第57話 避難
立ち止まったぼくを見て、お父さんとお母さんが不思議そうに話し掛けてくる。
「シロちゃん、どうしたニャー?」
「また、困っている猫を見つけたニャ?」
「この先に、近くに病気で苦しんでいる猫がいるミャ!」
グレイさんにも同じことを伝えると、真剣な顔で頷く。
『急ぐなら、オレがそこまでシロちゃんを運んでやろう』
「きっとこの先には、病気で苦しんでいる猫がたくさんいるミャ」
『とにかく、その猫のところへ向かうか』
「じゃあ、案内するミャ」
グレイさんはぼくの首根っこを咥えると、ぼくの案内に従って走り出した。
集落の前で、降ろしてもらった。
「グレイさんは、ここで待っててミャ。ぼくが、集落の様子を見て来るミャ」
『分かった。オレはここで、見張りをしておこう。オレに出来ることがあったら、いつでも声を掛けてくれ』
「グレイさんが、見張りをしてくれると助かるミャ。じゃあ、行って来ますミャ」
『ああ、いってらっしゃい。気を付けてな』
グレイさんと別れて、ぼくはひとりで集落へ入った。
集落には思った通り、咳やくしゃみをしながら、ぐったりと横たわっている猫たちがたくさんいた。
ゼーゼーヒューヒューと荒い息をしているから、たぶん喉もやられている。
苦しそうに呻きながら倒れている猫に近付いて、声を掛ける。
「大丈夫ですミャ?」
「ああ……真っ白でとっても綺麗な仔猫の天使が見えるなぉ……。ここは、天国なぉ? ボク、死んじゃったなぉ……?」
薄く目を開けた猫は、ぼくを見てかすれた声で言った。
どうやら高熱に、うなされているようだ。
可哀想に、早くなんとかしないと。
触ってみると、どの猫も高い熱を出している。
熱が出るのは、体が病気と戦っているからなんだ。
熱に弱いウィルスは、高い熱が出るとそれ以上増えることが出来なくなる。
白血球は、体温が高いと強くなる。
咳やくしゃみや鼻水が出るのも、病原菌を体の外へ出そうと体が頑張っているからなんだ。
これが、ぼくたちが生まれつき持っている「生きる力」
だから熱が出たからって、すぐに熱さましの薬を飲んじゃダメだよ。
熱を下げると、白血球がウィルスと戦えなくなっちゃうからね。
熱が出ると汗をいっぱい掻くから、脱水症状を起こしてしまう。
まずは、たっぷりとお水を飲ませないと。
そこで、お父さんとお母さんが追い付いてきた。
「シロちゃん、何か手伝えることはないかニャー?」
「薬草が必要なら、集めてくるニャ」
「ここの猫たちはみんな、喉が渇いて苦しんでいるミャ。川からお水を汲んできて、みんなに飲ませてあげて欲しいミャ!」
「分かったニャー」
「じゃあ、川を探すニャ」
ぼくたちは水の匂いを嗅ぎ、川を探す。
よし、こっちだ。
近くの川まで走って、葉っぱで作ったお皿にお水を汲み、3匹で手分けして猫たちにお水を配って回った。
感染症で苦しんでいる猫たちに手分けしてお水を運んだり、薬を作って飲ませたり大忙しだ。
ぼくたち3匹だけでは、全然手が足りない。
そうだ! グレイさんにも、お手伝いしてもらおうっ!
と思ったけど、グレイさんが集落に入ってきたら、猫たちがビックリしちゃうよね。
それに、グレイさんは薬草を見分けることが出来ない。
だったら、グレイさんに出来ることをお願いしよう。
集落の前まで戻ると、おすわりをして見張りをしているグレイさんに、声を掛ける。
「グレイさん、お願いがあるミャ」
『なんだ? シロちゃんのお願いなら、なんでも聞くぞ』
「猫たちが、腹ぺこさんなのミャ。だから、猫が食べられそうな獲物を狩ってきて欲しいミャ」
『可愛い猫たちが、おなかを空かせているのか。可哀想にな。じゃあ、何を狩ってくればいいのか教えてくれ。猫は、何が好きなんだ?』
「そうだミャ……」
トマークトゥスが食べられても、猫には食べられないものがたくさんある。
ぼくはグレイさんに、イチモツの森の中で狩ったことがある動物を、ひと通り教える。
Phoberomys pattersoni(体長約3m、体重約700㎏の超巨大ネズミ)
Paramys(体長約30~60cmのネズミ)
|Adelobasileus(体長約10~15cmくらいのネズミ)
|Hyracotherium(体長約50cmの小さいウマ)
Gastornis(体長約2.5m、体重約500kgの激重ダチョウ)
|Sivatherium(体長約3m、体重約1250kgの超重量級キリン)
こうして思い出してみると、ネズミを良く食べている気がする。
やっぱり、猫だからネズミが好きなのかな。
「ネズミを狩ってきて欲しいミャ」
『よし、分かった。猫は、ネズミが好きなんだな? 猫たちが喜んで食べてくれるように、いっぱい狩ってくるよ。お土産を、楽しみにしていてくれ。じゃあ、行ってくる』
「は~い、行ってらっしゃいミャ」
グレイさんは張り切って、出掛けて行った。
狩りをするってとても危険だし、体力も気力も凄く使うんだよね。
グレイさんがぼくたちの代わりに狩りをしてくれると、めちゃくちゃ助かる。
ぼくはグレイさんを見送ると、猫たちの看病をする為に集落の中へ戻った。
突然、冷たい風が吹いてきたかと思うと、雨が降り出した。
雨で体を冷やしたら、ただでさえ病気で弱っている猫たちがもっと弱ってしまうっ!
とにかく早く、猫たちを雨が当たらない場所に移動させないと。
周りを見回して、雨風がしのげそうな場所を探す。
だけどぼくはこの集落に来たばかりだから、どこに何があるのかが分からない。
自分で探すより、この集落の猫たちから聞いた方が早そうだ。
「すみません、この集落には雨風がしのげそうな場所はありますミャ?」
「それなら、あっちに、大きな横穴(崖の壁に掘られた穴)があるにゃん」
トビキジ柄の猫が指差した先には、大きな崖壁があった。
岸壁には、大きな穴が開いていた。
「雨が降った時は、みんなであそこに入ることになっているにゃん」
イチモツの集落では雨が降り出したら、イチモツの木の根元へ集まる決まりになっている。
イチモツの木は、「猫神様の木」と信じられている。
「猫神様が守ってくれる」という、言い伝えがあるんだ。
この集落では、横穴に避難するらしい。
そうと決まれば、猫たちを誘導しよう。
自分の足で歩ける猫は、自分の足で横穴へ行ってもらう。
動けない猫は、みんなで力を合わせて運ぼう。
「皆さん、雨が強くなって来ましたミャ! 急いで、横穴へ避難して下さいミャッ!」
ぼくは集落の猫たちに、声を掛けて回った。
猫たちはぼくの指示に従って、横穴へ入って行く。
横穴に避難した猫たちは、冷えた体を温め合うように身を寄せ合ってねこねこだんごになった。
「お父さんとお母さんは、みんなと一緒にここにいてミャ。ぼくは逃げ遅れた猫がいないか、確認して来るね。
「分かったニャ。シロちゃん、気を付けてニャ」
ぼくは横穴を飛び出して、逃げ遅れた猫はいないかと集落を走り回った。
取り残された猫がいないことを確認してから、横穴へ戻った。
「集落の猫は、全員いますミャ?」
「いるにゃん」
ぼくの問い掛けに、さっきのトビキジネコが答えてくれた。
「もしかして、あなたがこの集落の長ですミャ?」
「ワタシが長のトビキジにゃん。仔猫のお医者さん、病気で挨拶とお礼が遅れてしまってすまなかったにゃん。みんなを助けてくれて、ありがとうにゃん」
トビキジはそう言って、優しく微笑んだ。
ぼくが再び外へ出て行こうとすると、後ろからトビキジに呼び止められた。
「どこ行くにゃん?」
「ぼくのお友達が、皆さんの為に狩りをしていますミャ。お友達にも、猫たちがここに避難していることを伝えてきますミャ」
「だったら、ワタシも一緒に行くにゃん。そのお友達にも、ひとことお礼を言わないとにゃん」
「いえ、ぼくだけで大丈夫ですミャ。長は、皆さんと一緒にここにいて下さいミャ。雨に濡れたら、病気が悪くなってしまいますミャ」
「じゃあ、 お友達もここに連れて来てにゃん。みんなで、雨が止むまでここにいたら良いにゃん」
「詳しい事情は話せませんが、ぼくのお友達はここには来られませんミャ。グレイさんが狩ってきてくれた獲物は、ぼくが代わりに持ってきますミャ」
「良く分からないけど、分かったにゃん。じゃあ、そのグレイさんとやらに『ありがとう』と伝えてにゃん」
「分かりましたミャ、伝えておきますミャ」
トビキジは不思議そうに首を傾げていたけど、横穴から出ようとはしなかった。
雨が激しくなってきたから、濡れたくなかったのかもしれない。
ぼくは雨に打たれながら、誰もいなくなった集落から飛び出した。




