第35話 別れと再会
灰白猫は、一日中寝てばかりでほとんど動かない。
たぶん病気で体が弱っていて、動くのもしんどいのだろう。
たまにふらりと起き上がると、川へ行って水をたくさん飲んでいた。
ぼくが「出来るだけ側にいて」と言ったから、灰ブチ猫は灰白猫にずっと寄り添っている。
灰ブチ猫は、ボサボサになった灰白猫の毛づくろいをしている。
おかげで灰白猫の毛並みは、綺麗になった。
時々灰白猫は目を覚ますと、せっせと毛づくろいする灰ブチ猫を見て幸せそうに笑う。
「灰ブチちゃん、毛づくろいしてくれてありがとうナ~ウ」
「おばあちゃん……」
「おやおや、灰ブチちゃんそんな顔して、どうしたナ~ウ? 悲しいことがあったら、おばあちゃんに話してナ~ウ」
灰白猫は灰ブチ猫を抱き寄せて、よしよしと頭と背中を撫でた。
灰ブチ猫は灰白猫の毛に顔を埋めて、思い切り甘えている。
生きているうちに、たくさん甘えたら良い。
死んでしまったら、出来なくなってしまうから。
ふたりのやりとりを見ていると切なくなるから、黙ってその場から離れた。
ふたりを見ていたら、ぼくもお父さんとお母さんに甘えたくなった。
周囲を探すとお父さんとお母さんは、のんびりと日向ぼっこをしていた。
「お父さん、お母さん、ぼくも一緒に日向ぼっこするミャ!」
「おや、シロちゃん、灰白さんのお世話はいいのかニャー?」
「今は、灰ブチさんとお話ししているから、邪魔しちゃいけないと思ってミャ」
「じゃあ、シロちゃん、私たちと一緒にお昼寝しましょうニャ」
「ミャ!」
お母さんが「おいでおいで」と、手招きする。
ぼくは迷わず、お母さんに抱き着いた。
もふもふふわふわの毛に、顔を埋めて猫吸いした。
やっぱりお母さんは、お日様の匂いがする。
ゴロゴロと喉を鳴らして、スリスリして思い切り甘える。
お父さんとお母さんもゴロゴロと喉を鳴らしながら、毛づくろいしてくれた。
あったかくて気持ちが良くて、とっても幸せ。
灰ブチ猫も今はきっと、ぼくと同じ気持ちだろう。
もうすぐこの幸せがなくなるかと思うと、スゴくツラいと思う。
「灰白猫が少しでも長生きしますように」と、願わずにはいられなかった。
ฅ^•ω•^ฅ
灰白猫の縄張りを、旅立つ日がやって来た。
灰白猫が心配だけど、きっと灰ブチ猫が最期を見届けてくれるだろう。
ぼくは、イチモツの集落へ帰らなくてはならない。
灰白猫を見ていたら、長老のミケさんと会いたくなった。
ミケさんもお年寄りの猫だし、元気で暮らしているかどうか心配なんだよね。
もしかしたら今頃、病気で苦しんでいるかもしれない。
イチモツの集落にいた頃は、まだ『走査』の使い方があまり分かっていなかった。
『走査』の扱いに慣れた今は、民間療法レベルならケガも病気も治せるようになった。
あと、イチモツの木を『走査』してみたいんだよね。
もしかしたら、何か新しい発見があるかもしれない。
旅立つ前に、灰白猫に寄り添っている灰ブチ猫に挨拶をしに行った。
「ぼくが出来るのは、ここまでですミャ。ぼくたちは、自分の縄張りへ帰りますミャ。どうか灰白さんを最期まで、大事にしてあげて下さいミャ」
「仔猫のお医者さん、本当にありがとうナォ。教えてもらえなかったら、ずっとおばあちゃんの病気を知らないままだったナォ。これからも、おばあちゃんの側にいるナォ」
灰ブチ猫は、この数日でやつれた気がする。
灰白猫に付きっきりで、介護疲れをしているのかもしれない。
「灰ブチさん、ご自分の体も大事にして下さいミャ」
ぼくがそう言った時、ずっと寝たきりだった灰白猫がゆっくりと目を開ける。
「仔猫ちゃん、こんな私の為に色々してくれてありがとナ~ウ……。仔猫ちゃんも、どうか元気でナ~ウ」
灰白猫は優しく笑って、ぼくの頭を撫でてくれた。
頭を撫でられた時、何故か「灰白猫は、自分の命がもう長くないことを悟っている」と気が付いた。
昔から、「猫は本能的に自分の死期を悟ると姿を隠す」と言われている。
姿を見かけなくなったと思ったら、数日後に誰にも知られずにひっそりと亡くなっていることが多いらしい。
でも灰白猫は、最期の時まで灰ブチ猫が側にいてくれるはずだ。
ここでお別れしたら、きっともう二度と灰白猫とは会えないだろう。
ぼくは灰白猫に抱き着いて、最期の別れを惜しんだ。
ฅ^•ω•^ฅ
灰白猫の縄張りを出て、数日後。
ようやく、山を越えた。
後ろには大きな岩山、目の前に広がる大草原。
大草原の向こうに、ぼくたちの生まれ故郷である大きな森が見えた。
森で一番大きな、イチモツの木のてっぺんも見えている。
あの大きな木の下に、ぼくたちの集落がある。
青々とした森とイチモツの木を見ると、森から出た時の喜びとはまた違う嬉しさで胸がいっぱいになった。
やっと、ここまで戻って来たんだ。
ここまで、本当に長かった。
懐かしさが、胸に込み上げてくる。
もうすぐ、イチモツの集落へ帰れるんだ。
「お父さん、お母さん、ぼくたちの森が見えたミャ! あともうちょっとで、集落へ帰れるミャっ!」
「嬉しいニャー、あともうちょっとニャー」
「ミケさんやサビさんは、元気かニャ? みんなと、早く会いたいニャ」
故郷の森を見て、お父さんもお母さんも嬉しそうに笑っている。
やっぱりふたりも、イチモツの集落へ戻れるのが嬉しいんだな。
「お父さん、お母さん、帰ろうミャ! 集落のみんなが、ぼくたちが帰って来るのを待っているミャッ!」
ぼくたちは大きく頷き合うと、大草原をまっすぐ駆け出した。
森へ近付いていくと、喜びもどんどん大きくなる。
旅へ出ずにずっとイチモツの集落にいたら、こんな気持ちは知らなかっただろうな。
大変なことがいっぱいあったけど、この気持ちを知れただけで旅に出た意味はあったと思う。
ぼくたちは森へ向かって、ひたすら走り続ける。
喉が渇いたら川の水を飲み、おなかが空いたら草原にいる草食動物を狩る。
走り疲れたらお父さんとお母さんと寄り添って、お昼寝をしてひとやすみ。
そしてとうとう、イチモツの森へたどり着いた。
清々しい森の匂いを嗅いで思いっきり深呼吸すると、「帰ってきたんだなぁ」と実感する。
やっぱり、森は良いなぁ。
「おかえりなさい」とでも言うように風に吹かれて木々がざわめき、鳥たちが鳴いている。
ただいま! イチモツの森っ!
ぼく、ちゃんと帰って来たよっ!
「この森は、久し振りで嬉しいニャー」
「やっぱり、ここは良いところニャ」
ぼくたちは仲良くおててつないで、おしゃべりしながらイチモツの森の中を歩いていると。
突然、『走査』が発動した。
『対象:シソ科キランソウ属キランソウ」
『薬効:高血圧、咳止め、解熱、健胃、止血、鎮痛、火傷、切り傷、毒虫の刺傷、腫れ物、汗疹、打撲』
キランソウ?
ぼくは今、ケガや病気はしていないはずだけど。
足元には、濃い緑色の草がたくさん生えていた。
初めて見つけた時は、青紫色の花が咲いていた。
花の時季が終わって、今は緑色の葉しか残っていない。
キランソウか……、懐かしいな。
毒虫に囲まれていた集落に棲んでいた、猫たちを助けた時に見つけた薬草だ。
最初、虫刺されにはドクダミを使ったんだけど。
あまりにも臭すぎて、猫たちから大不評だった。
ドクダミそのものは、とても優秀な薬草ではあるんだよ?
だけど正露丸みたいな臭いが強烈すぎて、二度と使う気になれなかった。
ドクダミの代わりに見つけたのが、キランソウだった。
あの時助けた猫たちは、今も元気で暮らしているだろうか。
そういえばキランソウがたくさん生えていた場所に、猫たちを移住させたんだったな。
ってことはこの近くに、その猫たちの集落があるはず。
確か『走査』は、近くにケガや病気の猫がいればその場所まで案内してくれるよね?
頼むぞ、『走査』
『対象:食肉目ネコ科ネコ属リビアヤマネコ』
『病名:化膿性皮膚疾患』
『処置:傷口洗浄後、抗菌薬、抗炎症薬を塗布』
ケガをしている猫が、この近くにいるようだ。
しかも、化膿までしている。
ケガをした後、すぐ傷口を洗えば化膿することはない。
でもこの猫は何もしなかったから、細菌感染して、傷を悪化させてしまったんだ。
じゃあその猫がいるところまで、案内して。
『直進520m先、右折80m』
カーナビみたいな案内された。
『走査』の案内に従って歩いて行くと、たくさんの猫たちがいる集落へたどり着いた。
集落の猫たちは、ぼくを見ると、ニャーニャーと喜びの声を上げる。
「あ、仔猫のお医者さんニャニャ!」
「えっ? 本当ニャオ! また来てくれたニャオ?」
「また会えて、嬉しいニャ~ンッ!」
集落の猫たちは、ぼくたちを歓迎してくれた。
【化膿とは?】
傷口から化膿菌が入ってきて、炎症を起こしている状態。
強い痛みがあり、傷の周りが赤く腫れて白い膿が出る。




