第68話 同じ世界違う感覚
ぼくたちはしばらくの間、ノアザミの集落に留まってゆっくりと疲れを癒すことにした。
病気の猫たちの看病をし続けたから、疲れちゃったんだよね。
お父さんとお母さんは集落の中で、ぼくとグレイさんは集落の外で。
グレイさんは猫たちに見つからないように、集落から少し離れた高い崖や丘の上から集落を見守っている。
ぼくはグレイさんに見張りばかりさせて、申し訳ないと思っていたんだけど。
『可愛い猫は、見飽きるということがない。ずっと猫たちを眺めていられる見張りは、とても楽しい』
グレイさんは集落を見下ろしながら、とても良い笑顔で言った。
見張りの仕事は、グレイさんにとって天職(自分の才能を生かせる職業)だったようだ。
それを聞いて安心したぼくは、グレイさんの足元で寝転がる。
「ぼくは眠いから、お昼寝するミャ。何かあったら、すぐ起こしてミャ」
『ああ、見張りはオレに任せてくれ。もちろん、何があってもシロちゃんは守る。だから、安心して寝てくれ』
「ありがとうミャ。それじゃ、おやすみなさいミャ」
『おやすみ、シロちゃん』
グレイさんは伏せをして、前足でぼくを抱き寄せてくれた。
ぼくはグレイさんに体をすり寄せて、体を預ける。
モフモフのあったかい毛に包まれると、すぐに眠くなる。
こうして安心して眠れるのも、グレイさんのおかげだよね。
グレイさんがいてくれるだけで、天敵から狙われにくくなった。
お父さんとお母さんと3匹で旅をしていた頃より、ずっと安全に旅が出来ている。
何よりも、趣味が合う親友と一緒にいられることが楽しい。
集落に立ち寄る度に「美猫さんがいた」とか、「ふてぶてしい顔をしたデブニャンがいた」とか、ふたりでよく話している。
結局いつも、「どの猫もみんな可愛い」になるんだけどね。
「だけどやっぱり、オレのシロちゃんが一番可愛い」と、グレイさんが言って締めくくるのがお約束になっている。
ฅ^•ω•^ฅ
それから、数日後。
ゆっくり休んで疲れが取れたぼくたちは、ノアザミの集落から旅立つことにした。
集落の猫たちは「また来てニャー」と、笑顔で大きく手を振ってお見送りをしてくれた。
長のシロクロは、泣きながら別れを惜しんでくれた。
「お医者さん、また近くを通られた時にはぜひともお立ち寄り下さいナァ~。ワシらは、いつでも歓迎しますナァ~」
この2週間ほどで、ぼくは優しいシロクロのことが好きになっていた。
ぼくの方からシロクロの手を握り、「また来ます」と約束をした。
ฅ^•ω•^ฅ
ノアザミの集落を後にして、しばらく行くと進めなくなった。
ドクダミの群生地(いっぱい生えている場所)が広がっていたからだ。
ドクダミは葉っぱの形が♡型で、特徴的だからすぐ分かる。
ドクダミは薬草としては、ヨモギに並ぶ優秀な万能薬なんだけど。
とにかく、めちゃくちゃ臭い。
例えるなら、腐りかけの生魚とパクチーを混ぜたようなムッとする生臭さ。
近付いただけで、臭いが鼻を突く。
猫除けに使われるくらい、猫はドクダミの臭いが苦手。
もちろんぼくも、この臭いが大嫌いなんだよね。
1回だけ虫刺されの薬として使ったことがあるんだけど、臭くて大変だった。
洗っても洗っても、しばらく臭いが落ちなかった。
臭いのせいで、猫が1匹も近付かなくなった悲しい経験がある。
あれ以来、ドクダミには触らないと心に誓った。
ドクダミじゃなきゃ絶対に治らない病気と出会わない限り、今後使うことはないだろう。
お父さんとお母さんも、ドクダミの群生地に顔をしかめている。
「シロちゃん、ここを通るのニャー?」
「ごめんなさいニャ。とっても臭いから、ここは通りたくないニャ」
「ぼくもこの臭いは苦手だから、遠回りして行くミャ」
「それが良いニャー」
「良かったニャ」
お父さんとお母さんは、ホッとした顔で笑った。
そんな中、グレイさんだけが不思議そうに首を傾げている。
『シロちゃん、急に立ち止まってどうしたんだ?』
「グレイさんは、臭くないのミャ?」
『確かに臭いは臭いが、そんなに気になるほどか?』
グレイさんは、ドクダミの臭いが平気なようだ。
トマークトゥスは、ぼくたち猫とは臭いの感じ方が違うのかな?
イヌハッカの匂いも、猫以外の動物は全然効果ないもんね。
何も知らないグレイさんが、ドクダミを踏もうとしていたので慌てて止める。
「グレイさん、その草は絶対に踏んじゃダメミャッ!」
『なんでだ? シロちゃんにとって、そんなに大事な草なのか?』
「その草を踏んだら、グレイさんのこと嫌いになるミャッ!」
この言葉は、グレイさんにとってかなりショックだったようだ。
グレイさんはめちゃくちゃ驚いた顔をして、素早く足をひっこめた。
『し、シロちゃんが……、オレを、嫌いになるっ? まさか、そんなことが……っ!』
「ぼくだけじゃないミャ。全ての猫から嫌われる草ミャ」
『全ての猫から嫌われる草っ? そんな恐ろしい草がこんな身近に、しかもこんなにたくさんあるのかっ!』
「猫に嫌われたくなかったら、この草には触っちゃダメミャ」
『ああ、分かった! 絶対触らないっ! 猫に嫌われたくない! シロちゃんに嫌われたら、オレは生きていけないっ!』
グレイさんは恐怖にブルブル震えながら、何度も大きく頷いた。
ぼくたちはドクダミの群生地から少しでも離れようと、大きく避けて歩いているうちに森を出た。
森を抜けると、視界が開けた。
青い空と白い雲、緑色の草に覆われた広い草原。
爽やかな風が吹き抜け、草原の草花を大きく揺らしている。
広い草原の向こうには、大きな湖があった。
海かと思ったんだけど、潮の匂いがしない。
吹いてくる風には、草花と土と水が混ざった匂いがする。
森の中と違って直射日光が当たるから、ちょっと暑い。
だけど水辺が近いから、風はひんやりとしていて心地好い。
川と海は見たことがあるけど、湖は初めて見た。
水辺には、ウマかシカっぽい動物が水を飲みに来ていた。
湖の上には、色んな種類の水鳥たちがたくさんいる。
ここからじゃ遠すぎるから、どんな水鳥がいるかまでは確認出来ない。
でも、水鳥たちの鳴く声はここまで聞こえてくる。
1年ほど前に、森から出た時に見た景色とは全然違う。
森の南側にはとても大きな山があり、山の向こう側には海があった。
美しい景色に感動するぼくの横で、お父さんとお母さんが湖を見て嬉しそうに笑う。
「美味しそうなプレスビオルニスが、いっぱいいるニャー」
「シロちゃん、たくさん狩りましょうニャ」
猫とって、鳥は獲物だもんね。
ふたりには、この景色の素晴らしさが分からないかぁ……。
ちょっと、ガッカリ。
大自然を見て「美しい」と思う感覚は、きっと人間だけだよね。
野生動物にとっては当たり前の光景だから、感動なんてしない。
同じものを見ているのに、違うものが見えている。
人間も同じものを見ても、感性が違えば感想も変わる。
例えば、ふたりの人間が水族館へ行ったとする。
ひとりは、水槽の中を泳ぐ魚たちを見て「美しい」と思う。
もうひとりは、食べられる魚介類を見て「美味しそう」と思う。
トマークトゥスは、この景色を見てどう思うのかな?
「グレイさんは、この森から出たことはあるのミャ?」
『オレは、この森で育ったからな。森から出るのは、生まれて初めてだ』
「そうなのミャ? 今、どんな気持ちミャ?」
『そうだな。お日様が眩しくて、とても暑い。お日様の光で、シロちゃんがいつもより白く輝いて見えるぞ。あまりの美しさに、また惚れ直してしまったよ』
グレイさんは愛おしいものを見る目でぼくを見つめながら、満面の笑みで言った。
【蕺草とは?】
5~8月頃に白い花を咲かせる、日本三大民間薬のひとつ。
「魚腥草(魚が腐ったみたいな臭いがする臭い草)」という名前の漢方薬。
猫が嫌う臭いがするので、猫除けになる。
犬は、あまり気にならない臭いらしい。
強烈な臭いの成分は、|decanoylacetaldehyde
デカノイルアセトアルデヒドには、強力な殺菌作用がある。
犬も猫も、「高カリウム血症」や「腸閉塞」などになる可能性があるから、絶対に食べちゃダメ。
重度の「高カリウム血症」や「腸閉塞」は、突然死する危険がある。
ちゃんと犬猫用に加工された、栄養補助食品なら安全。
【|Presbyornisとは?】
今から約6600万年くらい前に、生息していたといわれている鴨の祖先。
鴨だけど足が長くて、見た目はフラミンゴに似ている。
湖の浅瀬で、大きな集団営巣地を作っていたと、考えられている。




