菌感染症』
『処置:傷口の挫滅組織を切除し、洗浄し消毒。止血後、創傷被覆材で傷口を保護する。抗菌薬の投与』
『位置情報:直進1km、右折300m、左折400m、直進210m』
咬傷と挫創って、まさかっ!
この先に、天敵に襲われた猫がいるのかっ?
もしかしたら、酷いケガで死に掛けているかもしれない。
場所も、集落とほとんど同じ。
ということは、集落が天敵に襲われたのかも!
急いで、助けないとっ!
「みんな! この先に、ケガをしている猫がいるミャッ!」
「それは、大変ニャー!」
「早く助けてあげないとニャッ!」
『急いだ方が良さそうだな。オレが運ぶから、場所を教えてくれ』
「分かったミャ」
グレイさんに首根っこを咥えられて、集落の近くまで運んでもらった。
『この辺で良いか? ここで待っているから、何かあったら呼んでくれ』
「グレイさん、いつもありがとうミャ」
ぼくとお父さんとお母さんは、集落へと入って行く。
すると、猫たちが激しく怒っている声が聞こえてくる。
見れば、2匹の猫が絡み合ってケンカをしていた。
猫だって、怒ればケンカをする。
ケガをしているのは、ケンカをしている猫たちみたいだな。
集落の猫たちは止めることもなく、2匹を見守っている。
ぼくは、周りの猫たちに話し掛ける。
「初めまして、こんにちはミャ。ぼくは旅をしている猫で、シロといいますミャ。ところであのふたりは、なんでケンカをしているのですミャ?」
「我が集落へようこそ、仔猫ちゃん。アイツらは、昔から仲が悪くてなぁ~。何かあると、ケンカばかりしててなぁ~。困ったものなぁ~」
話し掛けた猫は、やれやれと呆れた顔をしている。
いつものことで慣れているから、誰も止めようとしないのか。
猫のケンカは、終わるまで見守るのが基本だからね。
長時間続く場合は、止めた方がいいけど。
天敵に集落が襲われた訳ではなく、猫同士のケンカだと分かってホッとした。




