第91話 原因不明の治せない病気
ノアザミの集落の長のシロクロとは、再会の約束をしたんだよね。
ノアザミの集落の猫たちは、無事だろうか。
ノアザミの集落が近付いてくると、白い毛玉のようなものがふわふわと飛んでいた。
猫の本能なのか、こういうものを見ると心がそわそわして捕まえたくなるんだよね。
白いふわふわを追い掛けて、両手で捕まえた。
ふわふわの正体は、タンポポの綿毛を何倍も大きくしたものだった。
なんだこれ?
『対象:キク目タンポポ亜科ノアザミの綿毛』
へぇ、これ、ノアザミの綿毛なんだ。
ノアザミはタンポポの仲間だから、同じように綿毛を飛ばすのか。
風に乗ってふわふわ飛ぶ白い綿毛は、なんだか幻想的で綺麗だな。
ぼくたち4匹はしばらくの間、空飛ぶ綿毛を追い掛けて遊んだ。
走り回って遊び疲れたので、4匹で身を寄せ合ってねこねこだんごになってお昼寝をした。
たっぷり眠って元気になったら、再びノアザミの集落を目指して走り出した。
ฅ^•ω•^ฅ
ナズナの集落から旅立って、4日後。
ようやく、ノアザミの集落が見えてきた。
ここも洪水の被害に遭ったらしく、ノアザミが全部倒れている。
ノアザミの花は枯れて、白い綿毛に姿を変えていた。
ふわふわの綿毛は、触りたくなるけど。
ノアザミの葉や茎には棘がたくさんついているから、刺さると痛い。
うっかり踏んづけてケガをしないように、気を付けて歩かないと。
集落の少し前でグレイさんと別れて、中へ入って行く。
ぼくたちに気付いた1匹の猫が、声を掛けてくる。
「ニャニャ? あなたは、お医者さんではないですニャン?」
「長に『また来る』とお約束したので、会いに来ましたミャ。シロクロさんは、どちらにいらっしゃいますミャ?」
「残念ながら、長はもういませんニャン……」
その猫は、悲しそうな声でぽつりぽつりと話し始めた。
どうやら、シロクロは洪水で流されてしまったらしい。
助けようと飛び込んだ猫たちも、一緒に溺れて流されたそうだ。
流された猫たちは、そのまま行方不明になったという。
シロクロに、もう一度会いたかった。
約束を果たせなかった悔しさと悲しみに、声を上げて泣いた。
気が済むまで思いっきり泣いた後、ノアザミの集落の猫たちから話を聞いて回った。
ノアザミの集落もシロツメクサの集落と同じように、雨が降り始めたら高い場所に掘った横穴へ避難する決まりになっているようだ。
集落の猫たちは大急ぎで、横穴に逃げ込んだらしい。
仔猫やお年寄りの猫たちは、高い場所へ登れず逃げ遅れた。
小さな仔猫たちは、成猫たちが手分けして運ぶことが出来た。
体重が1kg以下(生後半年まで)の仔猫は、首根っこを咥えて運ぶことが出来る。
だけどお年寄りの猫たちは助けられずに、流されてしまったという。
今は新しい長が、集落を取りまとめているらしい。
「ワタシが、新しい長のバンですニャン。よろしくお願いしますニャン」
バンは全身の毛は白だけど、しっぽと耳だけが茶色い猫だった。
集落の長にしては、若い猫だと思う。
「バンさん、こちらこそよろしくお願いしますミャ」
「おなかをこわしているで苦しんでいたワタシたちを、救って下さったお医者さんですニャン?」
「そうですミャ」
「実は、今もおなかをこわしているで苦しんでいる猫たちがいますニャン。ぜひとも、助けて欲しいですニャン」
今もおなかをこわしているの猫たちがいる?
でも、『走査』は発動しなかったよね?
病気やケガの猫がいても治療済みの場合は、『走査』は発動しない。
だとしたら、ぼくが教えた薬草をすでに飲んでいるはずだ。
それでも治らないってことは、別の病気に罹っているのかも。
とりあえず、病気の猫たちを診てみよう。
長のバンが、病気の猫がいるところへ連れて行ってくれた。
病気の猫は痩せ細っていて、力なくぐったりと倒れている。
可哀想に、今助けてあげるからね。
ぼくは病気の猫に向かって、『走査』してみる。
『対象:食肉目ネコ科ネコ属リビアヤマネコ』
『病名:炎症性腸疾患』
『概要:炎症性腸疾患の原因は不明。完治は難しく、生涯治療を継続する必要がある。対症療法が中心となる』
『処置:ステロイド系抗炎症薬、免疫抑制剤、抗菌薬、制吐薬、止瀉薬、整腸薬の投与。輸液療法、食事療法』
原因不明の病気?
当然ながら、ステロイド系抗炎症薬や免疫抑制剤なんて手に入らない。
医療器具もないから、輸液療法も出来ない。
野生の猫に食事療法なんて、現実的じゃない。
抗菌薬、制吐薬、止瀉薬、整腸薬は万能薬のヨモギが使える。
以前、ノアザミの集落へ訪れた時にヨモギは教えておいた。
バンに聞いてみると、病気の猫にはちゃんとヨモギを飲ませているらしい。
だったらあとはおなかがいたいいたいで脱水症状を起こさないように、たっぷり水を飲ませるくらいか。
今まで薬が手に入らなかったり、ぼくの医療技術が足りなかったりして「治せない病気」はいっぱいあったけれど。
最初から「治らない」と分かっている病気は、初めて見たかもしれない。
『走査』が言う通り、対症療法をするしかないのか。
死ぬまでずっと治療し続けなければならないなんて、可哀想すぎる。
初めての旅で出会った、おばあちゃん猫の灰白にも対症療法をしたなぁ。
灰白は、「クッシング症候群」と「慢性腎不全」という重病に罹っていた。
どちらも難しい手術が必要な病気で、治すことが出来なかった。
せめて少しでも苦しみを軽くしてあげようと思って、緩和療法(苦痛を和らげる治療)をしたんだ。
あれから、1年くらい経つだろうか。
灰白の最期はきっと、孫の灰ブチが看取ってくれたに違いない。
落ち込んだぼくに、長のバンが心配そうに声を掛けてくる。
「お医者さん、どうしたんですニャン?」
「この猫の病気は、治らないですミャ」
「お医者さんでも、治せない病気なんですニャンッ?」
「お医者さんでも、治せない病気はたくさんありますミャ」
「じゃあ、クロトビさんは、死んじゃうんですニャン?」
「すぐには、死にませんミャ。クロトビさんにはこれからも毎日欠かさず、ヨモギのお薬とたっぷりのお水を飲ませて下さいミャ」
「死なないんですニャン? それは良かったですニャン。クロトビさんには、お薬とお水を飲ませますニャン」
「すぐには死なない」と聞いて、バンはホッとしたように笑った。
しかし本当に、「良かった」と言えるのだろうか。
緩和治療で、少しは楽になるかもしれないけど。
助けたいけど、助けられない。
原因も分からなければ、治療法も分からないんだから。
他にもおなかがいたいいたいの猫がいたので、『走査』してみた。
数匹の猫が、「細菌性食中毒」を起こしていた。
どうやら腐った肉を食べて、おなかを壊したらしい。
夏場は、物が腐りやすいからね。
腐ったものを食べた時に起こる、細菌性食中毒に薬は必要ない。
むしろ、制吐薬や止瀉薬を飲まない方が早く治る。
たくさん水を飲んで、悪い細菌や毒素を体の外へ出すことが一番重要なんだ。
あとは安静にして寝ていれば、自然に治る。
様子を見て症状が酷い場合は、整腸剤や抗生物質を飲ませる。
もともと猫はおなかが弱くて、おなかの病気に苦しめられる猫は多い。
野生の猫は、感染症に罹りやすい。
ちなみに夏は細菌性食中毒が多く、冬はウィルス性食中毒が多い。
細菌は、高温多湿の環境で増えやすいから。
ウイルスは逆に、低温乾燥の環境で増えやすいからなんだよ。
【ノアザミの綿毛とケサランパサラン】
ケサランパサランは、ふわふわした白い毛玉。
江戸時代以降から、小さな妖力を持つ妖怪と噂されている未確認生命体。
ケサランパサランを見つけると、幸せになれるという言い伝えがある。
ケサランパサランの正体は、ノアザミの綿毛や動物から抜け落ちた毛玉、雪虫かもしれないと言われている。
雪虫は、5mmくらいの体が白いふわふわの毛に包まれているアブラムシ。
北海道や東北地方では初雪が降る頃に現れるので、冬の訪れを告げる虫として有名。
【なんで猫は首根っこを掴まれると大人しくなるの?】
仔猫の時に、親猫に首根っこを咥えられて運ばれていたから。
首根っこを咥えられると、本能で大人しくなる。
1kgを超えた成猫は首が絞まったり痛みを感じたりするので、首根っこを掴んで持ち上げちゃダメだよ。




