第7話 お父さんとお母さん
ぽんぽんぺいんぺいんで歩けないので、ぼくは毛皮に包まれてシロブチに抱っこされている。
「シロちゃんが早く元気になるように、美味しいお肉を狩ってくるニャー」
「はい、いってらっしゃいニャ」
シロブチはぼくの看病の為に巣穴に戻り、サバトラは狩りへ出掛けた。
ぼくが「水が飲みたい」と言うと、シロブチは途中で小川へ寄ってくれた。
ゴロゴロピーちゃんの時は、たっぷり水分補給することが大事。
ピーちゃんの時は、温かい飲み物や常温のスポーツドリンクが良いんだけど。
猫しかいない集落で、温かい飲み物なんてあるはずがない。
おなかかが冷えちゃうけど、川の水を飲むしかない。
我慢して冷たい水を飲んだら、さらに体が冷えた気がする。
寒くて震えるぼくを、シロブチが抱き締めてくれる。
シロブチの体があったかくて、気持ちが良い。
「シロちゃん、あったかくして寝ましょうニャ」
「ミャ……」
シロブチは巣穴で丸くなり、ぼくの体をすっぽり包んであっためてくれる。
「シロちゃん、寒くないかニャ? 具合が悪くなったら、すぐ言うニャ。早く元気になってニャ」
心配で仕方がないという優しい声に、心まであったかくなる。
こんなに大切にされて、こんなにも愛されている。
これが、親か。
今まではシロブチとサバトラが、ぼくの親だとはどうしても思えなかった。
ようやくぼくの中で、シロブチがぼくのお母さんなんだと飲み込めた。
ゴロゴロと喉を鳴らして、シロブチにスリスリして甘える。
今なら、言えそうな気がする。
「お母さん……」
「シロちゃんが、初めてお母さんって呼んでくれたニャ……ッ!」
シロブチが感激した様子で、喉をゴロゴロ鳴らした。
猫のゴロゴロ音は、癒される。
可愛くて優しい猫がぼくの親だなんて、なんて幸せなんだろう。
これからは、ちゃんとお母さんと呼ぼう。
「お母さんお母さん」
「シロちゃんシロちゃん」
ゴロゴロ喉を鳴らしながら、お互いを呼び続けた。
お母さんに抱かれて、ぼくは幸せな気持ちで眠りに就いた。
ฅ^•ω•^ฅ
人間だった頃の夢を見た。
お父さんは有名な大学病院のお医者さんで、ほとんど家にいなかった。
「忙しい」「疲れた」が、口癖だった。
だから、お父さんのことはあまり覚えていない。
お母さんは、ぼくが家にいる間ずっと側にいて勉強させられた。
「アンタが勉強をサボっていないか監視するのが、アタシの仕事だから」が、口癖だった。
お母さんが家事をしているところは、一度も見たことがない。
家事は全部、おばあちゃんがひとりでやっていた。
学校だけが、ぼくに与えられた自由な時間だった。
学校では、猫が好きな友達と遊んでいた。
猫を飼っている友達から、猫の写真や動画をたくさんもらった。
大好きな猫のことをもっと知りたくて、図書館で猫の本をいっぱい読んで詳しくなった。
そしたら、友達から「猫博士」って呼ばれるようになった。
でもぼくは猫博士より、猫のお医者さんになりたかった。
猫のお医者さんになれば、ケガや病気で苦しんでいる猫を助けることが出来るから。
たくさんの猫と猫好きな飼い主さんとも、友達になりたい。
「猫のお医者さんになりたい」って言ったら、お母さんはめちゃくちゃ怒った。
「猫の医者なんて、絶対許さない! アンタは誰もが羨むような、立派な《《人間の》》医者にならなきゃ、絶対ダメッ!」
お母さんは少しでも自分の思う通りにならないと、すぐヒステリーを起こした。
お母さんの気が済むまで、何時間もお説教された。
都合の悪いことは、全部ぼくのせいにされた。
言い返したらもっと怒られるって分かっていたから、黙っていることしか出来なかった。
ぼくが死んだ後、どうなったのかな?
子どもがひとりいなくなったところで、きっと何も変わらない。
お父さんとお母さんは、ぼくがいなくなってせいせいしているかもね。
おばあちゃんだけは、ぼくに優しくしてくれた。
おばあちゃんは、今頃どうしているかな?
おばあちゃん、ぼくは猫に生まれ変わってとても幸せだよ。
だから、心配しないでね。
ฅ^•ω•^ฅ
目が覚めると、寒気と腹痛はだいぶマシになっていた。
お母さんとお父さんが、温め続けてくれたおかげだろう。
ゴロゴロピーちゃんは、まだ治っていないから漏らす前に砂場へ駈け込む。
体力が戻り切っていないから、しばらくは大人しく寝ていた方が良さそうだ。
何も食べてないから、おなかが空いて力も出ない。
だけどピーちゃんの時に、野生動物の生肉は絶対食べちゃダメだと思う。
野生動物には、どんな寄生虫や雑菌がいるか分からない。
ピーちゃんが酷い時は、何も食べないでおなかを休めた方が良い。
ぽんぺんが治るまでは、安静にしておこう。
砂場から巣穴へ戻り、気持ち良さそうに眠っているお父さんとお母さんの間にもぐりこむ。
収まりの良いところに身を落ちつけて、あったかくて柔らかい猫毛に埋もれる。
お母さんに抱き着いて、スリスリしてゴロゴロ喉を鳴らす。
ああ、なんて幸せなんだろう。
猫アレルギーで出来なかった猫吸いが、いつでも出来る幸せ。
猫に生まれ変わったら色々と大変なことも多いけど、「可愛い」で全て許せてしまう。
やっぱり、可愛いは正義。
そんなことを考えながら、ウトウトしているとふいに気付く。
そういえば、ぼくの兄弟は?
今まで、なんで気付かなかったんだろう?
猫は、1回の出産で2~6匹産む。
普通なら、同い年の兄弟がいるはずなのに。
ぼく以外の仔猫がいないのは、なんでだろう?
もしかして、ぼく以外の兄弟は全員死んだのだろうか。
野良の仔猫の生存率は、とても低い。
死因は、病気、ケガ、野生動物に襲われるなどといわれている。
お父さんとお母さんがぼくをとても大事にしてくれているのは、ぼくが最後のひとりだからかもしれない。
ふたりが起きたら、聞いてみよう。
ฅ^•ω•^ฅ
「ぼくに、兄弟はいるのミャ?」
「シロちゃんの兄弟は、みんな死んじゃったニャ……」
お母さんは、悲しそうな顔で打ち明けてくれた。
やっぱり、ぼくが最後のひとりだったのか。
「なんで死んじゃったのミャ?」
「みんな体が弱くて、病気になって死んじゃったニャ」
「生まれてすぐ、死んじゃった子もいたニャー」
「体が弱いと気付いた時、お医者さんには連れて行ったミャ?」
「もちろん、すぐお医者さんに連れて行って診てもらったニャ。でも、お薬を飲んでも治らなかったニャ」
この集落にいるお医者さんの医療技術は、民間療法レベル。
ヨモギは万能薬だけど、軽いケガや病気しか治せない。
ほとんどのケガや病気は、寝て治すしかない。
生まれつき体が弱かったり重い病気を持っていたら、お手上げだ。
手術でしか治らない病気だったら、何も出来ずにただ死ぬのを待つだけ。
亡くなった兄弟たちは、とても苦しかっただろう。
お父さんもお母さんも、我が子を失ってどれだけ辛かっただろう。
兄弟がいない理由が分かって、とても悲しくてとても悔しい気持ちになった。
腕の良い獣医さんがいたら、助けられたかもしれないのに。
この世界の医療技術は、どうなっているのだろうか。
そういえば、この世界では魔法を使えるのかな?
高い医療技術を持つお医者さんか、回復魔法が使える魔法使いはいるのかな?
集落の猫たちが、魔法らしきものを使っているところは見たことがない。
もし、魔法が使える世界だとしたら回復魔法を使えるようになりたい。
長老のミケさんの話によると、森の中にはここ以外にもいくつも集落があるらしい。
成猫になってひとりで集落を出られるようになったら、他の集落へ行ってみたい。
他の集落には、回復魔法が使える魔法使いがいるかもしれない。
見つけたら、弟子入りして魔法を教えてもらいたい。
将来は世界中を旅しながら、ケガや病気で苦しんでいる猫を助ける旅するお医者さんになりたいな。
【野良の仔猫の生存率とは?】
野良猫は、とても厳しい環境で生きている。
いつごはんが食べられるか分からないし、病気にもかかりやすい。
危険がいっぱいでストレスもハンパなく、いつも睡眠不足。
成猫になれるのは、20%前後と言われている。




