第3話 猫は可愛さの究極体
起きても、やっぱり仔猫だった。
昨日の出来事は全部、ぼくの理想が生み出した夢かと思っていたけど。
柔らかいあったかい猫毛に包まれて、とても幸せな目覚めだ。
「何時になったから起きなきゃ」とか「学校へ行かなきゃ」とか、考えなくて良い。
勉強もしなくて良いし、親や先生に怒られることもない。
猫になったら、好きなだけ寝ていられる。
猫は、食って寝るのが仕事。
素晴らしきかな、猫生活。
だからといってずっとダラダラ寝ているのも、つまらない。
寝っぱなしは、さすがに飽きる。
外はもう明るいみたいだし、そろそろ起きよう。
猫に生まれ変わっても、精神はまだ人間のままだから。
どうせ仔猫の体力なんだから、疲れたら勝手に眠くなる。
眠くなったら、その辺で寝落ちしたって構わない。
親猫たちの間から、のそのそと這い出す。
親猫たちは、まだ気持ちよさそうに眠っている。
猫の寝顔って、なんでこんなに可愛いんだろう。
猫って、可愛さの塊だよね。
猫は、どこから見ても可愛い。
横から見ても可愛い。
後ろ姿も可愛い。
シルエットでも可愛い。
足跡も可愛い。
パーツひとつひとつが、全部可愛い。
仕草も可愛い。
鳴き声も可愛い。
全てが完璧。
猫の可愛さを語り出したら、キリがない。
ここまで可愛さの究極体を生み出した神は、天才だと思う。
猫の可愛さを堪能したところで、巣穴から出よう。
ひとりで集落の外へ出るのは危なそうだから、やめておこう。
集落を作って暮らしているのは、森が危険だからだ。
きっと森には、未知の生物がうじゃうじゃいるんだ。
ちっさい仔猫じゃ、すぐに食べられちゃう。
集落の中なら、ひとりで歩いても大丈夫だろう。
ぼくはこの世界に来たばかりで、集落の中でさえ何があるのか知らない。
まずは、集落を見て回ろう。
たくさんの猫に話しかけて、色んなことを教えてもらおう。
仔猫が話しかけても、誰も警戒しないだろうし。
どうしても困った時にはその辺でミャアミャア泣いていれば、誰かが助けてくれるだろう。
現在地点である、猫の巣穴。
ここは集落の端っこで、すぐ側にそびえたつ巨大な岩山がちっぽけなぼくを見下ろしている。
垂直の岩壁は、プロのロッククライマーでもなければ登れそうにない。
この岩山があるから、猫たちは安心して眠ることが出来るって訳か。
巣穴を後にすると、開けた広場に出る。
集落の猫たちは、自由気ままにのんびりと過ごしている。
これなら、誰に話し掛けてもよさそうだ。
適当に、その辺にいる猫に話し掛けてみよう。
すぐ近くに、昨日お医者さんから治療を受けていたサビネコを見つけた。
名前は、サビさんとかいったっけ?
「サビさん、おはようミャ」
「おや、シロちゃん。ひとりで、おさんぽかニャア?」
ぼくはサビさんを知らないけど、向こうはぼくを知っていた。
「ああ、そうそう。シロちゃん、おなかはすいてないかニャア?」
言われてみれば、起きてから何も食べていない。
ぼくは仔猫だから、自分で狩りをすることが出来ない。
誰かが狩ったものを、分けてもらうしかない。
「おなかすいたミャ」
「シロちゃんは、腹ペコさんなのニャア? それなら、今朝捕ったガストルニスがあるけど食べるニャア?」
ガストルニス? また知らない名前が出てきた。
頭文字Gとか気持ち悪い虫とかじゃなければ、食べられる。
「ガストルニスって、なんミャ?」
「シロちゃんは、知らないニャア? ほら、これがガストルニスニャア」
そう言って、サビさんが出してくれたのは巨大な鳥だった。
見ためは、毛深いダチョウ。
鳥なら、人間の頃も食べていた。
お祭りの屋台で、珍しいダチョウの肉を食べたことがある。
ガストルニスは、どんな味がするんだろう?
食べようとすると、サビさんに止められる。
「あ、ちょっと待つニャア。羽根を、取ってあげるニャア」
サビさんは親切に、羽根をむしってくれた。
「これで良しニャア。さあ、一緒に食べるニャア」
そう言って、サビさんが食べ始める。
ぼくも、ありがたくいただく。
美味しい! 鳥肉の味だっ!
そうと分かれば、抵抗なく食べられる。
ぼくは、お腹いっぱい鳥肉を食べた。
ガストルニスはダチョウサイズだから、ふたりじゃ食べきれない。
「残りは、昨日お世話になったお医者さんに、おすそ分けするニャア」
お医者さんか。
きっと集落の中でも、頭が良い猫に違いない。
聞けば、色々教えてくれるかもしれない。
ぼくは、サビさんに付いて行くことにした。
ฅ^・ω・^ฅ
「サビさんは、昨日はなんでケガしたのミャ?」
「狩りで、獲物に引っ掻かれちゃったニャア。とっても痛かったニャア」
サビさんは、自分の右前足を見せてくれた。
肉球には、何かに傷付けられた跡があった。
「それで、お薬を塗ってもらったんだニャア。でも、まだ治らないニャア」
薬を塗ってもらったからって、すぐ治るもんじゃない。
そんなことを話しているうちに、お医者さんのところへ着いた。
お医者さんは、ケガをした猫の治療をしている。
やっぱり狩りは危険で、ケガはつきものなんだろうな。
猫は肉食動物だから、狩りをしなければ生きられない。
猫って、意外と食べられないものが多いんだよね。
森に美味しそうな木の実がたくさん実っていたとしても、猫は食べられない。
アレルギーを起こして死ぬ可能性もあるので、基本的に植物は食べてはいけない。
治療が終わったところで、お医者さんがこちらに気付く。
「サビさん、こんにちはニャ~。傷の具合は、どうですニャ~?」
「まだ、痛みますニャア」
「では、今日もお薬を塗りますから、横になって下さいニャ~」
「その前に、茶トラ先生にお礼ですニャア」
「こんなにおっきなガストルニスを、ありがとうございますニャ~。あとで、美味しくいただきますニャ~」
お医者さんはガストルニスを受け取ったところで、ようやくぼくに気付いた。
「おや、シロちゃん。今日はひとりで、どうしたニャ~?」
「お医者さんと、お話しがしたいミャ」
「だったら治療が終わるまで、ちょっと待っててニャ~。あとで、たくさんお話ししようニャ~」
お医者さんは嬉しそうに笑いながら、ぼくの頭を撫でてくれた。
「シロちゃん、お待たせニャ~」
お医者さんはサビさんに薬を塗り終わると、ぼくに近付いてきた。
サビさんは昨日と同じように、薬が乾くまでお昼寝するようだ。
お医者さんはニコニコと笑いながら、ぼくに問い掛けてくる。
「それで、お話しってなんニャ~?」
せっかくだから、この世界のことをなんでも良いから知りたい。
とりあえず、気になったことはなんでも全部聞いてみよう。
「サビさんに塗った薬は、なんですミャ?」
「あれは、ヨモギの葉っぱをすり潰して作った傷薬ニャ~。 生の葉っぱをすり潰した汁を傷に塗ると、早く治るニャ~」
意外と身近な草だった。
緑色に染まったお医者さんの前足を嗅いでみると、ヨモギの美味しそうな匂いがした。
ヨモギといったら、ヨモギ餅や草だんごが美味しくて大好きだった。
今はもう食べられないと思うと、少し悲しい。
「食べて美味しいとても優秀な薬草」だと、おばあちゃんが言っていた。
「お医者さんは、狩りをするんですミャ?」
「みんなのケガを治さなきゃいけないから、狩りには行けないニャ~」
お医者さんが狩りに行ってしまったら、誰がケガを治療するのか。
狩りに行けるものが狩りに出て、狩りに行けないものは集落を守る。
それぞれ、役割分担があるんだ。
全員が狩りに行ったら集落に誰もいなくなっちゃうし、たくさん獲っても食べきれない。
生食は、鮮度が命。
食べられる分だけ狩るのが基本。
肉を保存する技術も、肉を熟成させる技術もないだろう。
「ここはどこなのですミャ? 森の外には何があるんですミャ?」
立て続けに聞くと、お医者さんは困った顔をする。
「ここは、森の中にある集落ニャ~。わたしは生まれた頃からずっとここにいるから、森の外は知らないニャ~」
生きるだけなら、森を出る必要はない。
集落を拠点に近場で狩りをして、食って寝るだけの生活。
集落にいるほとんどの猫は、この森から出たことがないだろう。
う~む……困った、早くも詰んでしまった。
【Gastornisとは?】
今から6600万年前くらいに生息していたと言われている、飛べない鳥。
体長は、ダチョウと同じ250㎝くらい。
分かりやすく例えると、「ファ〇ナルファ〇タジー」に登場する「チョコ〇」
体重が約500㎏もあり、重すぎるせいで足が遅い。
【蓬とは?】
春になると、緑の葉がもっさり生えてくる食べられる雑草。
薬草としては、切り傷、すり傷、汗疹、湿疹、歯痛、咳止め、下痢、腰痛、肩こり、冷え性、貧血、生理痛、高血圧などに効果がある。
利用価値がたくさんあるので、「ハーブの女王」と呼ばれている。
※その辺に生えている野生のヨモギは、ばっちぃから食べちゃダメだよ!




