第75話 誰が医師を救うのか?
集まってくれた集落の猫たちに1匹ずつ、ちょんと鼻と鼻をくっ付けて鼻ちゅーで挨拶をしていく。
「長い間、お世話になりましたミャ。皆さんに助けてもらえなければ、ぼくはあそこで死んでいましたミャ。本当にありがとうございましたミャ」
「シロちゃん、もう行っちゃうナォン? 悲しいナォン……」
ハチミケは悲しそうに、ぼくをギュッと抱き締めてくれた。
「また来る」と、約束は出来ない。
この集落に、また来れるかどうか分からないから。
ここで別れたら、もう二度と会えないかもしれない。
「ハチミケお母さん、今まで本当にありがとうございましたミャ。さようなら、ぼくのもうひとりのお母さん」
「こちらこそ、ありがとうナォン。短い間だったけど、あなたのお母さんでいられて幸せだったナォン。行ってらっしゃいナォン」
ハチミケは、にっこりと微笑んだ。
その優しい笑顔は、子供を信じて送り出す親の顔だった。
「シロちゃん、行かないでにゃあっ! ずっと、ここにいてにゃあっ!」
アオキ先生はハチミケと違って、めちゃくちゃ引き留めてきた。
お父さんとお母さんに向かって、懸命に頼み込んでくる。
「シロちゃんのお父さん、お母さんっ! 必ず幸せにしてみせますから、私にシロちゃんをくださいにゃあっ! お願いしますにゃあっ!」
「アオキ先生、シロちゃんを助けてくれたことは感謝していますニャー。ですが、それとこれとは話が別ですニャー。シロちゃんは、誰にもあげませんニャー」
お父さんは穏やかな口調で断りの言葉を言って、アオキ先生からぼくを取り上げた。
アオキ先生には助けてもらった恩があるけど、そのお願いは聞いてあげられない。
ごめんなさい、アオキ先生。
「またいつでもいらっしゃいにゃあ」
「くれぐれもケガや病気に気を付けてナォン」
「シロちゃん、頑張ってにゃお」
「お兄ちゃんたちは、シロちゃんの無事を祈っているニャウ」
アオキ先生や猫たちに見送られて、ぼくたちは集落から旅立った。
ฅ^•ω•^ฅ
見張りをしていたグレイさんとも合流し、また4匹の旅が始まった。
足取り軽く歩いていると、お父さんとお母さんが話し掛けてくる。
「シロちゃん、次の集落はここから遠いのかニャー?」
「この近くに、ケガや病気の猫はいないかニャ?」
ふたりに問われて、足を止める。
お父さんとお母さんとグレイさんとまた旅を続けられることが嬉しくて、何も考えずに歩いていた。
ここが、イチモツの森のどのあたりなのかも分かってないのに。
Argentavisに連れ去られていなかったら、北の端っこの景色が見たかった。
端っこまで行ったらUターンして、またノアザミの集落を訪れるつもりだった。
だけど、『走査』に聞いたら、ここからノアザミの集落まで約5kmくらい離れていた。
だったら、ここから一番近い集落を目指した方が良い。
アオキ先生の集落を出たら、隣の集落までサビーとタビーに送ってもらうって話をしていたし。
ここから一番近い集落まで案内をお願い、『走査』
『位置情報:右折800m、直進1.5km、左折600m』
いつもありがとう、『走査』
次の集落へ向かって歩きながら、お父さんとお母さんとグレイさんにここまでどうやって来たのかを聞いてみた。
お父さんとお母さんは、少し悲しげな顔になって話し始める。
「シロちゃんがアルゲンタヴィスに連れ去られた時は、もうダメかと思ったニャー……」
「鳥が飛んで行った方向へ向かって歩きながら、ひたすらシロちゃんの匂いを辿って探していたニャ」
『オレとシロちゃんは、永遠の愛の絆で結ばれているからな。惹かれ合うふたりは、再び巡り会える運命だと信じていたぞ』
グレイさんは、うっとりとした笑みを浮かべながら答えてくれた。
どうやら3匹は、ぼくの匂いを辿って、ここまで来たらしい。
ん? 待てよ?
お父さんとお母さんには、グレイさんの言葉が分からない。
グレイさんも、猫語が分からない。
通訳のぼくがいなくて、大丈夫だったのかな?
「グレイさんは、お父さんとお母さんとお話し出来なくて困らなかったミャ?」
『オレはずっと、猫を観察してきたからな。言葉は通じずとも、猫の鳴き声や動きで何を伝えたいかだいたい分かるんだ』
グレイさんはしっぽをブンブン振りながら、得意げな笑みで言った。
愛猫家は、猫の行動から気持ちを察することが出来るのか?
次は、お父さんとお母さんにも話を聞いてみる。
「お父さんとお母さんは、グレイさんと話が出来なくて困らなかったミャ?」
「グレイさんとお話しは出来なかったけど、ずっと側にいてくれたから天敵に狙われずに済んで助かったニャー」
「グレイさんはいつも笑顔で、ずっと私たちを見つめていたニャ」
猫側は、そんなもんだよね。
ฅ^•ω•^ฅ
次の集落まであと少しとなったところで、『走査』が発動した。
『対象:食肉目ネコ科ネコ属リビアヤマネコ』
『病名:サルモネラ腸炎』
『処置:整腸剤を投与。下痢による脱水症状を防ぐ為、水分補給が重要』
腸炎の処置は、整腸剤と水を飲ませるだけで良いのか。
この季節に採取出来る、整腸作用がある薬草といえばシソ。
シソには、赤シソと青シソがある。
赤紫色のシソは、一般的に赤紫蘇と呼ばれる。
緑色のシソは、大葉と呼ばれている。
どちらも、解熱、解毒、鎮痛、鎮静、咳、喘息、整腸作用などの薬効がある。
もちろん、猫が食べられる数少ないハーブのひとつ。
シソは、葉も種も茎も全部食べられる。
アオキ先生は、これでハーブティーを作っていたな。
ぼくも、シソでハーブティーを作ろうかな。
おっと、これも先に聞いておかないと。
サルモネラ腸炎に罹っている猫は、何匹くらいいるの?
『9匹』
細菌性の病気なら、集落の猫全員が罹っている可能性がある。
とりあえず、たくさん採って持って行こう。
シソを採り始めたぼくを見て、お父さんとお母さんも手伝ってくれる。
「シロちゃん、この薬草を集めるニャー?」
「私たちも、お手伝いするニャ」
「お父さん、お母さん、いつもありがとうミャ」
集落が近付くにつれて、猫たちのか細い鳴き声が聞こえてくる。
ぼくたちはシソを抱えて、集落へと急いだ。
集落では、たくさんの猫たちがぐったりして倒れていた。
おなかをこわしているで、脱水症状を起こしているようだ。
だけど、ピーちゃんで体力を消耗して川まで水を飲みに行けないんだ。
「皆さん、大丈夫ですかミャッ?」
ぼくたちは大急ぎで、川まで水を汲みに行った。
よほど喉が渇いているのか、猫たちは水を飲みたがった。
さっそくシソを叩いてペースト状態にして水に溶かし、水薬を作って猫たちに飲ませた。
「このお水を飲んだら、ちょっとだけスッキリしたニャー」と、猫たちは喜んでくれた。
病気の猫全員に薬を飲ませ終わったところで、近くにいた猫に聞く。
「この集落の長は、どなたですミャ?」
「ウシさんニャゴ」
「ウシ?」
「ほら、あそこにいる黒ブチ模様のある猫が、ウシさんニャゴ」
言われて見れば、白毛に黒いブチ模様のある猫が寝そべっていた。
なるほど、確かにウシだ。
ウシ模様の猫に近付いて、声を掛ける。
「初めまして、あなたがこの集落の長ですミャ?」
「そうナァ。さっきはみんなにお水を飲ませてくれて、ありがとうナァ」
長は起き上がろうとしたが、病気で体が弱っているらしく動けないらしい。
「無理はしなくて大丈夫ですミャ。そのまま寝ていて下さいミャ」
「すまないナァ、君たちのおかげで助かったナァ。 君たちは、なんで我々を助けてくれたのナァ?」
「ぼくは、医者さんですミャ」
「お医者さんナァ? 我々の集落にもお医者さんがいるけど、病気で倒れてしまって困っていたから助かったナァ」
どうやら、この集落にもお医者さんがいるらしい。
だけどもちろん、お医者さんだって病気に罹る。
お医者さんが倒れてしまったら、誰がお医者さんを救うのか?
【サルモネラ腸炎とは?】
「サルモネラ菌」という細菌が、腸へ感染する病気。
夏から秋ぐらいに、罹りやすい。
主な症状は、発熱、腹痛、嘔吐、下痢。
他の細菌による胃腸炎と比べても症状が重く、腹痛が治るまでの時間も長い。
サルモネラ菌が出てしまえば、自然に治ることが多い。
なので薬は、荒れた腸内を整える整腸剤だけで大丈夫。
症状が重い場合は、抗菌薬を飲ませる。




