第34話 余命宣告する医者の気持ち
旅の途中で、川で水を飲んでいる1匹の灰白猫を見つけた。
「初めまして、こんにちはミャ」
「はいはい、こんにちわナ~ウ。どちらの仔猫ちゃんナ~ウ?」
灰白猫はお年寄りの猫らしく、のんびりとした口調で答えた。
お年寄りの猫は毛並みがボサボサだから、分かりやすい。
年を取ると、体があまり動かなくなって、毛づくろいをしなくなるからだ。
お年寄りの猫は、水をたくさん飲むようになるらしい。
「猫がたくさん水を飲むようになったら、病気を疑え」と、言われている。
猫は、腎臓の病気になりやすいんだとか。
「猫の3割は、腎臓病に罹る」と、いうデータもある。
お年寄りの猫は、特に注意が必要と言われている。
この灰白猫も、さっきから水をたくさん飲んでいるから病気かもしれない。
「あなたは、この辺りに棲んでいる猫ですミャ?」
「そうナ~ウ。この先にある、縄張りに棲んでいるナ~ウ」
「もし良かったら、あなたの縄張りへ案内してくれませんミャ?」
「良いナ~ウ。着いてくるナ~ウ」
灰白猫は、足腰も弱っているらしく、ヨタヨタと歩き出す。
どうしても気になって、灰白猫に向かって『走査』してみる。
『病名:クッシング症候群、慢性腎不全』
『クッシング症候群の処置:経蝶形骨洞的下垂体腫瘍摘出術、放射線治療、副腎皮質ステロイド合成阻害薬の投与』
『慢性腎不全の処置:血液透析、腎移植、ACE阻害薬・アンギオテンシンII受容体拮抗薬の投与』
『走査結果』を見て、絶望した。
外科手術なんて、ぼくに出来るはずがない。
放射線治療も血液透析も出来ないし、薬も手に入らない。
こんな難しい病気、ぼくには治せない。
ぼくに出来るのは、薬草を使った民間療法くらいだ。
どんなに優れたお医者さんだって治せない病気があるし、救えない命がある。
分かっている、分かっているけど!
目の前に病気で苦しんでいる猫がいるのに、何も出来ないなんてっ!
ぼくはずっと心の中で、「何も出来なくて、ごめんなさい」と謝り続けるしかなかった。
「クッシング症候群」と「慢性腎不全」って、どんな病気?
病気そのものは治せなくても、病気の苦痛を和らげるくらいは出来ないかな?
『クッシング症候群の症状:多飲、過食、嘔吐、脱毛、毛艶が悪くなる、腹部膨満感、筋力低下、高血圧、骨粗鬆症、免疫力低下』
『慢性腎不全の症状:貧血、便秘、多飲、食欲不振、体重減少、虚弱、無気力』
症状を見た感じ、あまり痛みはなさそうだな。
薬草で対処療法(症状に合わせて、治療を行なう)くらいは、出来るかもしれない。
「ここナ~ウ。ゆっくりしてってナ~ウ」
灰白猫は縄張りに着くと、適当なところに横たわってお昼寝し始めた。
さすが猫、自由だな。
そういえばお年寄りの猫は、睡眠時間が増えるんだっけ?
病気で、体も弱っているのかもしれない。
いたわるように、灰白猫の背中を撫でる。
猫は、お年寄りになっても可愛い。
そこへ、1匹の猫が近付いて来る。
「おばあちゃんったら、ふらっといなくなったと思ったらこんなところでお昼寝してナォ……」
白毛に灰色のブチ模様の猫が、呆れた顏でため息を吐いた。
灰ブチ猫は、灰白猫のお孫さんのようだ。
ぼくは、灰ブチ猫に挨拶をする。
「初めまして、こんにちはミャ。さっきおばあさんに会って、ここまで連れて来てもらったんですミャ」
「そうだったナォ? おばあちゃんがお世話になったナォ」
「ぼくはお医者さんなんですけど、診たところおばあさんはご病気のようですミャ」
「やっぱり、病気ナォ? おばあちゃん、このところすっかり元気がなくなっちゃって寝てばかりナォ」
「分かりました、出来る限りのことはしますミャ」
周辺の草むらへ向かって、『走査』
『対象:シソ科イヌハッカ属イヌハッカ』
『概要:猫が好む植物で、「キャットニップ」「キャットミント」「西洋マタタビ」などと呼ばれる』
『薬効:鎮静効果、不眠症、抗菌作用、抗ウィルス作用、抗酸化作用、解熱、風邪、整腸作用、胸やけ、消化促進、食欲増進、免疫力強化、生活習慣病、猫のストレス解消に効果あり』
これは、ぼくでも良く知っているぞ。
猫が食べられるハーブで、マタタビと同じ効果があるんだ。
よし、これを灰白猫に食べさせよう。
イヌハッカは、レモンのような爽やかな良い匂いがする。
イヌハッカをちぎっていると、匂いが広がったのか縄張りの猫たちが集まって来る。
その中には、お父さんとお母さんもいた。
「ふにゃあ~ん」
「にゃお~ん」
みんな夢中で、イヌハッカの匂いを嗅いでいる。
興奮状態で葉を齧ったり、うっとりした表情で葉に体をスリスリとこすりつけたりしている。
この香りを嗅いだ猫は幸福感を感じたり、興奮したり、リラックスしたりするそうだ。
良い匂いだってことは分かるんだけど、ぼくはなんともないな。
猫の30%は、イヌハッカに反応しないと言われている。
あと、未成熟な生後6ヶ月以内の仔猫も反応しないらしい。
ぼくがなんともないのはその30%の猫なのか、それとも仔猫だからなのか。
どちらにせよ、イヌハッカの匂いに反応しなくて、ガッカリ。
猫になってイヌハッカやまたたびの匂いを嗅いだら、どんな気分になるのか試してみたかったのに残念だ。
猫でも食べられる草なので、食べてみよう。
口に入れてみるとシャクシャクとした歯ごたえで、草特有の苦味を感じる。
ほんのり苦い野菜という感じで、サラダ感覚で食べられる。
レモンみたいな匂いが口の中に広がって、気持ちもおなかもスッキリ。
薬効に食欲増進とか、胃腸を良くするとかあったもんな。
これなら、灰白猫も元気になるかも。
しばらくすると猫たちは気が済んだように立ち上がって、離れていった。
そういえば、イヌハッカの有効時間は5~15分くらいだったっけ。
またたびのように中毒性がなくて、安全だと聞いたことがある。
もうちょっと、イヌハッカに酔う可愛い猫を見ていたかった。
「灰白さん、どうぞミャ」
採ってきたイヌハッカの束を、灰白猫の顔に近付けてみる。
眠っていた灰白猫は鼻をヒクヒクさせた後、うっとりと幸せそうな顔になる。
「ふにゃぁ~ぅ……、良い匂いナ~ゥ」
目を閉じたまま、スリスリとイヌハッカに顔をこすり付けている。
どうやら、灰白猫もイヌハッカの効果がある猫だったようだ。
灰白猫はイヌハッカの葉に顔を埋めたまま、また眠ってしまった。
本当は食べて欲しかったんだけど、匂いを嗅いだだけで、満足してしまったみたいだ。
灰白猫が眠ってしまったので、代わりにお孫さんの灰ブチ猫に話を聞いてみる。
「この縄張りに、お医者さんはいますミャ?」
「お医者さん? この縄張りには、いないナォ」
ぼくが「お医者さん」だと言った時、「おばあちゃんの病気を治して欲しい」と言われたからそんな気はしていた。
もしここにお医者さんがいたとしても、「クッシング症候群」と「慢性腎不全」を治すことは出来なかっただろう。
この世界にどんなケガや病気も治せる技術や魔法があったら、話は別なんだけど。
これまで、魔法とは一度も出会えていない。
魔法らしいものと言えば、「イチモツの実」くらいだろうか。
「イチモツの実」で授けられた『走査』は、スゴく便利でいつも助かっている。
今では、ぼくにとってなくてはならない能力になっている。
「イチモツの実」から与えられる能力は、ひとつだけなのかな?
いくつでも能力を得られるのなら、医療技術が欲しい。
手術が出来るようになれば、手術でしか治せない病気も治せるようになる。
贅沢を言うなら、治癒魔法が欲しい。
手をかざして祈るだけでどんなケガや病気も治る魔法って、憧れるよね。
人間の頃から、「治癒魔法が使えたら」と何度思ったことだろう。
イチモツの集落へ帰ったら、長老のミケさんに聞いてみよう。
とりあえず、この縄張りの猫たちにも薬草の見分け方と薬の作り方を教えよう。
ฅ^•ω•^ฅ
縄張りの猫たちに、薬の作り方を教えた後。
誰もいないところに灰ブチ猫だけを呼び出して、重要なことを伝える。
「おばあさんはとても重い病気で、ぼくには治せませんミャ。力が及ばなくて、申し訳ございませんミャ……。たぶん、おばあさんはもう長くはないと思いますミャ。どうか出来るだけ、側にいてあげて下さいミャ……」
余命宣告(命があともう少ししかないことを伝える)をするお医者さんは、こんな気持ちなのか。
悲しくて悔しくて、涙が止まらない。
ぼくに手術が出来たら、助けられたのに。
手術出来たら、もっと長生き出来たはずなのに。
ぼくは、緩和療法(苦痛を軽くする治療)くらいしか出来ない。
泣きじゃくるぼくを、灰ブチ猫が優しく抱き寄せてくれた。
「それを知れただけで、充分ナォ……。おばあちゃんの為に泣いてくれて、ありがとうナォ……」
「ごめんなさいミャ……、助けてあげられなくて、ごめんなさいミャ……」
ぼくと灰ブチ猫は抱き合って、ふたりで泣き続けた。




