第41話 這い寄る天敵
「大変ニャアァアアアァァアアアァァァァ~ッ!」
狩りに行っていたサビネコのサビさんが、慌てふためきながらイチモツの集落へ帰って来た。
猫団子になっていた猫たちは、「にゃんだにゃんだ?」と不思議そうな顔をしている。
ぼくは猫団子の中から這い出して、サビさんに近付く。
その場に寝転がって、ゼーハーと全身で息をしているサビさんに問う。
「サビさん、どうしたんですミャ?」
「集落近くに、トマークトゥスがいたんだニャアッ!」
「「「「にゃ、にゃんだってーっ!」」」」
その言葉を聞いた直後、猫たちは飛び上がって驚いた。
みんなその名を聞いただけで、戦々恐々している。
トマークトゥスはオオカミみたいな動物で、ぼくたち猫の天敵。
旅の途中で、トマークトゥスの群れに集落を襲われた猫たちがいた。
トマークトゥスの群れに、傷付けられた猫たちとも会った。
ぼく自身も、トマークトゥスの群れに追い掛け回された。
トマークトゥスの恐ろしさは、身に染みて思い知っている。
そのトマークトゥスが、イチモツの集落の近くにいるっ?
「サビさん、トマークトゥスの群れがいたんですミャ?」
「いや、1匹だけニャア。集落の周りを、ウロウロ歩き回っていたニャア」
オオカミは、3~11匹の群れを作ると言われている。
オスのオオカミは成獣になると群れを出て、別の場所へ縄張りを作る。
新しい番(夫婦)を見つけ、新しい群れを作る。
群れを出たばかりで番がいないひとりぼっちのオオカミを、「一匹狼」と呼ぶ。
もしかしたら、群れから出たばかりの一匹狼なのかもしれない。
おなかを空かせた一匹狼が、ぼくたちを食べようとしているのかもしれない。
オオカミは、弱い獲物を真っ先に狙う。
仔猫、老猫、病気やケガで弱っている猫が狙われやすい。
危機感を覚えたらしいお母さんが、ぼくをギュッと抱き締める。
「シロちゃん、危ないから集落から出ちゃダメニャッ!」
「ぼくも、トマークトゥスは怖いミャ」
ここ最近は茶トラ先生と一緒に、集落の周りで薬草探しをしていたけど。
一匹狼がウロウロしている間は、薬草探しをお休みしよう。
ぼくたちの天敵であるトマークトゥスが、イチモツの集落の周囲をウロついている。
それだけで、心穏やかではいられない。
話し合いの結果、木登りが上手な猫たちが集落の周囲を偵察(敵の動きをこっそり探る)することになった。
狩りが上手なお父さんも、偵察部隊に入った。
偵察部隊の猫たちは、高い木から木へと飛び移って周囲の見回りへ行った。
集落に残った猫たちも集落のまんなかに集まって、厳重警戒(危ない目に遭わないように、注意すること)している。
仲良く猫団子になってお昼寝なんて、気分じゃない。
みんなイカ耳になって、落ち着きなくキョロキョロと周りを伺っている。
ぼくも不安と恐怖で、緊張しっぱなし。
サビさんが見たトマークトゥスは、1匹だけだったらしいけど。
もしかしたら、群れが近くにいるかもしれない。
最悪、集落が滅ぼされる可能性もある。
一匹狼だったとしても、油断は出来ない。
天敵に狙われたら、逃げるしかない。
逃げ切れなければ、死あるのみ。
仲良しの猫たちが襲われて死ぬ想像をしてしまい、ゾッとする。
可愛い猫が傷付けられるなんて、考えるだけでも胸が締め付けられる。
野生の猫は、いつでも生きるか死ぬかのギリギリのところで生きている。
ぼくが今まで生きてこられたのは、優しい猫たちが助けてくれたから。
ぼくひとりだったら、とっくに死んでいる。
ฅ^•ω•^ฅ
しばらくして、偵察部隊の猫たちが戻って来た。
「サビさんの言う通り、トマークトゥスは1匹だけだったニャ。集落を、じっと見つめていたニャ」
お父さんが偵察の報告をすると、みんなは「群れじゃなくて良かった」とホッとした。
だからといって、安心は出来ない。
例え1匹でも、集落の近くにいることが問題なんだ。
トマークトゥスは、ぼくたちの動きを伺っているんだ。
猫は肉食動物だから、狩りをしなければ何も食べられない。
狩りをするには、集落から出なくてはならない。
集落から出てきたところを、ガブリとやられてしまう。
トマークトゥスにとって、猫の集落は餌場(肉食動物がごはんを食べられる場所)のようなもの。
ぼくたちが全滅するまで、集落から離れる気はないだろう。
イチモツの集落が滅んだとしても、トマークトゥスは困らない。
次の餌場を探せば良いだけだから。
ฅ^•ω•^ฅ
トマークトゥスが目撃されてから、数日。
今のところ、集落の猫が襲われたという話は聞かない。
毎日集落の猫の数を確認しているけど、1匹も減っていない。
偵察部隊によれば、トマークトゥスは今も集落の周りをウロついているそうだ。
ぼくたちを襲うことなく、ただじっとこちらを見つめているらしい。
あのトマークトゥスはなんで、襲ってこないのかな?
この辺りを、自分の縄張りにしようとしているんじゃないのか?
アイツは、何を考えているのだろう?
ひょっとしてアイツは、群れから追い出されちゃった「はぐれオオカミ」なのかな?
オオカミの群れは上下関係がハッキリしていて、強い絆で結ばれているらしい。
その一方で、群れには厳しいルールがあるという。
ルールを守れないオオカミは、群れから追い出されちゃうんだって。
もしかすると、あのトマークトゥスは「はぐれオオカミ」なのかもしれない。
「はぐれオオカミは弱い」という、残念な話もある。
実はあのトマークトゥスは弱いから、集落を襲いたくても襲えないのかもしれない。
だったら早く諦めて、さっさとどこかへ行ってくれないかな?
アイツがいるだけで、集落の猫たちは怯え続ける日々を送っている。
恐怖で十分な睡眠が摂れなくて、体調を崩す猫も出てきた。
猫にとって睡眠は、何よりも大切。
睡眠が摂れないと、猫も病気になってしまう。
猫も睡眠不足になると、目の下にクマが出来るんだよ。
どうにかして、あのトマークトゥスを追い払う方法はないだろうか。
ああ、アイツと話が出来たら良いのに……。
そんなことを考えながら、集落の外へ目を向けた時。
『走査』が発動して、いつものように頭の中に文字が浮かび上がる。
『対象:食肉目イヌ科イヌ属トマークトゥス』
『概要:群れから追い出された個体』
『病名:齲蝕、および、歯冠破折』
『処置:歯垢と齲蝕部分を除去後、充填剤を詰めて修復。あるいは抜歯。歯磨きを習慣化』
そっかアイツ、歯が痛くて狩りが出来なかったんだ。
すぐ目の前に獲物がいるのに、食べたくても食べられない。
きっと何日も食べてなくて、おなかがペコペコのはずだ。
あのトマークトゥスは、近いうちに飢えて死ぬに違いない。
そう思ったら、ちょっと可哀想に見えてきた。
かと言って、アイツを助けることも出来ない。
アイツは狩るもの、ぼくたちは狩られるもの。
ぼくたちの間には、越えられない種族の壁がある。
【Tomarctusとは?】
今から2300万年~1600万年前に生息していたといわれている、オオカミの祖先。
推定体長約150cm
体高約90cm
体重約50kg
【野生動物も虫歯になるの?】
野生動物は普通、砂糖が入った甘いお菓子を食べないから虫歯にならない。
狩りで口の中をケガしたり歯が折れたりした場合は、傷から菌が入って虫歯になることがある。
野生動物が虫歯になると、ごはんが食べられなくなって死んでしまうと言われている。




