第30話 食べちゃいけない食べられない
患者さんたちにヨモギの薬を飲ませたり背中を撫でたりして、お世話をしていると。
お父さんとお母さんとべっこう猫が、「うんしょっうんしょっ」と何か大きなものを少しずつ引きずって、帰ってきた。
「シロちゃん、ただいまニャー」
「シロちゃん、良い子にしてたかニャ?」
「お父さんとお母さん、おかえりなさいミャ。これが、アルケオテリウムミャ?」
「そうニィ~。みんなで一緒に、食べるニィ~」
得意げに3匹が持って帰ってきたお土産は、大きなイノシシだった。
イノシシは食べたことがないから、どんな味がするのか楽しみだ。
さっそく食べてみると、豚肉みたいな味で美味しい。
確かブタって、野生のイノシシを家畜化したものなんだっけ。
豚肉の味がするのは、当たり前か。
食中毒で苦しんでいる猫たちも、食欲はあるらしく「うみゃいうみゃい」と食べている。
え? いきなり、生肉なんか食べて大丈夫?
ぽんぽんぺいんぺいんで、ゴロゴロピーちゃんの時は、食べない方が良いんじゃなかったっけ?
食べられるなら食べた方が、回復は早いとは思うけど。
それでも、ちょっと心配。
気になって、アルケオテリウムに向かって『走査』してみる。
『対象:鯨偶蹄目エンテロドン科アルケオテリウム』
『病名:動物咬傷(噛まれた傷)および、掻傷により死亡』
『処置:なし』
死んでいることは、もう分かっているんだ。
知りたいのは、食べても良いものなのかなんだけど。
『栄養素:タンパク質、脂質、ビタミンA、ビタミンB1、ビタミンB2、ビタミンB6、ビタミンB12、ナイアシン、葉酸、パントテン酸、ビオチン、ビタミンC、ビタミンD、ビタミンE、ビタミンK、ナトリウム、カリウム、カルシウム、マグネシウム、リン、鉄、亜鉛、銅、マンガン、セレン、モリブデン』
『薬効:疲労回復、皮膚炎、貧血、動脈硬化、精神安定、免疫力強化、健康維持、血や肉の生成、毛艶が良くなる』
あ! そうか、すっかり忘れていた。
食べ物はなんでも栄養素があるって、家庭科の授業で習ったじゃないか。
今の猫たちに必要なビタミンB1も、ビタミンEも入っている。
猫は肉食動物なんだから、お肉を食べれば生きられる。
難しく考える必要なんて、なかったんだ。
ฅ^•ω•^ฅ
それからしばらくの間、猫たちの看病で海辺の縄張りで暮らすことにした。
猫たちには毎日、アルケオテリウム(イノシシ)やコペプテリクス(ペンギン)などのお肉を食べさせて、ヨモギの薬を飲ませ続けた。
猫たちは少しずつ回復し、元気を取り戻していった。
魚を拾い食いした猫たちには、きっちりとお説教する。
「また同じように浜辺にたくさんのお魚が落ちていても、絶対に食べちゃダメですミャ。食べたら、今みたいにぽんぽんぺいんぺいんになりますからミャ」
猫たちは深く反省した様子で、「もう2度と食べない」と約束してくれた。
文字通り痛い目を見たから、大丈夫だろう。
何かあった時の為に、ヨモギやアロエなどの薬草の見分け方や使い方も教えておいた。
ほとんどの猫が快復したところで、ぼくたちは旅立つことにした。
元気を取り戻した猫たちは「ありがとう」と言いながら、お見送りしてくれた。
べっこう猫も、ニコニコと嬉しそうに笑っている。
「仔猫のお医者さん、本当にありがとニィ~。君のおかげで、みんな助かったニィ~。お魚を食べて病気になるなんて、思わなかったニィ~。お魚が嫌いで、良かったニィ~」
確かに、その通りだ。
逆に、魚好きの猫たちにとっては、不幸だったとしか言いようがない。
今回は、たまたま起きちゃった事故みたいなもんだし。
これがきっかけで、猫たちはみんな、魚嫌いになっちゃっただろうけど。
可哀想だけど、生魚を食べるのは、猫の体に良くないからね。
これからは、美味しいお肉を食べて生きていって欲しい。
「皆さんの病気が治って、本当に良かったですミャ。これからもどうかお元気でミャ」
ぼくたちは大きく手を振って、べっこう猫がいる縄張りを後にした。
ฅ^•ω•^ฅ
ぼくたちは来た道とは反対回りで、山の麓に沿ってイチモツの集落へ戻る。
ここまで来るのに、何日かかったっけ?
イチモツの集落へ着くには、何日かかるかな?
辛いことや大変なこともたくさんがあったけど、とても有意義な(意味や価値がある)旅だったと思う。
集落から出なければ、永遠に見られなかった景色や出来事がいっぱいあった。
絶対に3匹揃って、笑顔で集落へ帰るんだ。
帰るまでが、遠足です。
ぼくたちは、アルケオテリウムがいるという森へ入った。
この森を抜けた先に、山の谷があるからだ。
谷を抜ければ、山の反対側へ出られる。
森に入ると、イチモツの集落を思い出す。
イチモツの集落がある森は、めちゃくちゃ広かった。
森を抜けるのに、何日もかかったっけ。
この森はとても小さく、半日もしないうちに抜けられそうだ。
イチモツの集落がある森を出てからずっと草原だったから、森に入るのは久し振り。
スゴく懐かしい感じがする。
心を落ち着かせる、木や草花の匂い。
風にそよぐ木々のざわめき、木漏れ日の光。
やっぱり、森は良いなぁ。
この森はアルケオテリウムの縄張りらしく、アルケオテリウムがたくさんいるようだ。
だからといって、むやみやたらには狩らないよ。
食べられる分だけ、狩るのが基本。
たくさん狩っても、食べきれないからね。
ぼくたち3匹なら、1匹狩ればおなかいっぱい食べられる。
おなかがいっぱいになったら、3匹で身を寄せ合って眠る。
おなかいっぱい食べて寝るって、最高の贅沢だと思う。
ฅ^•ω•^ฅ
ときどきトマークトゥス(オオカミ)の群れに襲われて、お父さんとお母さんとはぐれる夢を見る。
ひとりぼっちでとてもおなかが空いていて、雨に打たれながら食べ物を探している。
寂しくて、冷たくて、悲しくて、みじめな気持ちでいっぱいで。
どこまでもどこまでも、トボトボとひとりぼっちで歩いて行く。
もし、お父さんとお母さんに再会出来なかったら。
もし、お父さんとお母さんがトマークトゥスに食べられてしまったら。
知らない土地で、ひとりぼっちになっていた。
たぶん、ぼくひとりで生きていくことは無理だ。
ひとりでは、イチモツの集落へ戻ることも出来ない。
ぼくのような小さな仔猫じゃ、集落へたどり着く前に危険生物に襲われて食べられてしまう。
命からがら逃げ切っても、力尽きて死ぬ。
そんな悪夢を見て、ハッと目覚める。
目を覚ますと、お父さんとお母さんのあったかい猫毛に包まれている。
怖い夢を見た時は、お父さんとお母さんが心配して毛づくろいをしてくれる。
ぼくは喉をゴロゴロ鳴らして、ふたりにスリスリする。
そうしてやっと、「夢で良かった」と安心する。
イチモツの集落へ帰ったら、旅はしばらくお休みしよう。
アルケオテリウムの森は思った通り、半日とかからずに出ることが出来た。
森の中は居心地が良かったので、森から出るのが、ちょっと惜しい。
でも、この山を越えれば、イチモツの集落がある森へ帰れるんだ。
山と山の間に谷があり、谷には川が流れている。
そういえば、川にも魚はいるんだよな。
川魚は小骨が多いから、 気を付けないと骨が喉に刺さったり消化管を傷つける可能性が高い。
生魚には、食中毒の原因となる寄生虫「アニサキス」がついている可能性がある。
ビタミンB1欠乏症の原因となるチアミナーゼ酵素や魚類寄生虫は熱に弱いから、中までしっかり火を通せば食べられる。
だけど猫は火を使えないから、食べるなら生魚だよね。
猫が生魚を食べすぎるとどうなるかは、べっこう猫の縄張りで知った。
どんなに美味しそうに見えても、食べちゃいけない食べられない。
病気になってまで、食べたいとは思わない。
残念だけど、魚を食べるのは諦めよう。
【|Archaeotheriumとは?】
今から約3500万年前~2500万年前に生息していたと言われている、イノシシの祖先。
体の大きさがウシくらいある、大きなイノシシ。
木の根や木の実も食べるし、他の動物が食べ残した動物の肉も食べる雑食。
推定体長約2m
推定体重約150kg




