第37話 やってみせ
猫は文字を書けないし、読めない。
何かを伝えようと思ったら、実際に目の前でやってみせて口頭で伝える(口で説明して教える)しかない。
「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、褒めてやらねば、人は動かじ」という有名な言葉もある。
落ちていた木の棒を1本拾い、地面に線を引いていく。
線を引くぼくを見て、猫たちは不思議そうに首を傾げた。
「シロちゃん、何してるニャー?」
「集落の皆さんが水を飲めるように、川を引くんですミャ。皆さんにも手伝って頂きたいのですけど、お願い出来ますミャ?」
「なんだか分からないけど、シロちゃんの頼みならなんでもやるニャーッ!」
お父さんが張り切り出すと、他の猫たちも「やるニャーッ!」と、やる気満々の声を上げた。
「皆さん、ありがとうございますミャ。ぼくが引いたこの線に沿って、溝を掘っていって下さい」
「こんな感じで」と、水路を掘って見せた。
「この水路を集落まで掘り進めて、川を作りますミャ」
「そのくらい、お安い御用ニャーッ!」
猫たちにも分かりやすいように、ひとつずつ説明しながらやって見せた。
猫たちはぼくの指示に従って、水路を掘っていく。
集落くつろいでいた猫たちも、土木工事(道や川などを作る作業)を見て「なんニャなんニャ?」と集まって来る。
集まって来た猫たちに、質問する。
「皆さんに教えて頂きたいのですが、この集落で一番日当たりの良い場所はどこですミャ?」
「ここニャン」
猫たちはある場所の地面を、ポンポンと叩いた。
日向ぼっこが大好きな猫たちは、あったかい場所を知っている。
教えてもらった地面を触ってみると、確かにあったかい。
ここに池を作れば、太陽光で水があったまるはずだ。
「ではここに、水飲み場の池を掘りましょうミャ」
「このくらいで」と、棒で丸く線を引いた。
水飲み用の池なので、大きな穴じゃなくて良い。
丸まった成猫1匹分くらいの大きさがあれば、充分じゃないかな。
猫たちに池用の穴を掘ってもらい、水飲み場が完成。
引き続き、排水路を掘り進めてもらって下流の川へ繋げた。
そんなこんなで、工事は半日くらいで終わった。
あとは、川の水を引くだけだ。
川と水路を繋げると、水が流れていく。
猫たちは「ニャーッ!」と歓声を上げて、流れる水を追いかけていく。
はい、可愛い。
池に水が溜まるのは、少し時間がかかった。
池の水がいっぱいになると排水路へ水が流れて、下流へ戻っていく。
これで一応、予想通りのものが出来たかな?
作ったばっかりだから、今は水が茶色く濁っているけど。
しばらくすれば、綺麗な水に入れ替わっていくだろう。
あとは池の水が、あったまってくれるかだな。
ฅ^•ω•^ฅ
池を作った、翌日。
池の様子を見に行くと、昨日は茶色く濁っていた水が綺麗に透き通っていた。
よし、これなら飲めそうだ。
さっそく飲んでみると、太陽光であっためられたおかげで冷たくない。
お日様の力って、スゴイ!
あとは、猫たちがこの水を飲んでくれるかだ。
「皆さん、新しい水飲み場が出来ましたミャ! 飲みに来て下さいミャッ!」
ぼくが呼びかけると、猫たちが集まって来る。
「昨日は飲んじゃダメって言ってたけど、今日は飲めるニャオ?」
「水路と池の土が落ち着いて、水が綺麗になったので、今日から飲めますミャ」
「やったニャニャ! やっとお水が飲めるニャニャッ!」
「待ってたニャ~ン!」
喉が渇いていたのか、猫たちは池の水を飲み始める。
「ニャニャッ? お水が、冷たくないニャニャ!」
「これなら、飲めるニャオッ!」
「仔猫のお医者さん、ありがとニャ~ンッ!」
猫たちは喜んで、水を飲んでくれている。
これで、ひと安心。
脱水症状も下部尿路疾患も、冷たい水によるゴロゴロピーちゃんも予防出来る。
あとは、下部尿路疾患になっている猫たちにカモミールの薬を飲ませよう。
その後、この周辺に生えている薬草の見分け方と薬の作り方を教えた。
前にこの集落を訪れた時は、キランソウしか教えなかったからな。
ひと通り教え終えたところで、集落の長が感激した様子でガバッと抱き着いてくる。
「やっぱり君は、この集落の救世主ナォ! 君はずっとここにいて、我々を助けるナォッ! もう、絶対離さないナォッ!」
モノスゴい強い力で抱き締められて、めちゃくちゃ痛くて苦しい。
「ぼくは、救世主なんかじゃありませんミャーッ!」
ぼくの悲鳴を聞いたお父さんが、すぐに長を取り押さえてくれた。
お母さんは、ぼくを抱っこして助けてくれた。
「シロちゃんを、離すニャーッ! こんな集落には、もう二度と来ないニャーッ!」
「シロちゃん、早くイチモツの集落へ帰るニャッ!」
お父さんとお母さんはめちゃくちゃ怒って、ぼくの首根っこを咥えて集落から飛び出して行った。
長は、走り去って行くぼくたちを未練がましい(諦めきれない)顔でいつまでも見つめていた。
ฅ^•ω•^ฅ
キランソウの集落の猫たちとは、ろくに挨拶も出来ずに出てきてしまった。
長が、ぼくたちを追って来ることはなかった。
他の猫たちに、引き止められたのかもしれない。
お父さんとお母さんが怒る気持ちは、よく分かるんだよね。
長は、ぼくを便利に使おうとしていた。
逆の立場で、お父さんとお母さんが利用されたらぼくだってめちゃくちゃ怒る。
でもきっと、長は悪い猫じゃないと思う。
悪い猫だったら、長として認められないはずだし。
ぼくを必要としたのも、自分の集落を大切に思っているからこそだと思う。
ぼくだって生まれ故郷であるイチモツの集落を、とても大切に思っている。
旅の間だって、イチモツの集落のことを考えない日はなかった。
イチモツの集落の猫たちが、苦しんでいたり困っていたりしたら絶対に放っておけないし、1匹残らず助けたい。
だから、長を責める気にはなれないんだよね。
だけど、お父さんとお母さんがスゴく怒っているから、たぶんもうキランソウの集落へ立ち寄ることはないだろう。
ฅ^•ω•^ฅ
それからしばらく、3匹だけの旅が続いた。
川に沿って、川上へ向かって歩いて行く。
キランソウの群生地へ11匹の猫を移動させる時も、この川に沿って川下へ向かって歩いたっけ。
このまま川上へ向かうと、毒虫が好む植物の群生地(いっぱい生えている場所)に入ってしまう。
「この先には、毒虫がいっぱいいて危ないミャ!」
「そうなのニャー? だったら、違う道を通るニャー」
「シロちゃんは、スゴいニャ。全然分からなかったニャ」
毒虫が巣食う森は、避けて行くことにした。
危うく、毒虫の縄張りに入ってしまうところだった。
危ない危ない。
入る前に思い出せて良かった。
毒か……。
毒も使い方によっては、薬になる。
猛毒のトリカブトも、正しく使えば漢方薬となる。
しかし、毒性を持つ薬は扱いがとても難しい。
ほとんどの毒は、触るだけでも危ない。
ぼくみたいなシロウトが、手を出して良いものじゃない。
どんなに良い薬だって使い方を間違えたら、ケガや病気を悪化させてしまう。
最悪の場合、死なせてしまうかもしれない。
それに毒がなくても、虫には触りたくない。
やっぱり、毒虫を薬にしようなんて考えは捨てよう。
【「やってみせ」とは?】
「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、褒めてやらねば、人は動かじ」
「話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず」
「やっている、姿を感謝で見守って、信頼せねば、人は実らず」
これは、大日本帝国海軍元帥海軍大将、山本五十六の格言。
この格言は、警察予備隊、保安隊、自衛隊の教育方針として、現在も引き継がれている。
山本五十六は軍人としてだけではなく、教育者としても優れた人物だったと言われている。
ちなみに「元帥海軍大将」は、海軍で一番偉い階級。




