第25話 じっとしていたってどうにもならない
寒さと空腹で、目が覚めた。
気が付くと、狭くて薄暗いところにいた。
あれ? どこだここ?
お父さんとお母さんは?
なんか、鳥臭い。
起きたばかりでぼんやりとしていて、頭が働かない。
とりあえず、毛づくろいでもしようかな。
毛づくろいをしているうちに、だんだんと頭がハッキリしてきて思い出した。
そうだ! トマークトゥス(オオカミ)に襲われたんだっ!
どうにか逃げ切れたけど、お父さんとお母さんとはぐれてしまった。
雨が降ってきたから、鳥の巣穴で雨宿りしているところだった。
たっぷり眠ったおかげで、疲れは取れていた。
穴から顔を覗かせると、外はすっかり暗くなっていた。
どんよりとした灰色の雨雲が空を覆い、雨が降り続けている。
ここから少し離れたところにある川が、ゴウゴウと激しい水音を立てているのが聞こえる。
大量の水が溢れているかもしれないから、川へは近付けないな。
もしかしたら、お父さんとお母さんは川の向こう側へ渡ったのかもしれない。
雨が降る前の川は水位も浅く、流れも穏やかで歩いて渡れた。
大雨の後で川の流れが激しくなったから、戻って来られなくなったのか。
逃げ回っているうちに、川を渡って来ちゃったのか。
逃げるのに必死だったから、自分でも気付かないうちに川を渡った可能性は考えられる。
これでは、川の流れが元に戻るまでお父さんとお母さんには会えない。
今頃、お父さんとお母さんもぼくを探し回っているだろう。
ふたりにはいつも心配ばかりかけてしまって、申し訳ない。
ぼくがもう少し冷静だったら、一緒に逃げられたのかもしれないけど。
今更、いくら悔やんでも仕方がない。
これからは、ぼくひとりで生きていかなければならない。
生きていれば、いつかきっとまた会えるはずだ。
生きる為には、まずは食べなきゃ。
食べられそうなものを探す為に、鳥の巣穴から這い出た。
大きな草食動物は無理でも、虫やネズミくらいならぼくでも狩れるはず。
食べられるなら、なんでもいいや。
名前だけは無駄にカッコイイ、アプソロブラッティナ(全長9cmの頭文字G)以外で。
ฅ^•ω•^ฅ
※虫を食べる描写がありますので、苦手な人は注意※
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冷たい雨に打たれながら、食べられそうなものを探す。
しかし強い雨が降っているせいか、動物はどこにもいない。
ネズミ1匹、見つからなかった。
何かないかと草を掻き分けてみれば、昆虫や何かの幼虫が草の裏や枯れ葉の下で隠れんぼしていた。
うわっ、虫、虫かぁ……。
お父さんとお母さんは、美味しそうにバリバリ食べていたけど。
どう見ても、食欲がわかない。
だって、虫だよ?
生きている虫を見て「美味しそう♡」って大喜びする人がいたら、悪いけどドン引きする。
昆虫が大好きなクラスメイトもいたけど、さすがにアイツも食べないだろう。
昔から、「イナゴの佃煮」ってのがあるけどさ。
美味しいらしいけど、イナゴまるごとそのまんまで見た目がエグい。
せめて、虫の形を分からなくしてくれたら食べられたかもしれないのに。
人生経験として、ひとつくらい食べておくべきだったのかな?
しかも今は、生で食べるしかない。
生き抜く為には、食べられるものはなんでも食べなきゃ。
猫に生まれ変わった今なら、虫も美味しく食べられるかもしれない。
食べる前にひとつずつ『走査』して、食べても大丈夫かどうかを確認する。
虫によっては毒を持っていたり、寄生虫がいたり、病原体を持っていたりすることがあるからね。
毒持ちの虫や病気持ちの虫は、|生かしたまま元の場所へ戻す《キャッチアンドリリース》。
念の為、虫下しや抗菌作用があるヨモギも一緒に食べておこう。
なるべく虫の姿を見たくないので、目をつぶって口へ入れてみた。
エビを殻ごと食べているみたいな、バリバリした歯応えで美味しい。
これはこれで美味しいけど、勧んで「食べたい!」っていう味じゃない。
今はワガママを言える状況じゃないから、我慢して食べるけど。
やっぱり、お肉が食べたい。
虫とヨモギを食べたら、そこそこおなかは膨れた。
あとは鳥の巣穴へ戻って、雨が止むのを待つしかない。
鳥の巣穴で、丸くなって眠る。
狭くて薄暗い巣穴の中にいると、とても安心する。
でもひとりぼっちで寝るのは、とても寂しい。
お父さんとお母さんに挟まれて、ふわふわもふもふの温かい猫毛に埋もれて眠りたい。
お父さんとお母さんに、会いたい。
雨が止めば川を渡って、ふたりに会いに行けるのに。
ฅ^•ω•^ฅ
鳥の鳴き声で、目が覚めた。
目を開けると、外から明るい陽の光が差し込んで来ていた。
巣穴から見上げると、空は青く晴れ渡っていた。
良かった! ついに晴れたっ!
嬉しくなって、いそいそと巣穴から出た。
地面はグチャグチャで、1歩踏み出すごとに足が沈み込んで歩きにくい。
ぬかるんだ土に苦労しながら、川まで辿り着いた。
昨日まで大雨が降っていたから、川は茶色く濁っていて流れも激しい。
う~ん、まだ渡れそうにないな。
早く、元通りになってくれればいいんだけど……。
どうにかして、渡れないかな?
川幅は10m以上あるから、ジャンプしても越えられそうにない。
周りを見回してみるけど、橋になりそうなものもない。
泳いで渡ろうにも、水の勢いが激しすぎて流されてしまいそうだ。
川を見つめながら、ずっと考えていたけど渡る方法は何も思いつかない。
仕方がない、川の流れが収まるまで待つしかないか。
お父さんとお母さんに会えるのは、もう少し先になりそうだ。
ふたりは、絶対に無事だと信じている。
川を渡ることさえ出来れば、きっと会える。
それまでなんとかして、ひとりでも頑張って生き延びなきゃ。
生きる為には、狩りをしよう。
雨が止んだから、動物たちも巣穴から出てきているはずだ。
今日こそ、お肉を食べるぞ!
獲物を探して歩き回っていると、角が生えたプレーリードッグみたいな動物の群れが草を食べているのを見つけた。
プレーリードッグくらい大きさの動物なら、ぼくでも狩れるはずだっ!
さっそく、プレーリードッグの群れに襲いかかった。
プレーリードッグの群れは慌てて逃げ出したけど、逃げ遅れた1匹を仕留められた。
そういえば、ひとりで狩りをするのは初めてだな。
いつもは、お父さんとお母さんと3匹で狩りをしていたから。
これでやっと、お肉が食べられる。
プレーリードッグは、鶏のもも肉みたいで柔らかくて美味しい。
やっぱり、お肉は美味しい!
お肉最高っ!
ฅ^•ω•^ฅ
それから2日後。
ようやく、川の流れが渡れそうな深さと速さになってきた。
これでやっと、向こう岸へ渡れるぞ。
ぼくは濡れるのは怖くない猫だから、ジャブジャブ歩いて川を渡る。
渡り終えると、走り回ってお父さんとお母さんを探す。
「お父さんお母さん、どこにいるミャ~ッ? ぼくは、ここにいるミャ~ッ!」
鳴きながら、あちこちを探し回る。
向こう岸では、いくら探しても見つからなかった。
だからきっと、こちら側にいるはずなんだ。
お父さんとお母さんは、必ず生きていると信じている。
見つけるまで、絶対に諦めないぞ!
ガサガサと草むらが大きく揺れ動いて、何かが近付いてくる気配がする。
川を渡れたことが嬉しすぎて、はしゃぎすぎてしまった。
鳴き声で、天敵を呼び寄せてしまったかもしれない。
でも、お父さんとお母さんがぼくを探しに来てくれたのかも。
期待半分、警戒半分。
相手の姿を見たらすぐ逃げられるように、身構えて待った。
【角が生えたプレーリードッグとは?】
|Ceratogaulusは、今から約3000万年~200万年前に生息していたと言われているネズミの祖先。
サイみたいに、鼻の上に2本の角が生えた、プレーリードックみたいな草食動物。
角が生えた齧歯類(ネズミの仲間)は、コイツだけ。
推定体長約30~40cm
推定体重約1~2kg




