第64話 ナズナの集落
「にゃにゃ~。おどかすようなことを言っちゃって、すみませんでしたにゃあ。ですが、お医者さんが欲しいのは本当ですにゃあ」
長のハイトビは、明るく笑いながら、軽い口調で言った。
お父さんとお母さんはまだ警戒しているのか、ぼくを抱っこしたまま離してくれない。
何かあったら、今すぐにでも逃げ出しそうな雰囲気だ。
仕方がないので、抱っこされたまま、長と話を続けることにした。
「ぼくたちは旅の途中で、いくつも集落を訪ねましたミャ。お医者さんがいる集落の方が、珍しいですミャ」
「にゃるほどにゃあ。どこの集落も、お医者さんの成り手不足が深刻なんですにゃあ」
長が困ったようにため息を吐いたので、ぼくはニッコリと笑う。
「ぼくは、そんな猫たちを救う為に旅をしていますミャ。集落の皆さんに、さっき使った薬の作り方を教えようと思っていますミャ」
「にゃんとっ? それは、とってもありがたいですにゃあっ!」
「ですから、集落の猫たちを集めてもらえますミャ?」
「もちろんですにゃあっ!」
長は大喜びで、集落の猫たちを全員集めてくれた。
今回は、教える薬草の数が多い。
まずは、基本となる薬草の見分け方を教える。
続いて、薬の作り方と用法と用量を教えた。
用法と用量を守らないと、どんな薬も毒となる。
ヨモギは、塗って良し食べて良しの万能薬だけど。
秋は、花粉症の原因植物になるから使えない。
アロエは優秀な傷薬であり、痒み止めとしても使えるけど。
猫がアロエを食べると、おなかがいたいいたいになるので要注意。
ニガヨモギは寄生虫に効果があるけど、苦くて飲みにくい。
シロバナムシヨケギクは花の部分だけを乾燥させて、粉にしないと使えない。
薬草はたくさんの種類と使い方があるから、教える方も大変だ。
松の葉を使ったノミブラシの作り方と、使い方も教えた。
ひと通り教えた後、長が頭を抱えていた。
「にゃにゃ~……、とっても難しいですにゃあ。これ全部、覚えるのですかにゃあ?」
「これでも、ほんの一部なんですけどミャ」
「これで、一部にゃあっ? お医者さんになるのは、大変なんですにゃあ……」
長は驚き、また再び頭を抱えた。
ฅ^•ω•^ฅ
慌ただしく時間が過ぎ、お日様が沈んであたりは真っ暗。
「今日は、良く眠れそうニャー」と、猫たちは嬉しそうに巣穴へ戻っていった。
聞けば、このところ激しい痒みであまり眠れなかったそうだ。
寝る時に限って、痒くなるのはどうして? 『走査』
『就寝時、副交感神経が優位となり、histamineの分泌が亢進する為』
ごめん、全然分からなかった。
もっと分かりやすく、教えてくれる?
『リラックスすると、体を休める為に体温が上がる。体が温まると、痒みを伝える物質が多く出る。また、アレルギー物質が寝床に潜んでいる可能性がある』
ありがとう、『走査』
そういうことなら、もう一回寝る前にアロエの汁を塗り直そう。
巣穴の中にも、ニガヨモギの葉っぱを敷き詰めてもらおう。
ニガヨモギは飲めば虫下しになるけど、匂いには虫を寄せ付けない防虫効果もあるんだよ。
ニガヨモギの葉っぱは柔らかいから、ふかふかして良く眠れると思う。
猫たちに説明すると、みんなぼくが言った通りにしてくれた。
集落には、ニガヨモギの青い香りが漂った。
これで、みんなぐっすり眠れることだろう。
寝る準備をしている、お父さんとお母さんに声を掛ける。
「グレイさんのところへ行って来るミャ。ふたりとも、おやすみなさいミャ」
「分かったニャー、グレイさんによろしく伝えてニャー」
「今日は、グレイさんと一緒に寝るのニャ? それじゃあ、おやすみなさいニャ」
ぼくは集落を飛び出すと、『走査』でグレイさんを探した。
グレイさんを見つけると飛び付いて、お互いに体をすり寄せて顔を舐め合う。
「グレイさん、見張りお疲れ様ミャ!」
『シロちゃんも、お疲れ様。ずっと見ていたぞ。今日も、大活躍だったな。さぞかし疲れただろう』
「うん。たくさん頑張って、疲れたミャ。でもみんな喜んでくれて、良かったミャ」
『じゃあ、ゆっくり休んでくれ。おやすみ、シロちゃん』
「おやすみなさいミャ、グレイさん」
ぼくたちは、身を寄せ合って眠りに就いた。
今日は、良く眠れそうだ。
ฅ^•ω•^ฅ
それからしばらく、旅の疲れを癒す為、集落でお世話になることにした。
といっても、あまり長くいることは出来ない。
集落にいる間、グレイさんがひとりぼっちになってしまうから。
グレイさんは、「オレのことは気にしないで良い」と言うけど。
グレイさんは寂しがり屋さんだから、分かりやすいんだよね。
仕方がないのでお父さんとお母さんには集落に残ってもらって、ぼくはグレイさんの側にいることにした。
集落の猫たちに見られないように気を付けながら、ふたりでのんびりと過ごした。
数日後、長のハイトビに集落を出ることを伝えた。
集落の猫たちが全員集まって、お見送りしてくれた。
「お医者さんがた、改めてお礼を言わせて下さいにゃあ。本当に、来てくれてありがとうございましたにゃあ」
「どういたしましてミャ」
「今回のことでお医者さんの大切さが、とっても良く分かりましたにゃあ。これからは、薬草で病気やケガを治せるようになったから安心ですにゃあ」
「薬草でも治せない病気やケガも、たくさんありますミャ。どんな病気もケガも、寝ることが一番の治療法ですミャ。具合が悪い時は、いっぱい寝て下さいミャ」
「分かりましたにゃあ」
おっと、忘れていた。
「この集落の名前は、なんて名前なのですミャ?」
「ナズナですにゃあ」
ぼくたちの足元には、細長い草が風に吹かれて、ゆらゆらと揺れている。
ひょろ長い緑色の茎に、ちっちゃいハート型の葉っぱがいっぱい付いていてすぐに見分けられる。
これ、ナズナって言うんだ?
ぼくはずっと、「ぺんぺん草」だと思っていた。
ナズナは、薬草なのかな?
教えて、『走査』
『対象:アブラナ科ナズナ属ナズナ』
『薬効:解熱、下痢、便秘、止血、生理不順、子宮出血、利尿、慢性腎炎、むくみ、目の痛みや充血、高血圧』
ナズナも薬草だったのか、ありがとう、『走査』
ぼくたちはナズナの集落の猫たちに見送られて、再び旅立った。
ฅ^•ω•^ฅ
ナズナの集落を出た後、『走査』で次の集落を探す。
『位置情報:直進5km、右折200m』
5km?
次の集落まで、かなり距離があるなぁ。
でも病名が表示されないってことは、病気やケガで苦しんでいる猫はいないってことだよね。
目的地まで距離があるし、急いで行く必要もないな。
横を歩いているお父さんとお母さんが、話し掛けてくる。
「シロちゃん、次に行く場所は決まったニャー?」
「近くに、病気やケガで苦しんでいる猫はいないニャ?」
「次の行き先は決まったけど、ここからずいぶん遠いミャ。病気やケガの猫もいないから、急がなくて大丈夫ミャ」
「それは、良かったニャー」
「だったら、のんびり行きましょうニャ」
「ミャ」
グレイさんにも伝えようとしたら、何やら様子がおかしい。
何かあったのか、そわそわキョロキョロしている。
「グレイさん、どうしたのミャ?」
『この先に、トマークトゥスの縄張りがあるんだ。ほら、あそこ』
グレイさんが指差した木には、マーキングの跡があった。
周囲の臭いを嗅いでみると、グレイさん以外のトマークトゥスの臭いがする。
『縄張りに入ってしまうと、群れに襲われる。縄張りを避けて、遠回りして行こう』
「分かったミャ。教えてくれて、ありがとうミャ」
お父さんとお母さんにも縄張りのことを伝えて、大きく遠回りすることになった。
どんな動物にも、縄張りがある。
トマークトゥスの縄張りに関しては、『走査』は教えてくれなかったからな。
このまま真っ直ぐ歩いて行ったら、トマークトゥスの縄張りに踏み込むところだった。
危ない危ない。
もしかしたら前にトマークトゥスに襲われた時も、縄張りに踏み込んじゃったのかな?
考えてみたらグレイさんとこんなに一緒にいるのに、トマークトゥスのことを全然知らないや。
『走査』で、トマークトゥスの生態を聞いてもいいんだけど。
せっかく、グレイさんが側にいるんだから、直接聞けばいいよね。
ぼくは、グレイさんを見上げてお願いする。
「ねぇ、グレイさん。トマークトゥスのこと、もっと良く知りたいミャ」
『なに? オ、オレのことを、もっと良く知りたいだと? そんなに、オレに興味があるのか? そ、そうか……、ちょっと照れるがいいぞ。知りたいことがあれば、なんでも聞いてくれ』
何を勘違いしたのか、グレイさんは照れ臭そうに笑った。
なんでも教えてくれると言うので、遠慮なくいろいろ聞いてみよう。
【薺とは?】
別名「ぺんぺん草」
食べられる雑草で、春の七草のひとつ。
春の七草は、芹、薺、御形、繁縷、仏の座、蕪、大根。
日本では1年の無病息災を願って、1月7日に春の七草を粥に入れて七草粥にして食べる。
お正月にごちそうをたくさん食べたりお酒をいっぱい飲んだりして、弱った胃腸を休める意味もある。
そこら辺に生えている野生のナズナは、汚いから食べちゃダメだよ!




