第8話 大きくなれない病気
お父さんとお母さんに毎日あっためてもらっていたおかげで、ぽんぽんぺいんぺいんが治った。
ずっと寝っぱなしだったから、何日経ったとか時間の感覚とかが分からなくなってしまった。
まぁ、猫に時間なんて関係ないけどね。
お腹が空いたら食べて眠くなったら寝るのが、猫の日常。
ゴロゴロピーちゃんで何も食べられなかったから、ヒョロヒョロガリガリに痩せ細ってしまった。
しっかり食べて体を動かさないと、大きくなれないぞ。
猫も草や木の実を食べれられる雑食動物だったら、良かったんだけど。
猫は肉食動物だから、基本的に肉しか食べられない。
そうだ、狩りに行こう。
ひとりじゃ狩りに行けないから、お父さんとお母さんに連れて行ってもらわないと。
ってことで、必中! 寝起きドッキリ連続猫パンチッ!
眠っているお母さんの体を両手の肉球でポプポフ叩くと、お母さんが目を覚ます。
「シロちゃん、起きたニャ?」
「お母さん、ぼくぽんぽんぺいんぺいん治ったミャ」
「良かったニャ! シロちゃんの病気が治ったのニャッ! このまま死んじゃうんじゃないかと、心配で心配で仕方なかったニャッ!」
お母さんはぼくをギュッと抱き締めて、ゴロゴロ喉を鳴らして喜んでくれた。
お母さんが喜んでくれたことが嬉しくて、ぼくも喉を鳴らして顔をスリスリした。
お父さんもぼくを背中から抱き締めて、喉を鳴らしている。
「シロちゃん、元気になって良かったニャー! 良く生きててくれたニャーッ!」
病気が治っただけで、こんなに喜んでくれるなんて。
野生の仔猫は、雨で体が冷えただけで死んでしまうこともあるんだ。
お父さんとお母さんは既に、ぼく以外の子供を全員亡くしている。
だから、ぼくも死ぬんじゃないかと不安で仕方がないんだ。
ぼくが死んだら、お父さんとお母さんが悲しむから絶対に死ねない。
それにぼくには、猫のお医者さんになるという夢がある。
お父さんとお母さんを悲しませないように、頑張って強く生きるからね。
ฅ^•ω•^ฅ
お父さんとお母さんに挟まれて、ふたりと手をつないで森の中を歩く。
手をつないで歩いているだけで、なんだかとても幸せな気持ちになる。
人間だった頃、お父さんとお母さんと3人で手をつないで歩いたことってあったっけ?
お父さんはほとんど家にいなかったし、一緒に出掛けたこともなかった。
お母さんは、手すらつないでくれなかった。
手をつないでくれたり抱っこしてくれたりしたのは、おばあちゃんだけだった。
そうか、お父さんとお母さんと手をつないで歩いたことがなかったんだ……。
こんなに簡単に出来ることなのに。
なんで、してくれなかったんだろう?
ぼくが立ち止まると、ふたりも足を止める。
「シロちゃん、どうしたニャ? 疲れたかニャ?」
「疲れたなら、抱っこしてあげるニャー。ほら、シロちゃんおいでニャー」
ふたりは心配そうに、ぼくの顔を覗き込んでくる。
お父さんは両腕を大きく広げて、ぼくが来るのを待っている。
「ミャ~ッ!」
ふたりの優しさが嬉しくて、ぼくはお父さんの胸に飛び込んだ。
夢のせいで人間だった頃の自分が、愛されていなかったと気付いてしまった。
でも今は、こんなにも愛されている。
しかも、幸せいっぱい猫いっぱい。
生まれ変わって、良かった。
お父さんの肩に顔をグリグリ押し付けると、ふたりはくすくすと笑う。
「シロちゃんは、甘えんぼさんだニャー」
「とっても可愛いニャ」
笑いながら、ふたりは再び獲物を探して歩き出した。
それからすぐ、お父さんが何かを見つけて声を上げた。
「アデロバシレウスニャー!」
アデロバシレウス? また知らない名前が出てきたぞ。
どうか、気持ち悪い虫じゃありませんように。
お父さんに抱っこされたまま、そ~っと見ると。
そこにいたのは、10~15㎝くらいのネズミ。
みんなでお食事中だったらしく、10匹くらいが集まっていた。
集団のネズミ、ちょっと怖い。
「シロちゃんの為に、いっぱい狩るニャ!」
お母さんは、鋭い爪を出した猫パンチを連続で素早く繰り出す。
ぼくのパンチとは、スピードとパワーが違う。
あっという間に、ネズミの山が出来上がった。
お母さんは笑いながら、狩ったばかりのネズミを差し出してくる。
「シロちゃん、いっぱい食べてニャ」
「ミャ……」
ネズミだから抵抗があったけど、食べてみたら美味しかったです。
ฅ^•ω•^ฅ
毎日、お父さんとお母さんと一緒に狩りへ行って狩りについて学んだ。
基本的に、「猫より小さい物は狩れる、大きい物は狩れない」と覚えておけば良い。
猫より大きくても、草食動物は狩れる。
ガストルニス(毛深いダチョウ)は猫より大きいけど、草食動物で足も遅いので狩れる。
逆に、猫が狩られる側になるのは自分より大きな肉食動物。
例えば、ヘビ、キツネ、オオカミ、猛禽類、巨大な虫など。
前に見たアンドリューサルクス(イノシシのような体とワニのような口を持つ、体長約4mの肉食動物)も、狩れない動物のひとつ。
毎日狩りへ行ってとれたてのお肉を食べているからか、体が強くなってきた気がする。
――が、しかし。
おかしなことに、いつまで経ってもぼくの体は大きくならなかった。
ここに転生した時が、生後何日だったのかは知らないけど。
今のぼくは成猫と比べると、たぶん生後3ヶ月くらいの仔猫サイズ。
ちっとも大きくならないぼくを見て、お父さんとお母さんも不思議そうに首をかしげている。
「シロちゃんは、なかなか大きくならないニャー」
「何か病気かもしれないから、お医者さんに診てもらうニャ」
心配性のお父さんとお母さんに、お医者さんへ連れて行かれた。
お医者さんはちょうどクロネコのクロさんの治療が終わったところらしく、ぼくたちに笑顔で話し掛けてくる。
「こんにちはニャ~、今日はどうしましたニャ~?」
「うちのシロちゃんを、診て欲しいんですニャー」
お父さんに手を引かれて、お医者さんの前に座らされた。
お医者さんは、ぼくの体を調べながら聞いてくる。
「見たところ、どこも悪いところはなさそうですニャ~。何かあったのですニャ~?」
心配そうな顔をしたお母さんが、ぼくの頭を撫でながら、お医者さんに言う。
「シロちゃんが、いつまでも大きくならないんですニャ」
「言われてみれば、シロちゃんは、ずっと小さいままですニャ~。もしかしたら、《《大きくなれない病気》》かもしれませんニャ~」
「大きくなれない病気ですニャッ?」
お医者さんの言葉を聞いて、お父さんとお母さんは飛び上がるほどビックリした。
「たまに、大きくなれない猫がいますニャ~。シロちゃんも、大きくなれない病気かもしれませんニャ~」
「その病気は、治りますニャー?」
「残念ながら、分かりませんニャ~。でも成長が遅いだけかもしれませんから、しばらく様子を見て下さいニャ~」
「分かりましたニャ……」
お医者さんの診断を聞いて、お父さんとお母さんはガックリした。
ฅ^•ω•^ฅ
結論から言うと、ぼくは成猫の年齢になっても仔猫サイズのままだった。
お父さんとお母さんは、「大きくなれなくても、シロちゃんが元気で生きてくれればそれで良い」と言ってくれた。
集落の猫達からは、「シロちゃんは、ちっちゃくて可愛いね」といつまでも子供扱いされている。
大きくなれなかったことは残念だけど、仕方がない。
ぼくにとって重要なことは、「小さくても成猫の儀式を受けられるかどうか」だ。
儀式に合格して立派な成猫と認められれば、ひとりで狩りへ行くことが許される。
今は親同伴じゃないと、狩りに行けないからね。
成猫と認められれば、集落から出て行くことも許される。
ぼくの夢は、異世界を旅するお医者さんになること。
この儀式を合格出来なければ、夢は叶わない。
まずは、長老であるミケさんに儀式について詳しく聞くことにした。
「前にも話したけど、イチモツの木に登って実を取り、無事に降りてこられれば合格にゃ」
「失敗しても、また儀式は受けられるミャ?」
「儀式は、何度でも受けられるにゃ。シロちゃんは、儀式を受けたいのかにゃ?」
「ミャ!」
「分かったにゃ、頑張ってにゃ」
ミケさんは優しい笑顔で、ぼくの頭を撫でてくれた。
こうしてぼくは、成猫の儀式を受けることになった。
【|Adelobasileusとは?】
今から2億2500万年前に生息していたといわれている、ネズミの祖先。
現在見つかっている中で、一番古い哺乳類らしい。
推定体長10~15㎝
推定体重は不明。
【大きくなれない病気とは?】
いつまでも仔猫が大きくならない場合は、生まれつき病気とか、何かの理由でごはんが食べられないとか、寄生虫がいるとか、さまざまな原因が考えられる。




