第90話 泣くことは悪いことじゃない
シロツメクサの集落からコメツブツメクサの集落までは、距離がある。
実はこの旅で一番確認したかったのが、コメツブツメクサの集落なんだよね。
コメツブツメクサの集落は、若い猫が6匹しかいなかった。
集落の長も、お医者さんもいなかった。
猫たちに、薬草を教えることも出来なかった。
他の集落への引っ越しを薦めたけど、聞き入れてもらえなかった。
ぼくはコメツブツメクサの集落の猫たちには、何もしてあげられなかった。
あれからどうなったのか、ずっと気になっていた。
どうか、みんな無事でいてくれ。
5日後。
ぼくたちは、コメツブツメクサの集落へ辿り着いた。
ここも大量の泥が集落へ流れ込んだらしく、地面がボコボコになっていた。
周囲の草も流されたのか、茶色い地面が広がっている。
集落の隅々まで探したけれど、猫の子一匹いなかった。
洪水で集落に棲めなくなったから、どこかへ避難したのかもしれない。
どこかで生きて延びてくれていると、信じたい。
誰もいない集落で、やれることは何もない。
ぼくたちは、コメツブツメクサの集落を後にした。
ฅ^•ω•^ฅ
コメツブツメクサの集落の近くには、ナズナの集落がある。
以前、ナズナの集落を訪れた時は、猫たちはノミアレルギーに苦しめられていた。
猫蚤は草むらの中に隠れていて、猫が吐く二酸化炭素に反応して寄って来る。
ノミは、春に冬眠から目覚める。
ノミが一年で一番元気に活動する季節は夏。
ノミは何度駆虫しても付くし、めちゃくちゃ増える。
また、ノミアレルギーになっていないと良いけど。
ナズナの集落を訪れると、猫の数が減っているような気がした。
ナズナの集落の長のハイトビが、ぼくに気付いて話し掛けてくる。
「にゃにゃ? これはこれは、お医者さんがたではありませんにゃあ。また、ワタシたちの集落へ、いらして下さったのですにゃあ?」
「はい、皆さんのことが心配で、様子を見に来ましたミャ。皆さん、お元気ですミャ?」
「実は……」
ハイトビは、悲しそうな顔で俯いた。
ハイトビの話によると、大雨で集落の近くにあった大きな地層が土砂崩れを起こしたらしい。
土砂崩れの原因は、ぼくが粘土層であるbentoniteを掘り出してしまったからだと思う。
ベントナイトは、ノミ取り粉の材料として使った。
ベントナイトを掘り出したせいで、地層のバランスが崩れた。
大量の雨が地層に染み込み、不安定な粘土層が地すべりを起こした。
一部の猫たちが逃げ遅れて、土砂崩れに巻き込まれたという。
取り返しのつかないことをしてしまった。
あの時は、こんなことになるなんて考えもしなかった。
ぼくがベントナイトを掘り出さなければ、土砂崩れなんて起きなかったんだっ!
そのことに気付いたぼくは恐怖と後悔で、胸が痛いくらい締め付けられた。
同時に、目から大粒の涙がボロボロと零れ出す。
「土砂崩れの原因を作ったのは、ぼくですミャ」
ぼくは正直に説明して、誠意を込めて謝った。
謝り続けるぼくをハイトビが抱き寄せて、頭を撫でてくれた。
「そんなに、謝らないで下さいにゃあ。お医者さんは、何も悪くありませんにゃあ」
「ミャ……」
「だったら、あの大雨を降らせたのも、お医者さんですかにゃあ?」
どんなに立派なお医者さんでも、大雨を降らせるなんて出来っこない。
ぼくが首を横に振ると、ハイトビはニッコリと笑う。
「土砂崩れと洪水の原因は、大雨ですにゃあ。お医者さんのせいじゃないですにゃあ」
ハイトビの優しさが嬉しくて、ぼくは涙が止まらなかった。
「シロちゃん、泣かないでニャー」
「シロちゃんが泣くと、私たちも悲しくなるニャ」
涙でびしょびしょになってしまったぼくの毛を、お父さんとお母さんが舐めながら慰めてくれた。
ぼくが泣いて猫たちが生き返るなら、涙が枯れるまで泣く。
いくら泣いたところで、みんなに迷惑を掛けるだけだ。
もっと強くならなくちゃ。
そう考えていると、ハイトビが笑顔でぼくの頭をぽんぽんしてくれた。
「泣いて下さって、ありがとうございますにゃあ。お医者さんは生きている猫だけじゃなく、亡くなった猫にも優しいですにゃあ」
そうか、泣くことは悪いことばかりじゃない。
感情が高まった時、その思いは涙となって溢れ出す。
悔し泣き、嬉し泣き、苦痛の涙、悲しみの涙。
泣いて初めて、自分の本当の気持ちに気付くこともある。
ぼくが死んだ時、グレイさんは息を詰まらせながらしゃくり上げるように激しく泣いていた。
グレイさんが、ぼくの死を嘆き悲しんでくれた。
ぼくが生き返ったら、喜びの涙も流してくれた。
グレイさんがぼくの為に泣いてくれて、とても嬉しかった。
死を悲しんで、涙を流すのは当たり前なんだ。
亡くなった猫たちも、ぼくが泣いたら喜んでくれたかな?
泣きたい時は、泣いてもいいんだ。
これからも、泣きたい時は我慢しないで素直に泣こう。
泣いた後だから、気持ちが落ち着いた気がする。
泣きすぎて、頭がちょっと痛いけど。
だけど、泣いてばかりもいられない。
泣いて気が済んだら、やるべきことをやろう。
ぼくは気を取り直して、ハイトビに話し掛ける。
「お恥ずかしいところを見せてしまい、すみませんでしたミャ。ぼくに出来ることがあれば、なんでもおっしゃって下さい」
「そうですにゃあ。あとは――」
ハイトビは、土砂崩れと洪水で、集落がめちゃくちゃになってしまったことを教えてくれた。
洪水でも、数匹の猫たちが流されてしまったらしい。
高台や木の上へ逃げた猫たちは、生き延びたようだ。
ケガや病気は、自分たちで薬を作って治したという。
やっぱり、猫たちに薬草を教えておいて良かったな。
薬草で一匹でも多く猫の命が救えたと思えば、とても嬉しい。
猫たちが生きているだけで、これまでの努力が報われた気がする。
ぼくの旅は、決して無駄ではなかったと実感出来た。
集落の被害状況を確認しながら、集落の猫たちにも話を聞いてみた。
大洪水が起こったのは、今から約1ヶ月くらい前。
川が溢れた時に河原の土が大きく削れて、泥水となって集落へ流れ込んだそうだ。
猫の巣穴にも泥水が流れ込み、全部使えなくなってしまったらしい。
今は高い場所に新しい巣穴を掘って、暮らしているという。
ケガや病気の猫たちは薬草で治療して、巣穴で安静にしているそうだ。
集落をひと通り見て回って、分かったことがひとつ。
今のところ、ぼくに出来ることは特になさそうだ。
ぼくに出来ることは、亡くなった猫たちに祈ることだけだった。
特にやることがないので、ぼくたちはナズナの集落から旅立つことになった。
「それでは皆さん、どうかお元気でミャ」
「お医者さんがた、お会い出来て嬉しかったですにゃあ。お医者さんがたも、お気を付けて旅を続けて下さいにゃあ。ご無事を祈っていますにゃあ」
長のハイトビと、集落の猫たちが笑顔でお見送りをしてくれた。
災害で亡くなってしまった猫たちは、可哀想だけど。
これからも生き残った猫たちで、助け合って生きて欲しい。
ฅ^•ω•^ฅ
ナズナの集落を出るとグレイさんと合流して、次の集落を目指す。
次のノアザミの集落は、ここから5kmくらい距離がある。
そういえば、ナズナの集落の近くには、トマークトゥスの縄張りがあったはず。
ここは安全第一で、トマークトゥスの縄張りを大きく遠回りして行こう。
トマークトゥスたちは、洪水の被害に遭わなかったのだろうか。
グレイさんと会う前だったら、トマークトゥスがどうなろうとなんとも思わなかったと思うけど。
今はグレイさんと仲良しだから、同族のトマークトゥスの無事がなんとなく気になった。
会いたくはないけど、出来ればトマークトゥスたちも無事でいて欲しかった。
【なんで泣きすぎると、頭が痛くなるの?】
泣くと脳が興奮状態になって、血管が収縮する。
泣き止んで落ち着いてくると、血管が拡張する。
収縮していた血管が拡張する時に、脳が圧迫されて偏頭痛が起こる。
体の中の水分が失われた脱水症状によって、頭痛が起こることもある。
泣きすぎて頭が痛くなったら、温かい飲み物を飲んで安静にしてね。




