第86話 薬草狩り
「怖かったにゃうぅ~……あんな高い木、登れないにゃう~……っ!」
よっぽど怖かったのか、キャリコは声を上げて泣いている。
ぼくに抱き付くキャリコを撫でて、よしよしと慰める。
どうやらキャリコは、イチモツの木に登るのは無理そうだ。
「キャリコさん、大丈夫ですミャ。茶トラ先生もイチモツの木に登れなかったけど、お医者さんになりましたミャ。イチモツの実を食べられなくても、お医者さんにはなれますミャ」
「あ、そうにゃう! シロ先生が代わりに、採ってきて下さいにゃう! そうすれば、ボクもシロ先生と同じ力がもらえるにゃうっ!」
キャリコが顔を上げて、ぼくを涙目で見つめながら頼み込んできた。
どうしても、イチモツの実が欲しいらしい。
いや、ぼくと同じ『走査』の力を授かりたいのか。
残念だけど、それは無理なんだよね。
ぼくは苦笑いをして、首を横に振る。
「イチモツの実は、自分で掴み取らないと意味がないんですミャ。誰かが代わりに採ってきた実を食べても、何も授かりませんミャ。神様はいつだってぼくたちを見ているんですから、ズルは出来ませんミャ」
「そんにゃぁ~……」
情けない声を上げて泣き続けるキャリコに、ぼくは優しく笑い掛ける。
「ぼくは弟子を取る気はありませんけど、薬草の見分け方くらいは教えられますミャ。ちょうどこれから、薬草を採りに行こうと思っていたところですミャ」
「本当ですにゃう? ぜひ、教えて下さいにゃう!」
それを聞いたキャリコは、すぐに泣きやんで明るい笑顔を浮かべた。
さっそくキャリコと一緒に、薬草狩りへ行くことになった。
ฅ^•ω•^ฅ
お医者さんは患者さんから症状を聞き、自分の目で症状を見て、それに合わせた処置をする。
キャリコも診察の基本は、茶トラ先生から教わっているはずだ。
ぼくも茶トラ先生の助手をしていたから、診察のやり方は知っている。
見えるケガくらいは、『走査』なしでも見分けられるんだけど。
病気は、『走査』に教えてもらわないと分からない。
正直、自分の目で症状を見分けられる自信がない。
間違った診断をして、患者さんが助からなかった時が怖い。
失敗を恐れていたら、何も出来ない。
頭では分かっているけど、怖いものは怖い。
こういうところが、お医者さんとして未熟なところなんだと思う。
イチモツの集落の周辺は、薬草がたくさん生えている。
キャリコは茶トラ先生の助手なので、ヨモギは知っていた。
だけど、それ以外の薬草は知らないらしい。
前に、茶トラ先生には色々な種類の薬草を教えたはずなんだけど。
やっぱり茶トラ先生は、ヨモギしか使わないみたいだ。
確かに万能薬のヨモギさえ知っていれば、だいたいなんとかなるけどね。
でも、ヨモギでは治らない病気もたくさんあるんだよ。
お医者さんでも治せない病気があるということも、ちゃんと教えないとね。
ぼくはキャリコに、薬草の見分け方をひとつひとつ教えた。
薬草は似たような毒草があるから、間違えちゃうと大変なことになる。
年がら年中生えている草もあれば、季節限定の草もある。
花に薬効成分があるウスベニアオイやカモミールは、花が咲いている時しか採れない。
花と同じように、実も採れる季節が限られている。
薬草と呼ばれる草は、めちゃくちゃいっぱい種類があるらしい。
ぼくが知っている薬草は、ほんの一部だ。
さらにその中から、猫の体に安全なものを選ばなくてはならない。
どんなに優れた薬効を持つ草でも、猫が中毒を起こしてしまったら意味がない。
猫が食べられない草は、たくさんあるからね。
ドクダミのように、単純に猫が嫌う臭いを放つ植物もある。
抗炎症薬としてよく使うアロエも、猫が食べるとおなかを壊してしまう。
逆に猫しか食べない猫草や、猫にしか利かないイヌハッカなんかもある。
とりあえずキャリコには、今の季節に採れる見分けやすい薬草を教えた。
「こんなにたくさんあるんですにゃう?」と、キャリコは驚いていた。
ぼくはキャリコに教えながら、籠いっぱいに薬草を集めた。
これだけあれば、ハーブティーもたくさん作れるぞ。
今は気温も高いから、乾燥するのも早いだろう。
イチモツの集落のみんなにも、美味しいハーブティーを飲ませてあげたい。
ついでに『走査』に教えてもらって、キノコも収獲しておいた。
これで、干しキノコも作ろう。
薬草やキノコをたくさん乾燥させておけば、いつでも使えて便利。
乾燥させると水分が抜けて小さく軽くなるから、保存にも持ち運びにも便利。
それはさておき。
イチモツの集落から出た時から、ずっと視線を感じていた。
振り向くと離れたところから、グレイさんがこちらを見つめている
目が合うと、嬉しそうな笑顔でしっぽをブンブン振り出す。
グレイさん、見えてる見えてる。
たぶん、集落から出てきた猫をこっそり愛でているのだろう。
あれじゃ、ストーカーだよ。
愛猫家のグレイさんには、困ったものだ。
グレイさんはイチモツの集落を守る番犬として、この周辺にいても良い約束になっている。
でも「猫たちが怖がるから、見つからないように」と、注意されていたはずだ。
あまり熱い視線を向けていると、猫たちに気付かれる。
猫たちにバレないように、上手に隠れないとダメでしょ。
今は近くにキャリコがいるから、グレイさんとは話せない。
ひとりになった時に、注意しておかないと。
幸いなことに、キャリコは薬草を見分けることに集中していて気付いていない。
グレイさんに向かって、小さく手を振った。
グレイさんはとても良い笑顔で、手を振り返してくれた。
とりあえず、キャリコにグレイさんが気付かれないうちに集落へ戻るか。
「そろそろ、帰りましょうミャ」
「色んな薬草を教えて頂けて、ありがとうございましたにゃう。これも、お薬にするのですにゃう?」
「この薬草は乾燥させて、ハーブティーにしますミャ」
「ハーブティーって、なんですにゃう?」
「ハーブティーは、美味しくて元気になれるお薬ですミャ」
「この薬草たちも、美味しいんですにゃう?」
キャリコは、ふんふんと薬草の匂いを嗅いで首を傾げた。
ヨモギ餅を食べたことがある人なら、ヨモギの味と匂いは知っているよね?
猫は匂いで、美味しいものかどうかを判断しているんだ。
ヨモギの匂いが好きで、ヨモギを猫草として食べる猫もいるんだよ。
キャリコは、ヨモギしか薬草を知らない。
だからキャリコは「薬草は美味しいもの」と、思っているようだ。
薬草にはニガヨモギみたいに苦いものや、ローズヒップみたい酸っぱいものもあるんだけどね。
今度キャリコに飲ませて、ビックリさせてみようかな?
ぼくとキャリコは、それぞれ薬草をいっぱい抱えて集落へ戻った。
ぼくたちを見て、茶トラ先生が驚いている。
「シロちゃん、キャリコちゃん、そんなにいっぱいどうしたニャ~?」
「これで、ハーブティーを作るんですミャ」
「ハーブティーニャ~?」
「ハーブティーは、飲むと元気になれるお茶ですミャ」
茶トラ先生に、ハーブティーの作り方と効能を軽く説明した。
「なるほどニャ~。薬草を干してお茶にするなんて、考えもしなかったニャ~。それも、旅の間に知ったのかニャ~?」
「旅の途中で、アオキ先生というお医者さんに教えてもらいましたミャ」
「シロちゃんは、旅で色んなことをたくさん経験しているニャ~。どんどん賢くなっていく、本当に凄い子ニャ~」
茶トラ先生はそう言って、ぼくの頭を撫でて褒めてくれた。
【猫にも味覚があるの?】
人間の味覚は、甘味、酸味、苦味、塩味、旨味を感じることが出来る。
これを五味という。
辛味と渋味は痛覚として考えられている為、味には含まれない。
猫は、五味の中の甘味だけを感じることが出来ない。
何故なら猫は、甘いものを食べる必要がないから。
だけど猫は「美味しい匂い」は分かるので、飼い主さんが美味しいものを食べていると寄って来る。
特にバターがたっぷりと使われた、パンや洋菓子が好き。
人間も猫も、油脂を美味しいと感じるから。
油脂を摂りすぎると体に悪いから、人間もほどほどにしてね。




