第56話 もう全部あいつ一人でいいんじゃないかな
新入り猫たちは環境に慣れてきたようで、寛いでいる様子が見られる。
先住猫たちも、新入り猫たちを受け入れてくれたようだ。
先住猫も新入り猫も入り混じって、身を寄せ合って日向ぼっこしている。
みんな、仲良くなってくれて良かった。
性格が合わない猫がいて、ケンカになったらどうしようって心配していたんだよね。
これで、もう安心だ。
念の為、茶トラ先生と相談して確認を取ってから旅へ出よう。
集落の猫たちを一番よく知っているのは、長の茶トラ先生だからね。
ぼくは、ヨモギの薬を作っている茶トラ先生に駆け寄った。
茶トラ先生はぼくを見ると、手を止めてニッコリと優しく笑う。
「シロちゃん、いつも集落の見回りお疲れ様ニャ~」
「茶トラ先生こそ、お疲れ様ですミャ。最近、猫たちの様子はいかがですミャ?」
「そうだニャ~。ここ最近は、どの猫たちも元気そうニャ~」
「それは、良かったですミャ。お薬作るの、お手伝いしましょうミャ?」
「ありがとうニャ~、助かるニャ~」
ぼくも茶トラ先生の横に座って、ヨモギを石で叩いて潰していく。
作業しながら、話を続ける。
「そろそろ、また旅へ出たいと思っているのですミャ。行ってきても、いいですミャ?」
「もちろん良いニャ~。きっとシロちゃんの助けを必要としている猫たちが、たくさんいるニャ~。困っている猫がいたら、また助けてあげて欲しいニャ~。イチモツの集落は私に任せて、行ってらっしゃいニャ~」
「茶トラ先生、ありがとうございますミャ。これからも旅をしながらたくさんの猫を助けて、いろんなことをいっぱい学びたいと思っていますミャ。茶トラ先生も、どうかお元気でミャ」
「シロちゃんは、とっても偉いニャ~。だけど、くれぐれもムリはしないようにニャ~。ケガや病気に気を付けて、元気で帰って来てニャ~」
茶トラ先生はそう言って、出来た薬を葉っぱのお皿に移してまた新しい薬を作り始めた。
茶トラ先生に別れを告げた後、お父さんとお母さんにも旅へ出ることを伝えた。
グレイさんも旅をめちゃくちゃ楽しみにしているから、早く教えてあげなきゃ。
「グレイさん、お待たせミャ!」
『シロちゃん、待っていたぞ! 今日も、一緒に狩りをしようっ!』
グレイさんは嬉しそうに駆け寄って来て、ぼくに体をすり寄せた。
ぼくもグレイさんに体をすり寄せながら、明るく言う。
「今日は狩りじゃなくて、旅のお誘いに来たミャ。新入りの猫たちはすっかり元気になったし、集落の生活にも慣れたみたいミャ。茶トラ先生にも、『行ってきて良い』って許可をもらったミャ」
『そうか! やっと行けるんだなっ! 旅へ出るのはいつだ? 今日か? 明日か? オレはいつでも行けるぞっ!』
グレイさんは明るい笑顔になって、ちぎれんばかりにしっぽをブンブン振り出す。
本当に、グレイさんは旅が好きだなぁ。
お散歩に行きたくて待ちきれない、わんこみたいだ。
「今日行くつもりミャ。集落のみんなに、お別れのご挨拶をしてくるミャ。それまで、ここで待ってて欲しいミャ」
『ああ、いつ戻って来られるか分からないからな。挨拶は、きちんとしていった方が良いだろう』
「じゃあ、またあとでミャ」
『分かった、待っている』
ぼくはグレイさんと待ち合わせの約束をして、もう一度集落へ戻った。
ฅ^•ω•^ฅ
集落の猫たちにも旅へ出ることを伝えると、別れを惜しまれた。
特に、新入り猫たちの反応はスゴかった。
「仔猫のお医者さん、我々を置いてどこへ行くニィッ?」
「ニャニャッ? もうどっか行っちゃうニャンッ?」
すがりつかれて、ニャーニャー鳴かれてしまった。
「行かないで」って、すがりつかれたら行きたくても行けないじゃん!
だって猫、可愛いんだもんっ!
ぼくが困り果てていると、茶トラ先生がやって来てみんなへ向かって話し出す。
「皆さん、シロちゃんを困らせちゃダメニャ~。シロちゃんはこれから、皆さんのように、困っている猫たちを助ける旅へ出るニャ~。だからみんな、シロちゃんを笑顔で送り出してあげて欲しいニャ~」
茶トラ先生の話を聞いて新入りの猫たちは納得して、ようやくぼくを離してくれた。
さすがは茶トラ先生、説得が上手い。
ぼくはみんなに向かって、別れの挨拶をする。
「いつか必ず戻って来ますから、皆さんもどうかお元気でミャッ!」
「いってらっしゃーいニィ!」
「元気で帰って来てニャン!」
ぼくとお父さんとお母さんは、集落の猫たち全員にお見送りされて、旅立った。
約束していた場所でグレイさんとも合流して、ようやく旅が始まった。
「イチモツの森には猫の集落がいくつもある」と、ミケさんが生前言っていた。
ミケさんは森の中を歩き回って、ほかの集落を探したのだろうか。
それとも宛てもなく森の中を歩いていたら、たまたま辿り着いたのだろうか。
ぼくがイチモツの森の中で見つけた猫の集落は、ふたつだけ。
イヌノフグリの集落の先には、キランソウの集落。
キランソウの集落では、ひと騒動あったんだよね。
ぼくが調子に乗って何度も助けちゃったもんだから、集落の長が「救世主だ」と勘違いしちゃってさ。
ぼくを便利にこき使おうとしたから、お父さんとお母さんを怒らせてしまったんだ。
お父さんとお母さんがキレ散らかしていたから、キランソウの集落にはもう行けない。
まだ行ったことがない、ほかの集落を探そう。
『走査』を使えば、簡単に探せるんだけど。
新しい集落を訪問するだけが、旅の目的じゃない。
前みたいに行く宛てを決めずに、のんびりと気ままな旅を楽しみたい。
ぼくたちは、キランソウの集落とは反対方向へ向かって歩き出した。
ฅ^•ω•^ฅ
4匹で楽しくお喋りしながら、森の中を歩いて行く。
グレイさんがいるおかげか、危険生物と会うことはない。
このあたりで、トマークトゥスに敵う動物は少ないんじゃないかな。
グレイさんは狩りも得意だし、穴を掘るのも上手なんだよ。
夜になると、グレイさんがみんなで入れる巣穴を掘ってくれるんだ。
巣穴に入ると、安心感があって良く眠れる。
もう全部、グレイさんひとりで良いんじゃないかな?
なんでも出来ちゃって、凄く頼もしいんだよね。
だけど、お父さんとお母さんもいてくれないと困る。
お父さんとお母さんがいるだけで、ぼくの猫を愛でたい欲求が満たされる。
犬も可愛いけど、猫の可愛さとは可愛さの方向性が違う。
ぼくは、横を歩いているグレイさんにニッコリと笑い掛ける。
「やっぱり、グレイさんが一緒に来てくれて良かったミャ」
『オレもシロちゃんと旅が出来て、とても嬉しいし楽しいぞ。こうして可愛い猫たちと仲良く旅をするのが、オレの夢だったんだ』
「夢が叶って良かったミャ」
グレイさんも嬉しそうに笑い返して、しっぽを振った。
ฅ^•ω•^ฅ
しばらく森の中を歩いていると、『走査』が自動的に発動した。
『対象:食肉目ネコ科ネコ属リビアヤマネコ』
『病名:猫ヘルペスウイルス感染症』
『処置:ネコインターフェロン、ウイルス治療薬、抗生物質を投与。点眼薬、点鼻薬を点薬。保温して安静ののち、3週間程度で自然治癒』
脳内で浮かんだ文字にハッとして立ち止まり、辺りを見回す。
この近くに、病気の猫がいるらしい。
「ネコインターフェロン」という文字は、前にも見た記憶がある。
でもそんなものは知らないし、手に入らないのである。
ウィルス治療薬も、手に入らない。
点鼻薬って、何?
『点鼻薬の概要:主に、抗ヒスタミン剤、血管収縮薬、ステロイド薬の3種類』
『点鼻薬の薬効:鼻粘膜の血管を収縮させ、充血を取ることにより、鼻づまりを改善する』
鼻づまりを治す薬のことを、点鼻薬っていうのか。
花粉症や風邪の鼻づまりで困っている人が、使っているのを見たことがある。
鼻に直接、薬を入れるんだよね。
『温水の生理食塩水で鼻洗浄することで、鼻づまりを改善することも可能』
森の中じゃ、塩も手に入らない。
塩が欲しかったら海まで行くか、地中の岩塩層を探して掘り出さないと。
この中でどうにかなりそうなのは、点眼薬のアロエと、抗生物質のヨモギくらいかな。
感染症ってことは、1匹じゃ済まないはず。
感染症は近くにいる猫たちにもうつっちゃうから、感染症なんだ。
【猫ヘルペスウイルス感染症とは?】
「猫ヘルペスウイルス」という病原体が原因の猫風邪。
熱、咳、くしゃみ、鼻水、鼻づまりといった、風邪の諸症状が出る。
【ネコInterferonとは?】
猫風邪の治療薬。
早い話が、白血球を強化する薬。
強くなった白血球が、病原体をやっつけてくれるから、風邪が治る。




