第50話 ババーンと参上!
ある夜のこと。
猫たちはそれぞれ巣穴へ戻り、寝静まっていた。
ぼくもお父さんとお母さんの猫毛に埋もれて、眠っていた。
だけど、何故かふと目が覚めた。
お父さんとお母さんの間から抜け出し、巣穴から顔を覗かせる。
空を見上げると、たくさんの星が瞬いていた。
ぼくは星座に詳しくないから、どれが何座とか全然分からない。
『走査』に聞けば教えてくれるんだろうけど、ぼくは星座に興味がない。
そういえば、クラスメイトに星座に詳しい子がいたっけ。
いつも星座図鑑を持ってて、「将来は天文学者になりたい」と言っていた。
あの子は、夢を叶えられただろうか。
猫に転生してしまったぼくは、もう知ることが出来ない。
夜風を浴びたら体が冷えて、急に催してきた。
巣穴を出て、集落共同の砂場へ向かう。
すると、数匹の猫たちが猫会議をしていた。
猫たちは輪になって座って、毛づくろいをしたりうたた寝したりしている。
猫会議に参加していたサビネコのサビさんが、ぼくに話し掛けてくる。
「シロちゃん、こんばんはニャア。こんな夜中に、ひとりで出歩いたら危ないニャア」
「おしっこに行きたくなって、起きちゃったんですミャ」
「あらら、それは呼び止めちゃってごめんニャア」
猫会議に集まっていた猫たちも、「漏らす前に行っておいで」と笑った。
ぼくも笑い返して、砂場へ急いだ。
用を済ませて戻って来ると、ぼくも猫会議に混ざってみる。
「皆さん、最近、ケガとか病気とかしていませんミャ?」
「オレは最近、目が痒かったり、くしゃみや鼻水が止まらなくなったりして、大変ニャン。でも、シロちゃんが薬をくれたおかげで、だいぶ楽になったニャン」
「花粉症は春が終わるまで大変ですけど、気長に治療しましょうミャ」
そんなことを、和やかに話していた時だった。
どこからともなく天敵の嫌な臭いが漂ってきて、低い唸り声がいくつも聞こえてくる。
マズい! 集落が、何かの群れに狙われているっ!
闇の中でギラギラと光る、いくつもの目。
荒い息遣いの音が、聞こえてくる。
あれは何か教えてっ! 『走査』!
『対象:肉歯目ヒアエノドン属ヒアエノドン』
『概要:肉食哺乳類。小型のヒアエノドンは夜間に集団で狩りをし、大型は日中に単体で狩りをする』
夜に群れで現れたってことは、小型のヒアエノドンか。
ヒアエノドンの群れは、ぼくたちを食べようとしているんだ。
「みんなー! 起きてミャーッ! ヒアエノドンが集落を襲おうとしてるから、早く逃げてミャーッ!」
ぼくは叫びながら、集落を駆け回る。
猫会議に参加していた猫たちも大慌てで巣穴へ向かい、寝ている猫たちを起こす。
騒ぎを聞きつけた成獣たちは、仔猫たちを咥えて逃げ出した。
巣穴の側には、大きな岩壁がある。
岩壁ってのは、壁のように険しく切り立った巨大な岩のこと。
この岩壁は防壁代わりで、これがあるおかげで、外敵から襲われにくくなる。
集落が天敵に襲われた時は、この岩壁を登って逃げるんだ。
ぼくたちが逃げ出すと、闇にひそんでいたヒアエノドンの群れが、集落へ飛び込んで来た。
鋭く長い牙が生えたハイエナみたいな動物たちが、吠えながら追い掛けて来る。
あんなのに噛まれたら、タダでは済まない。
「シロちゃん、逃げるニャッ!」
巣穴から飛び出してきたお母さんが、ぼくの首根っこを咥えて岩壁を駆け登る。
お父さんは他の巣穴に飛び込み、仔猫を救い出して素早く岩崖を登って行った。
長老のミケさんも、他の猫たちの助けを借りながら登った。
なんとか集落の猫全員が、岩壁の上へ避難出来た。
ヒアエノドンの群れは岩壁の下で、「降りて来い」とばかりに吠えている。
ヒアエノドンは頭が馬のように縦長で、首が短く胴体が長く、足が短い。
そのバランスの悪い体格のせいか、岩壁を登れないらしい。
4匹のヒアエノドンはおなかが空いているのか、しぶとく吠え続けている。
ぼくたちを食べるまで、諦めないつもりらしい。
ぼくたちは岩壁の上で身を寄せ合って、ヒアエノドンたちが諦めてくれるまで待つしかない。
そう思った、その時。
「ワォォォオオオオオオン」と、オオカミのような遠吠えが聞こえてきた。
その声を聞いて、猫たちは恐れおののいて体を跳ねさせた。
いや、猫だけではない。
岩壁の下にいた、ヒアエノドンたちもおどおどした様子で辺りを見回している。
まもなく、何かの足音が近付いて来る。
ヒアエノドンたちの後ろから現れたのは、1匹のトマークトゥスだった。
ヒアエノドンに続いて、トマークトゥスまでっ!
いや、あれは……?
そのトマークトゥスは、首から石のナイフを下げていた。
あれは、ぼくがグレイさんにあげた最後のプレゼント。
あのトマークトゥスは、グレイさんだっ!
ぼくは、グレイさんに向かって大きく手を振る。
「グレイさん!」
『待たせたな、シロちゃん! 今コイツらを追い払ってやるから、もうちょっとだけそこで待っていてくれっ!』
グレイさんはこちらを見上げてニッコリと笑うと、ヒアエノドンたちに向き直る。
低い唸り声を上げるグレイさんに、ヒアエノドンたちは怖気付いた。
まもなく、情けない鳴き声を上げながら逃げていった。
逃げ去ったヒアエノドンを見て、猫たちは驚いている。
ぼくは岩壁から降りて、グレイさんに飛び付く。
「グレイさん! ありがとうミャッ! でも、どうして助けに来てくれたミャ?」
『言っただろう? シロちゃんだけは、絶対に守ると』
「新しい番と縄張りと群れを作る為に、ここを離れるんじゃなかったミャ?」
グレイさんとお別れしてから、1ヶ月くらい経っている。
トマークトゥスの足が、どれだけ早いかは知らないけど。
1ヶ月もあれば、かなり遠くまで行けるはずだ。
にもかかわらず、なんでまだこんなところにいるのか?
問い詰めると、グレイさんは、気まずそうに言い淀む。
『あ~……、まぁ、それが、その、なんだ……。あんなカッコイイ別れ方をしたのに、情けない話なんだが……。シロちゃんを愛するあまり、どうしても諦めきれなくて。このあたりを、ずっとウロウロしていたんだ』
「なるほどミャ。でも、グレイさんが来てくれたおかげで、助かったミャ」
『どういたしまして。いや、すまない。オレがいたら、猫たちが怯えてしまうな。じゃあ、またな』
グレイさんが岩壁の上にいる猫たちを見ると、悲しそうに笑って集落から出て行った。
「ちょっと、グレイさんとお話ししてくるミャ!」
岩壁の上にいる猫たちにそう言い残すと、ぼくはグレイさんの後を追った。
「グレイさん、待ってミャッ!」
『シロちゃん! ついてきちゃダメじゃないかっ! 早く集落へ戻るんだっ!』
ぼくが呼び留めると、グレイさんは足を止めて振り向いた。
グレイさんは叱ってくるけど、めちゃくちゃ分かりやすくしっぽをブンブン振っている。
「ぼくもずっと、グレイさんと会いたかったミャ。あったかくなったら集落を出て、グレイさんに会いに行こうと思っていたミャ」
『そんなにも、オレのことをっ? オレも会えなかった間、シロちゃんのことを想い続けていた! やっぱり、オレたちは深く愛し合っていたんだなっ!』
グレイさんは、喜びと驚きが入り混じった顔で、ぼくを抱き締めて顔をペロペロと舐め始めた。
ぼくも嬉しくて、喉を鳴らしながらスリスリする。
「もう少しあったかくなったら、お父さんとお母さんと4匹で旅へ行こうミャ」
『愛するシロちゃんと一緒なら、オレはどこまでも行ける』
「グレイさんが来てくれたら、とっても心強いミャ」
『オレは絶対に、シロちゃんを守り抜いてみせる。もちろん、お父さんとお母さんもな』
「ありがとうミャ」
『シロちゃんと旅に出られる日を、楽しみにしている。それまで、しばしお別れだ。また会おう』
「うん、待っているミャ」
グレイさんは背を向けて歩き出そうとして立ち止まり、戻って来る。
首を傾げながら、不思議そうな顔で聞いてくる。
『その“あったかくなったら”ってのは、いつだ?』
言われてみれば、自分でもかなり適当すぎたと、反省する。
「タンポポの花が咲いたら、迎えに来てミャ」
『タンポポ?』
「このくらいの大きさで、ふわふわした黄色い花が咲くミャ」
ぼくは地面に絵を描いて、タンポポの特徴を説明した。
『分かった。そのタンポポという花が咲いたら、迎えに来る。では、またな、シロちゃん』
グレイさんは嬉しそうに笑うと、弾むような足取りで走り去って行った。
【Hyaenodonとは?】
今から5500万年くらい前に生息していたと言われている、肉歯目。
肉歯目は、すでに絶滅している。
ライオンやオオカミの祖先が生まれる前までは、最強だったらしい。
見た目は、ハイエナに似ている。
推定体長約120cm
推定体重約15kg
【蒲公英とは?】
3月~5月に、黄色い花を咲かせるキク科の雑草。
花や若葉や茎は、茹でたり炒めたり、天ぷらなどにすると食べられる。
根っこは乾燥させると、タンポポ茶になる。
タンポポ茶を焙煎すると、ノンカフェインのタンポポコーヒーになる。
刺身に添えられているタンポポは、「食用菊」
花びらをちぎって、薬味として刺身と一緒に醤油に付けて食べるのが粋とされる。
道端に生えている、西洋タンポポとは別物。
薬草としては、解毒作用、胃を元気にする、解熱、利尿作用などがある。




