第82話 嵐の爪痕《つめあと》
アマゴ(体長約30cmのサケの仲間)を雨水で綺麗に洗って、串に刺して焼いていく。
魚の焼ける良い匂いが、巣穴いっぱいに広がった。
気象病でぐったりしていたお父さんとお母さんが、くんくんと鼻を動かして目を覚ました。
「ニャニャー? 嗅いだことがない、美味しそうな匂いがするニャー」
「とっても良い匂いニャ、早く食べたいニャ」
『焼いた魚を食べるのは、初めてだ。シロちゃんが作ったものは、みんな美味しいから楽しみだ』
3匹とも待ちきれない様子で、涎を垂らしている。
ぼくだって猫になって初めての魚だから、楽しみで仕方ないんだよね。
本来猫は肉食で、魚を食べない。
実は「猫は魚が好き」というイメージがあるのは、日本だけなんだよ。
その昔、日本は肉を食べる文化がなくて主に魚を食べていた。
漁村の近くに棲んでいる猫は、人間が捕った魚を食べる習慣がある。
もちろん、猫にも魚を与えていた。
だから日本だけ、「猫は魚が好き」と勘違いしちゃったんだ。
アニサキス食中毒やチアミン欠乏症を防ぐ為、アマゴを念入りに焼く。
生焼けの魚を食べて、病気になっちゃったら大変だからね。
しっかり火を通そうとしたら、ちょっぴり焦げちゃった。
でも、生焼けよりはいいよね。
皮にはコラーゲンが含まれているから、食べた方が良い。
真っ黒に焦げちゃった皮は、体に悪いから食べちゃダメだよ。
焼けたら串と骨を取り除いて、触れる温度になるまで冷ます。
お父さんとお母さんとグレイさんは、「まだかまだか」と待ちかねている。
早く食べたい気持ちは分かるけど、みんな猫舌だから食べられないよ。
みんな、「待て」だよ。
触れる温度になったところで、みんなに魚を差し出した。
「みんな、そろそろ食べて大丈夫ミャ」
「待ってたニャー!」
「いただきますニャ」
『肉とは全然違う味がして、これはこれでとっても美味しいぞっ!』
みんな大喜びで、ガツガツと食べている。
さっそく、ぼくも食べてみよう。
魚の肉は脂が少なくさっぱりしていて、ほっくりほろほろと柔らかくて癖もなくて食べやすい。
肉とは違う、魚特有の美味しさが口いっぱいに広がる。
人間の頃に食べたことがある、鮭の味に似ている気がする。
猫になって初めて食べる魚は、とっても美味しかった。
お父さんとお母さんとグレイさんも、満足げに口元を舐めている。
食べられないアマゴの骨は、焚火に入れて燃料とした。
ฅ^•ω•^ฅ
数日振りに雨が止んで、お日様が顔を出した。
昨日まで雨で、空気がひんやりとしていたのに。
夏の強い日差しで泥に染み込んだ水が蒸発して、ムシムシするような暑さに変わった。
暑くなってきたので、焚火に泥を掛けて火を消した。
雨雲が去ったから、気象病も治った。
嵐が去ったから、蝉たちも嬉しそうに大合唱している。
この世界にも、蝉がいるんだよね。
ちなみに、猫は蝉も食べられる。
ぼくは虫が苦手だからあまり食べたくないけど、お父さんとお母さんは食べるよ。
みんなが寝ている間に大きく伸びをすると、ひとりで巣穴から飛び出す。
外へ出ると、生い茂った木の枝葉の隙間から青い空と白い雲が見えた。
久々に、お日様と青い空が見られて嬉しい。
なんで青い空を見ると、気持ちが良いと感じるんだろうね。
ここは森の中だから、まだ涼しいけど。
直射日光を浴びたら、きっと焼けるように暑いんだろうな。
川の様子を見に行くと、茶色い水が荒れ狂うように激しく流れていた。
どこかからか流されて来た枯れ枝や草が、河原にたくさん落ちていた。
今は危ないから、川には近付かないようにしないと。
どこもかしこも水浸しで、地面がドロドログチャグチャになっている。
泥に足を取られて気持ち悪いし、歩きずらい。
地面が乾くまで、待った方が良いかな?
でも今日は晴れてても、明日はまた雨かも知れないしなぁ。
晴れているうちに、少しでもイチモツの集落へ近付きたいんだよね。
イチモツの集落の猫たちは、無事だろうか。
猫は気圧の変化に敏感だから、雨が降り出したら高いところへ避難しているだろうけど。
周囲の安全確認を終えると、巣穴に戻った。
お父さんとお母さんとグレイさんも巣穴から出て、日陰で涼んでいた。
戻って来たぼくを見て、3匹がニッコリと笑い掛けてくる。
「シロちゃん、おかえりニャー」
「どこへ行っていたのニャ?」
『シロちゃん、あまりオレから離れるなよ。シロちゃんはとっても可愛いんだから、どこで誰が狙っているとも知れんからな』
「そんなに遠くへ行ってないミャ、ちょっと安全確認して来ただけミャ」
「安全確認ニャー?」
お父さんが不思議そうに、首を傾げる。
「旅が出来そうか、周りを見て来ただけミャ」
「シロちゃん、ひとりで行っちゃ危ないニャ! 次からは、みんなで行くニャッ!」
お母さんに「めっ!」と、叱られた。
ぼくはしょぼんとして、謝る。
「ごめんなさいミャ。少しでも早く、イチモツの集落へ帰りたくてミャ」
「気持ちは分かるけど、シロちゃんに危ない目に遭って欲しくないニャ」
お母さんはぼくを抱き寄せて、よしよしと頭を撫でてくれた。
ฅ^•ω•^ฅ
日差しが暑いけど、木々を抜ける風が心地良い。
『走査』に聞いたところ、イチモツの集落まであと10kmくらいらしい。
Argentavis(巨大な鷹)に拉致されたせいで、予定がだいぶ変わってしまった。
今さらどうこう言っても仕方がないので、イチモツの集落へ戻るだけだ。
洪水の激流で流されたのか、森の中は荒れ放題になっている。
草や低い木は根こそぎ流され、茶色い泥塗れになってあちこちに散らばっている。
この辺りの薬草は、全部流れてしまったに違いない。
キノコも流されてしまったのか、どこにも見つからない。
溺れてしまったらしい、泥塗れになった動物たちもたくさん転がっていた。
きっと、物凄く苦しかったに違いない……。
可哀想に……。
どうか、安らかに眠って下さい。
ぼくは、両前足を合わせて祈った。
川が溢れて打ち上げられた魚も、地面にたくさん転がっていた。
夏の暑さで腐っていて、とても臭い。
昨日はグレイさんが拾ってきた魚を食べたけど、さすがにこれは食べられない。
腐ったものを食べたら、それこそ食中毒を起こしてしまう。
薬草も手に入らない今、おなかを壊したら大変だ。
このまま置いておいても、森の掃除屋さんたちが片付けてくれる。
ハイエナやジャッカル、ハゲワシやカラスは腐った肉を食べる。
ずいぶん前に見た、|Andrewsarchus(イノシシのような体とワニのような口を持つ、4mの大型肉食動物)も、腐った肉を食べるらしい。
腐った肉を食べる動物は、みんな乱暴で狩れない動物ばかりだ。
猫が食べられちゃう天敵しかいない。
森の掃除屋さんたちがやって来る前に、出来るだけ早く立ち去ろう。
どこまで行っても、同じような光景が広がっていた。
地面は全部、茶色い泥に覆われている。
どうやら、洪水の被害は、かなり大きかったようだ。
こうなってくると、洪水の被害を受けた猫の集落もあるかもしれないな。
どうかみんな、無事でいて欲しい。
ฅ^•ω•^ฅ
連日の雨が、嘘のように晴れ上がっている。
晴れている間に、少しでも距離を稼いでおきたい。
だけど地面が泥だらけで、思うように歩けない。
一歩踏み出すごとに、柔らかい泥に足が沈む。
泥が足にまとわりついて足が重くなり、歩くだけで体力を使う。
泥を避けたくても、泥のないところがない。
歩く度に泥が跳ねて、ぼくたち4匹とも泥塗れだ。
体を洗いたくても茶色い水が荒れ狂うように流れていて、川には近付けない。
川の流れが落ち着くまで、待つしかない。
お日様が早く、地面を乾かしてくれれば良いんだけど。
森の中は日陰が多く空気もひんやりとしていて、湿度も高いからなかなか乾かないんだよね。
ぼくはみんなよりも体が小さくて体力もないから、すぐ疲れてしまう。
疲れて立ち止まってしまったぼくを見て、3匹が心配そうに声を掛けてくる。
「シロちゃん、疲れたかニャー?」
「じゃあ、ここらへんでお休みしましょうニャ」
『シロちゃん、大丈夫か? あまり無理はするなよ? そこで、ちょっと休憩しようか』
グレイさんはぼくの首根っこを咥えて、近くにあった少し高い丘の上へ駆け登る。
洪水の被害を受けなかった丘の上には、緑色の草が生い茂っていた。
グレイさんは、草の上にぼくをそっと下ろしてくれた。
『ここなら、安全だ。お父さんもお母さんも、みんなゆっくり休んでくれ』
グレイさんも疲れているのか、ぼくの横に伏せをした。
お父さんとお母さんも追い付いてきて、草の上でお昼寝を始めた。




