第28話 彼方より
ゆっくり休んで疲れも癒えたところで、旅立ちの時を迎えた。
縄張りの猫全員が、お見送りに来てくれた。
「仔猫のお医者さん、ありがとニャ~ン」
「教えてもらったお薬は、ずっと語り継いでいくニャゥ」
「どうか、お元気でナ~」
「仔猫ちゃん、またおいでニャゴ。体調は大丈夫ニャゴ? 忘れ物はないニャゴ?」
キジブチは、ぼくの頭を撫で撫でしながらあれこれ聞いてくる。
ぼくは、キジブチに向かって、ニッコリと笑い返す。
「キジブチさんも皆さんも、どうかお元気でミャ」
「アンタはまだちっちゃいんだから、お父さんとお母さんの言うことを良く聞くニャゴ。お父さんとお母さん、どうかこの子を守ってあげて下さいニャゴ」
「もちろん、シロちゃんは、大事なうちの子ですニャー。絶対に守り抜くと、お約束しますニャー」
「可愛いシロちゃんを守ることは、親として当然ですニャ」
お父さんがぼくを抱き上げて、喉をゴロゴロ鳴らして顔をスリスリした。
お母さんも喉を鳴らして、スリスリしてくる。
くすぐったくて嬉しくて、ぼくも喉を鳴らした。
トマークトゥスの群れに襲われて、ひとりぼっちになって改めてお父さんとお母さんの有り難みを知った。
そんなぼくたちを見て、キジブチも安心したように笑う。
「お父さんとお母さんに愛されて、とっても幸せそうニャゴ。これからもずっと幸せでいられるように、心から祈っているニャゴ」
こうしてぼくたちは、キジブチの縄張りから旅立った。
ฅ^•ω•^ฅ
縄張りを出た後、またしばらくは気ままな家族旅を続けた。
川に沿って谷を抜け、ついに山の向こう側へ出た。
山の向こう側にあったのは、広い広い大草原。
その先にはお日様に照らされて、水面がキラキラと光っている大きな海があった。
「海ミャーッ!」
ぼくは大喜びで、海へ向かって駆け出した。
海と空は、両方とも青なのに全然違う。
これが、マリンブルーという青なのか。
海水は綺麗に透き通っていて、海中に沈んだ岩や泳ぐ魚まで透けて見える。
白い波が浜辺に打ち寄せ、引いて行くを何度も絶え間なくくり返している。
ザバーン、ザザー……という波の音も耳に心地良い。
海の音に癒されるって、本当なんだな。
ずっと波を見つめていると、まるで海が生きているみたいだ。
理科の授業で習ったけど、波は月の引力と風によって起こるものらしい。
海以外では、この現象は起こらない。
海は不思議だ。
爽やかな風が吹くと、海の匂いがする。
大きく伸びをして、深呼吸したくなる。
空には海鳥達が「みゃあみゃあ」と鳴きながら、飛んでいる。
想像していたよりも、海鳥って大きいんだな。
ぼくは猫になってからはもちろん、人間だった頃も海を見たことがなかった。
動画や写真では見たことがあるんだけど、本物の海は初めて見た。
ぼくは、初めて見る海の美しさに感動して、胸がいっぱいになる。
海って、こんなにも綺麗だったのか。
綺麗すぎて、怖いくらいだ。
あまりにも美しすぎて、ずっと見ていられる。
この美しい景色を見られただけで、ここまで来て良かったと思える。
イチモツの集落の長老のミケさんは、「森の外には何もなかった」と言っていた。
ミケさんは、「この山を越えたら、何があるのか」とは思わなかったんだな。
山を越える行動力と好奇心があれば、こんなにも美しい海が広がっていたのに。
ミケさんは、なんてもったいないことをしたんだろう。
イチモツの集落へ帰ったら、ぜひとも教えてあげたい。
カメラがあったら良かったのに。
いや、この感動は直接見なければ味わえない。
お父さんとお母さんも、初めての海が珍しいらしい。
波打ち際で引いていく波を追いかけて、波に追われて逃げるをくり返している。
波を追いかけて、「ニャー」
波に追われて、「ニャー」
ぼくのお父さんとお母さんが、可愛すぎる。
でも逃げ遅れたら、びしょ濡れになっちゃうぞ。
ふたりとも濡れるのが苦手なのに、なんだかスゴく楽しそう。
波と追いかけっこが楽しそうだったから、ぼくも参加することにした。
追いかけっこをして遊び疲れたので、3匹で身を寄せ合ってお昼寝。
寝ている間に潮が満ちて、気が付いたら海の中でした――
なんてことが起こらないように、砂浜から少し離れた草原まで移動した。
聞こえてくる波の音。
心地良い海風。
ぽかぽか陽気で、お昼寝日和。
お父さんとお母さんのふわふわもふもふの猫毛に埋もれれば、いつもより眠れそうな気がする。
ฅ^•ω•^ฅ
波の音が気持ち良くて、寝すぎてしまったようだ。
気が付いたら、空の色が茜色に染まっていた。
夕日が沈んでいく海も、夕焼け色にキラキラと輝いている。
このまま太陽が沈むまで、ずっと眺めていたいと思わせる美しさ。
だけど夜が来る前に、食べる物を探さないと。
海には、海洋生物がいっぱいいる。
泳ぐことが出来れば、魚を捕れるかもしれない。
と思ったけど、猫に魚は食べさせない方がいいんだよね。
日本では、「猫は魚が好き」というイメージがあるけど。
猫は肉食動物なので、海洋生物は食べられないものが多い。
青魚、イカ、タコ、貝類、甲殻類(カニやエビ)などは、猫にとって毒となる成分が含まれている。
カツオやマグロも、キャットフード用に加熱処理されたものじゃないと食べられない。
魚は小骨が多く、喉に刺さる危険性も高い。
猫になったら、海の幸が食べられなくなるなんて……。
人間だった頃に、もっとたくさん食べておけば良かった。
岩場にフナムシっぽい虫がいるけど、これも甲殻類なので食べられない。
お父さんが捕らえて食べようとしていたので、慌てて止める。
「お父さん! それは毒があるから、食べちゃダメミャーッ!」
「これ、食べちゃダメなのニャー? 美味しそうなのにニャー……」
お父さんは残念そうに、フナムシを元の場所へ戻した。
危ない危ない、食べる前に気付いて良かった。
海の幸が食べられないとなれば、あと食べられるのは海鳥くらいか。
見れば岩場には、ペンギンのような鳥が群れている。
「あれは、コペプテリクスニャー。みんなで、そ~っと近付いてって狩るニャー」
お父さんの指示の下、そろ~りそろ~りと近付いて一気に襲いかかった。
コペプテリクスたちは驚いて、次々と海へ飛び込んで行く。
海中へ逃げたヤツは、諦めるしかない。
逃げ遅れたコペプテリクスが1匹だけ狩れたので、家族で分け合って美味しく食べた。
鶏肉みたいな味がして、とても美味しかったです。
ฅ^•ω•^ฅ
お父さんとお母さんと3匹で、仲良くおてて繋いで、白い砂浜をブラブラ歩く。
砂に足が沈んでちょっと歩きにくいけど、砂の感触は気持ち良い。
お散歩しながら、お母さんが首を傾げて聞いてくる。
「シロちゃん、次はどこへ行くニャ?」
最初の目標は、森を出る。
第二目標は、山に着く。
第三目標は、山を越える。
山の反対側には、海があった。
さて、次はどこへ行こうか?
海の向こうに、陸地らしきものが小さく見えている。
泳いで行ける、距離だろうか。
水が苦手な猫が多いけど、たまに水が好きで泳げる猫もいる。
猫が泳ぐ時は、犬かきみたいに泳ぐんだよ。
ぼくは猫になってから、何度も川に入ったことはあるけれど泳いだことはない。
たぶん泳ごうと思えば、泳げると思う。
でも向こう岸まで海を泳いで渡るなんて、たぶん無理だ。
潮に流されて、溺れてしまうだろう。
あそこまで、どのくらい距離があるかも分からない。
近くに見えても、実際はめちゃくちゃ遠いかもしれない。
仮に向こう岸まで辿り着けたとしても、何があるか分からない。
うん、海を渡るのはやめよう。
このまま海岸線を歩いて行ったら、どこへ辿り着くのだろう?
いろいろ考えてから、答える。
「行けるところまで行ってみたいミャ」
「分かったニャー」
「私たちは、シロちゃんにどこまでもついて行くニャ」
「お父さんお母さん、ありがとうミャ!」
お父さんとお母さんは、ニッコリ笑って、ぼくのワガママを受け入れてくれた。
ふたりの優しさが嬉しくて、ぼくも笑い返した。
そういえば、ふたりは行きたいところはないのかな?
「シロちゃんの行きたいところが、私たちの行きたいところ」と、答えてくれると思うけど。
もしかしたら、イチモツの集落へ帰りたいかもしれない。
ぼくも、イチモツの集落が恋しい。
イチモツの集落のみんなに会いたい。
海岸線の端っこまで行っても何もなかったら、イチモツの集落へ帰ろう。
帰ったら、長老のミケさんにお土産話をたくさん話すんだ。
【Copepteryxとは?】
今から約4100万年前~1500万年前に生息していたと言われている、海鳥の祖先。
水鳥みたいな長い首が付いた、ペンギンのような見た目をしている飛べない鳥。
推定全長約2m
体重は不明。




