第42話 お医者さんの使命
「みんな! あのトマークトゥスは虫歯で弱っているから、集落には襲いませんミャッ!」
ぼくは集落のみんなに、例のトマークトゥスが襲ってこない理由を説明した。
だけど、誰も信じてくれなかった。
そりゃそうか、だって天敵だもん。
どんなに襲ってこないと言われても、怖いものは怖い。
ぼくだって、怖いもん。
あのトマークトゥスには悪いけど、早くいなくなってくれることを願うしかない。
ฅ^•ω•^ฅ
翌日。
戻って来た偵察部隊が、嬉しそうな顔で報告する。
「今日は、トマークトゥスの姿は見つからなかったニャー」
それを聞いた集落の猫たちは、「良かった良かった」と喜んだ。
みんなホッとした顔で、あったかい場所で猫団子になってお昼寝し始める。
よっぽど眠かったらしく、すぐにスヤスヤと寝息を立て始めた。
あのトマークトゥスは、集落を襲うのを諦めてどこかへ行ったのか。
それとも、ついに力尽きたのか。
何はともあれ、これでトマークトゥスに怯える必要はなくなった。
でも、これで本当に良かったのだろうか。
偵察部隊がどこまで調べたのかは、ぼくには分からない。
たぶん集落の周りを、木の上から軽く見ただけじゃないかな。
茂みの中や動物の巣穴の中までは、調べていないと思う。
偵察部隊を警戒して、どこかに隠れているかもしれない。
やっぱり気になるから、あのトマークトゥスを探してっ! 『走査』
『走査開始』
『対象:食肉目イヌ科イヌ属トマークトゥス』
『個体名:グレイ』
『病名:齲蝕、および、歯冠破折。飢餓状態により、意識不明』
『位置情報:直進600m、右折90m、直進300m』
見つけた!
良かった、まだ死んでなかった。
トマークトゥスは、おなかが空きすぎて、死にそうになっているらしい。
今すぐ助けに行けば、まだ間に合うかもしれない。
いや、助けていいのか?
相手は、天敵のトマークトゥスだぞ?
助けるべきなのかな?
助かる命を見捨てるのは、お医者さんとして間違っている気がする。
助けられないとしても、トマークトゥスの様子だけ見に行きたい。
だけど、みんなに言ったら絶対止められる。
仕方がない、黙って行くか。
みんなに見つからないように隠れながら、集落から飛び出した。
ぼくは集落を飛び出すと、『走査』の案内に従って走り出した。
『目的地周辺に到着。案内終了』
その言葉を最後に、『走査』の案内は終わった。
どうやら、この辺りにトマークトゥスがいるらしい。
キョロキョロと周りを見回すと、1匹のトマークトゥスが草むらの中でぐったりと倒れていた。
イチモツの集落からここまで、1km近く離れている。
たぶん偵察部隊は、集落の周りしか見回りをしていないから気付かなかったんだ。
そろりそろりと近付いて、様子を見る。
一見すると寝ているみたいで、ちゃんと息もしているから生きているっぽい。
改めて見ると、やっぱりトマークトゥスって大きいなぁ。
ぼくが生後3ヶ月の仔猫サイズだから、なおさら大きく見えるのかもしれないけど。
大きさを比べたら、軽く5倍以上はあるぞ。
トマークトゥスの顔を、こんなに近くで見たのは初めてだ。
こうして見ると、大きい犬って感じ。
猫は可愛いけど、犬はカッコイイな。
おっと、こんなことしている場合じゃなかった。
このまま放っておいたら、死んじゃう。
ごはんを食べさせてあげれば、良いんだよね。
トマークトゥスって、何を食べるの?
『主に肉食。有蹄類、齧歯類、魚類、一部の野菜と果物』
やっぱり、肉が好きなのか。
猫と違って魚や野菜や果物も食べられるのか、羨ましい。
猫って、意外と食べられるものが少ないんだよね。
人間と違って甘味も感じられないし。
魚は美味しく食べられるけど、体が受け付けてくれなくて病気になっちゃう。
人間だった頃は、なんでも美味しく食べられたのに……。
でも、歯がないと食べられないよね?
『トマークトゥスは、食べ物を噛まずに丸呑みする習性がある為、歯がなくても食べることは可能』
なるほど、猫と同じで噛まずに呑み込んじゃうタイプか。
猫の歯も、獲物の肉を噛み切る為にあるんだよ。
ってことは、呑み込めるサイズに小さく切ってあげれば食べられる。
だったらぼくでも狩れそうな小動物を狩って、食べさせてあげよう。
トマークトゥスが食べられそうな果物も、あったら探そう。
トマークトゥスが、どれだけの量を食べるかは分からないけど。
体が大きいから、たくさん食べるよね?
出来るだけ、たくさん狩った方がいいかな?
もしトマークトゥスが目を覚ましても、歯が折れているから襲われる心配はないだろう。
よし、さっそく獲物を狩ってこよう!
倒れているトマークトゥスをその場に残して、ぼくでも狩れそうな小動物を探す。
狩りは、自分の実力で狩りたいんだよね。
『走査』にお願いすれば、どこにどんな動物が何匹いるかまで、正確に分かるんだけど。
それじゃ、攻略本を読みながらゲームやるみたいで、つまらない。
自分の耳で獲物の足音を聞き、鼻で臭いを嗅ぎ分け、勘で気配を感じる。
目で動きを捉え、獲物の隙を突いて、追い詰めて仕留める。
自分自身の力で、狩りをした時の達成感が最高なんだよ。
自分で狩った肉の味は、ひと味違う。
これが正しい狩りというものだと、ぼくは思っている。
出来る限り、狩りで『走査』には頼りたくない。
これは、ぼくなりのこだわり。
食べられる野草や果物の見分け方は難しいから、必要な時は頼るけど。
ฅ^•ω•^ฅ
そんなこんなで、パラミス(体長30~60cmのネズミ)を10匹ほど狩ってきた。
あとは、食べられる薬草も採ってきた。
トマークトゥスが食べられそうな木の実も探したんだけど、見つからなかった。
それもそのはず、木の実が成る季節は、ほとんど夏~秋。
冬に成る実は、毒があって食べられないものが多い。
冬の木の実を食べられるのは、鳥くらい。
鳥だけが冬の木の実を食べられるのは、種を遠くへ運んでもらう為なんだよ。
さて、今度はパラミスを食べられる大きさに切らなきゃ。
まずは、パラミスを解体する為に河原へ運ぶ。
続いて、河原で拾った平べったい石を砥ぐ。
河原の石は水を掛けながら平たい石にこすり付けて砥ぐと、石のナイフが出来る。
さすがに、包丁みたいに切れ味は良くないけどね。
石の刃を使って、パラミスをひとくちサイズに小さく切っていく。
包丁みたいに切る感じじゃなくて、細い骨ごと叩き切るって感じ。
なんだか、料理しているみたいな気分。
そういえば、調理実習以外では料理ってしたことないかも。
家でも、料理をしたことはなかった。
料理なんてしようものなら、お母さんに怒られるから。
猫になってから、石で薬草を叩いて薬を作るようになった。
でも、料理と薬を作るのは全然違うよね。
よし、パラミスの盛り合わせが出来たぞ。
一番の問題は、どうやってトマークトゥスに肉を食べさせるかだ。
眠っている相手に、食べさせることは難しい。
口を開けさせようにも、仔猫の力ではとても無理だ。
ぼくとコイツじゃ、体の大きさが違いすぎる。
起こして、自分で食べてもらうしかない。
肉を鼻先まで持って行ったら、匂いで起きてくれないかな?
試しに、パラミスの肉をトマークトゥスの顔の側に置いてみる。
「お願い、起きてミャ~! 食べないと、死んじゃうミャ~ッ!」
なんとかして起こそうと、トマークトゥスの顔を肉球でプニプニして何度も声を掛け続けた。
しばらくすると、トマークトゥスの鼻がヒクヒクと動いてゆっくりと目を開けた。
まんまるい金色の目は、とっても綺麗だった。
目を開けた直後、驚いたように「ウォンッ!」と一声鳴いた。
起きた時に、目の前に猫がいたら誰だってビックリするよね。
トマークトゥスに猫語が通じるか分からないけれど、構わず話し掛ける。
「君、おなかが空いているミャ? だから、君の為にお肉をいっぱい狩ってきたミャ。これ食べて、元気になってミャ」
トマークトゥスは足元に置いてある肉の山を見て、よだれを垂らしてしっぽをブンブン振り出す。
ガマン出来なくなったのか、ガツガツと食べ始めた。
少し離れたところから、トマークトゥスが食べる様子を見守る。
ひとくちサイズに小さく切っておいたから、食べられたみたい。
これでしばらくは、おなかが空いて死んじゃう心配はなくなったはず。
よし、やることはやった。
あとは、自力でなんとかしてね。
これからは、番や群れの仲間に助けてもらうんだよ。




