第62話 コメツブツメクサの集落
たった6匹しかいない集落。
集落の長もいない、お年寄りや仔猫もいない。
残っているのは、若い猫のみ。
出来ることなら、6匹とも救いたい。
だけど、会ったばかりの猫たちがぼくの話を聞いてくれるかどうか。
イヌノフグリの集落の猫たちは、イチモツの集落へお引っ越ししてくれたけど。
あれはたまたま、ぼくがイヌノフグリの集落の猫たちを助けたから話を聞いてくれただけで。
猫は基本的に、お引っ越しが大嫌いなんだ。
それにイチモツの集落は、ここからは遠いんだよね。
食後の毛づくろいをしているクリーム猫に、話し掛ける。
「もし良かったら、集落の皆さんもぼくたちと一緒に旅をしませんミャ?」
「なんでみゃお? 集落から出るのは、嫌みゃお」
「でも、ずっとここにいたら危険ですミャ」
「どこにいたって、危険なのは同じみゃお」
クリーム猫は不機嫌そうに、プイッと顔をそむけてしまった。
会ったばかりの仔猫からこんなこと言われても、信じてくれないよね。
それに仲間たちと過ごした、たくさんの思い出が残るこの集落から、離れられないんだと思う。
ぼくだってイチモツの集落は、とても大切なふるさとだ。
イチモツの集落がなくなってしまったら、物凄く悲しい。
集落の猫たちは、ここから離れられたくない。
余所者のぼくが、どうこう言える立場じゃないんだ。
集落の名前だけでも教えてもらって、大人しくここを立ち去ろう。
「この集落は、なんていう名前なんですミャ?」
「コメツブツメクサみゃお」
言われてみれば、足元には緑色のじゅうたんに黄色い小さな花が、いっぱい咲いていた。
このまま、コメツブツメクサの集落を旅立つことは少し心苦しい。
「この集落に、お医者さんはいますミャ?」
「お医者さんなんて、いないみゃお」
やっぱりか。
お医者さんがいる集落の方が、珍しいもんね。
集落の猫たちに、ヨモギの薬を教えたかったんだけど。
この集落にはケガをしている猫も、病気に罹っている猫もいない。
だから、誰も薬は必要ない。
薬を作ったところで、誰も飲まない。
元気な時に、薬はいらないからね。
困っている猫もいないから、ぼくに出来ることは何もない。
それに仔猫の言葉なんて、誰も信じてくれないだろう。
「お話しをいろいろ聞かせて頂いて、ありがとうございましたミャ。それでは皆さん、どうかお元気でミャ。さようならミャ」
「もう行くみゃお? さようならみゃお」
クリーム猫は少し寂しそうな顔をしたけれど、手を振って見送ってくれた。
お父さんとお母さんが首を傾げて、ぼくに話し掛けてくる。
「シロちゃん、もう行くニャー?」
「猫たちに、お薬を教えなくて良いニャ?」
「ケガや病気の猫はいないから、薬は必要ないミャ。余所者のぼくたちがずっとここにいても、お邪魔になるだけミャ」
ぼくがそう言うと、お父さんとお母さんは納得した頷いて、ぼくの後ろをついて来てくれた。
集落を出ると、少し離れた場所で待っているグレイさんに声を掛けた。
グレイさんは、嬉しそうにぼくへ駆け寄って来る。
『この集落には、どのくらいいるつもりなんだ? オレに出来ることはあるか? 狩りするか? 見張りするか?』
「もう旅立つミャ」
『え? もう行くのか? この集落で、何かあったのか?』
「何もなかったミャ」
『そうか。集落の猫たちにも、シロちゃんにも何もなくて良かった』
何も知らないグレイさんは安心したようににっこりと笑って、ぼくの顔をひと舐めした。
ぼくは何も言わずに笑ってごまかして、コメツブツメクサの集落をあとにした。
ฅ^•ω•^ฅ
次の集落を探そうと思ったら、ぼくが話し掛けるより先に『走査』が発動した。
『対象:食肉目ネコ科ネコ属リビアヤマネコ』
『病名:ノミアレルギー性皮膚炎』
『処置:抗アレルギー薬、抗生物質を投与。副腎皮質ホルモン製剤(ステロイド)、駆虫薬、抗掻痒薬を塗布』
そうか! あったかくなると、ノミも増えるんだっ!
以前、ダニとノミに悩まされていた猫たちを治療したことがある。
抗炎症薬として、アロエ。
ダニノミ駆虫薬に、白花虫除菊と珪藻土。
抗生物質は、安定のヨモギ。
抗アレルギー薬と、副腎皮質ホルモン製剤は手に入らない。
松の葉を束ねた、ノミブラシも作った。
白花虫除菊と珪藻土は、近くにある?
『対象:キク科ヨモギギク属シロバナムシヨケギク』
『位置情報:目的地周辺』
ノミアレルギーで苦しんでいる猫の近くにあるなら、ここで作って行かなくても良いか。
『対象:オクロ植物門珪藻綱珪藻土』
『位置情報:南方向100km以上先』
それって、前に行った山の方角じゃないか。
ここからでは遠すぎて、珪藻土を取りに行くのは無理だ。
あと、使えそうな薬草ってある?
『対象:イネ科ドクムギ属ネズミムギ』
『概要:野良猫の多くが食べているとされる、猫草の一種』
『薬効:毛球症、便秘予防、ストレス解消』
春は換毛期だから、猫草も必要になるか。
毛づくろいをしていると、毛をたくさん飲み込んじゃうんだよね。
おなかの中にたまった毛玉を出すには、猫草を食べると良い。
猫も好き嫌いがあって、猫草を食べない猫もいるよ。
毛と一緒にノミを飲み込んじゃうと、ノミに付いている寄生虫も飲み込むことになる。
だったらおなかの中に棲みついた寄生虫を出す、ニガヨモギも必要かな?
ぼくも寄生虫予防に2週間に1回は、ニガヨモギを飲んでいる。
『走査』の案内に従って、走っていくと。
「かゆいかゆい」と、泣いている猫たちの声が聞こえてきた。
ぼくは耳をピクピクさせて、ピタリと立ち止まる。
お父さんとお母さんとグレイさんも、一緒に立ち止まった。
ふたりとも真剣な顔で、話し掛けてくる。
「シロちゃんも、聞こえたニャー? この先に、苦しんでいる猫たちがたくさんいるニャー」
「みんな泣いてて、可哀想ニャ。早く助けないとニャ」
「じゃあお父さんとお母さんは、ヨモギとアロエを集めてきてくれるミャ? ぼくは、シロバナムシヨケギクを集めるからミャ」
「分かったニャー」
「ヨモギとアロエは、どのくらい必要ニャ?」
「ノミがついた猫がたくさんいるはずだから、出来るだけたくさん欲しいミャ」
「たくさんニャー? 分かったニャー」
「私はヨモギを集めるニャ、お父さんはアロエを集めてニャ」
お父さんとお母さんは慣れた手つきで、ヨモギとアロエを集め始める。
薬草集めをするふたりを見て、グレイさんが「オレもオレも」と声を掛けてくる。
『シロちゃん、オレにも何かお手伝い出来ることはあるか?』
グレイさんに、出来ることか。
グレイさんは細かい作業よりも、肉体労働が向いているんだよね。
珪藻土が近くに埋まっていれば、掘り出してもらうけど。
このあたりには、珪藻土はない。
今のところ狩りも必要なさそうだし、あとは見張りくらいかな?
グレイさんは役に立ちたそうな顔で、「まだかまだか」とぼくの言葉を待っている。
すると、『走査』が発動した。
『対象:bentonite』
『概要:高い粘性、粘着性、吸水性、吸着性などの性質を持つ粘土鉱物』
『用途:分散剤、増粘剤、保湿剤、増量剤、吸着剤など』
粘土?
珪藻土の代わりに、ベントナイトを使えってことかな?
そういうことなら、穴掘りが得意なグレイさんに頼もう。
ベントナイトの場所を教えて、『走査』
『位置情報:右折30m、直進50m、右折10m』
ありがとう、『走査』
ぼくはニッコリと笑って、グレイさんに話し掛ける。
「グレイさんにしか出来ないことがあるミャ」
『オレにしか出来ないこと? もちろん、シロちゃんのお願いだったら、なんでも聞くぞ』
「じゃあ、付いてきてミャ」
『走査』の案内通りに歩いていけば、大きな地層に辿り着いた。
どの地層が、ベントナイト?
『位置情報:灰白色の地層』
灰白色の地層……、これか。
ベントナイトの地層をポンポンと叩いて、グレイさんにお願いする。
「グレイさん、この白い土が欲しいミャ」
『なんだ? この土が欲しいのか? よし、任せろっ!』
グレイさんは張り切って、ベントナイトの地層を掘り始めた。
【ノミアレルギー性皮膚炎とは】
ネコノミに咬まれると、アレルギー反応により皮膚炎が起こる病気。
激しい痒み、湿疹(赤いポツポツ)、脱毛、非常に強いストレスなどの症状が出る。
効果的な予防法は、定期的にノミを駆虫すること。
ネコノミは猫だけじゃなく、犬も人間も咬まれるので要注意。
【bentoniteとは?】
ビックリするほど、いろんなことに使える粘土。
土木工事用防水材、掘削用泥水、陶磁器、化粧品、洗剤、石鹸、農薬、練炭、軟膏、スカルプシャンプー、猫砂、乾パンなどにも入っている。
鉱石としては、チョークや石膏くらいの硬さなので、簡単に掘れる。
【米粒詰草とは?】
春になると、米粒くらいの黄色い花を咲かせる雑草。
河原に、群生(いっぱい生えている)していることが多い。
毒にも薬にもならないけど、とっても可愛い。
花言葉は、「小さな恋人」「お米を食べましょう」




