第2話 猫のお土産
※頭文字Gが出てきますので、苦手な人は閲覧注意※
心の準備は、よろしいでしょうか?
いきますよ?
「そろそろ狩りに行ってくるニャー。シロちゃん、良い子で待ってるニャー」
「いってらっしゃいミャ」
サバトラはぼくの頭をひと撫でした後、集落を飛び出して森の中へ駆けて行った。
本来、猫は狩りをする生き物。
野生の猫は、小動物や爬虫類などを狩って食べるらしい。
サバトラを見送った後、シロブチがぼくの頭を撫でながら言う。
「シロちゃんもそろそろ、狩りを教えないといけないニャ。私たちも何か狩りましょうニャ」
「ミャ」
猫は本能的に狩りをするけど、生まれつき狩りが上手な訳ではない。
仔猫は、母猫から狩りを教わるそうだ。
親猫から育児放棄された仔猫は、狩りがヘタらしい。
ぼくも猫になったからには、狩りが出来るようにならなくちゃ。
初めての狩りで、ドキドキワクワクしている。
しばらく歩いていると、近くの茂みが大きく揺れて何かが飛び出してきた。
それを見た瞬間、恐怖のあまり大きく飛びのいた。
描写は、精神衛生上よろしくないから避けよう。
皆まで言わなくても、みんな知っている。
その名を口にするのもおぞましい、頭文字G!
「ミャァァァアアアアァァーッ!」
「シロちゃん、良く見ておくニャッ!」
ぼくが絶叫した直後、シロブチが素早く頭文字Gに飛びかかって鋭い猫パンチを繰り出した。
とどめとばかりに、頭文字Gに喰らいついた。
シロブチは得意げな顔で、頭文字Gを咥えてこっちへ近付いて来る。
ひぃぃ……、それをこっちに持ってこないでくれ……。
シロブチは頭文字Gを自分の足元に落とし、前足でぼくに差し出してくる。
そして、シロブチは優しい笑顔でこう言った。
「シロちゃん、食べるニャ」
いやいや、無理無理無理無理っ!
猫が頭文字Gを食べることは、知っていたけど!
元人間のぼくには、絶対食べられないっ!
しかも、まだ小刻みにピクピク動いているし……。
何度も首を横に振ると、シロブチは不思議そうに首を傾げる。
「どうしたニャ? 食べないと大きくなれないニャ」
頭文字Gを食べるくらいなら、一生大きくなれなくて良いっ!
ぼくとシロブチが頭文字Gを「食べて」「食べない」で揉めていると、何か重たいものを引きずるような音が近付いてきた。
振り向くと、そこにいたのはサバトラだった。
サバトラは、大きな動物を咥えていた。
動物は全然動かないから、完全にしとめられているのだろう。
サバトラは動物から口を離すと、満足げな顔で笑う。
「ふたりともただいまニャー、お土産ニャー」
「おかえりなさいニャ」
「シロちゃん、良い子にしてたかニャー?」
「ミャ」
「そうかそうか、良い子ニャー」
サバトラはご機嫌で、ぼくの頭を撫でてくれた。
サバトラが何を狩ってきたのかが気になり、恐る恐る近付いて見る。
それは、巨大なネズミだった。
頭文字Gよりはマシだけど、ネズミかぁ……。
「さぁ、みんな食べるニャー」
「いただきますニャ」
サバトラとシロブチは、美味しそうに食べ始める。
グロい光景に、思わず目を背けた。
猫科の動物は肉食で、狩った獲物を生のまま食べる。
分かっていたけど、これが猫に生まれ変わった宿命か。
「シロちゃん、これも食べたくないニャ?」
「食べないと、お腹が空いて死んじゃうニャー」
食べようとしないぼくを、ふたりが心配そうな顔でこちらを見てくる。
うぅ、そんな目で見ないでくれ。
ぼくだって、ものすごくお腹は空いている。
正直言って食べたくないけれど、食べなければ死んでしまう。
「わ、分かったミャ。食べるミャ……」
グロいのは見たくないから目をつぶって、恐る恐る肉に噛みついた。
あれ? 美味しい!
当たり前だけど、肉の味がするっ!
猫になったから味覚も変わって、生肉を美味しく食べられるようになったのか。
「やっと食べてくれて、良かったニャ」
「美味しいかニャー?」
「美味しいミャ!」
ぼくが肉を食べ始めると、親猫たちは安心した顔で笑った。
大きなネズミは、さすがにぼくたちだけじゃ食べきれない。
「残りのお肉は、集落のみんなにお土産にするニャー」
「アプソロブラッティナも、お土産にしましょうニャ」
残ったネズミはサバトラが、頭文字Gはシロブチがお持ち帰りするらしい。
それはそうと、アプソロブラッティナってなに?
何? その舌を噛みそうな名前?
この世界では、そんなムダにカッコイイ呪文みたいな名前なの?
どんなにカッコイイ名前を付けたって、頭文字G。
頭文字Gは触るのはもちろん、見るだけでも全身に鳥肌が立つ。
ぼくは頭文字Gを抱えたシロブチから離れて、サバトラの陰に隠れる。
距離を置いたぼくを見て、シロブチがしょんぼりする。
ぼくたちのやりとりを見たサバトラが、首を傾げてシロブチに問い掛ける。
「ふたりとも、どうしたのニャー?」
「シロちゃんは、アプソロブラッティナが怖くて食べられないらしいのニャ」
「アプソロブラッティナは、カリカリしてとっても美味しいのにニャー」
どんなに美味しくてもどんなにカッコイイ名前でも、あの見た目は変わらない。
無理なものは、無理。
頭文字Gを手放すまで、シロブチには絶対、近付かないぞ。
そんなこんなで、ぼくたちは集落へ戻ってきた。
集落に戻ると、サバトラが大きな声でみんなを呼ぶ。
「みんなー、フォベロミス・パッテルソニが狩れたからお土産ニャーッ!」
これを聞いた集落中の猫達が、ニャーニャーと喜びの声を上げながら集まって来る。
飼い主の「ごはんだよ~」を聞いて、猛ダッシュしてくる飼い猫みたい。
みんな「うみゃいうみゃい」と、大喜びで肉を食べている。
同じ集落で暮らすもの同士、こうして助け合って、のんびりと仲良く生きているのだろう。
こういうのって、微笑ましくて良いよな。
みんな猫だから、可愛いし。
ネズミは、フォベロミス・パッテルソニっていう名前なのか。
これもまた、舌を噛みそうな長い名前だな。
この世界には、色々変わった生き物がいるみたいで面白い。
これから、どんな生き物と出会えるのか楽しみだ。
ただし、頭文字Gはなしで。
ฅ^・ω・^ฅ
お腹がいっぱいになったら、急に眠くなった。
それもそのはず、猫は1日平均12~16時間も寝る。
生後5ヶ月未満の仔猫は、なんと20時間以上も寝ると言われている。
下手したら、食事以外は1日中寝っぱなしなんてこともあるらしい。
仔猫のぼくが、こんなに活動している方が珍しいんだ。
眠くてふにゃふにゃしているぼくを見て、シロブチとサバトラが笑う。
「シロちゃん、おねむかニャ?」
「狩りで疲れて、眠いニャー。みんなで、おうちに帰って寝るニャー」
そう言いながら、サバトラがぼくを抱っこしてくれた。
抱っこなんて、いつ振りだろう。
親に抱っこしてもらえるのは、小さな子供のうちだけ。
久々のぬくもりが嬉しくて、サバトラの胸にしがみつく。
仔猫になった今なら、甘えたい放題だ。
喉をゴロゴロ鳴らして甘えるぼくを見て、ふたりがおかしそうに笑う。
「あらあら、シロちゃんったら甘えんぼさんニャ」
「まだまだ赤ちゃんなんだニャー、可愛いニャー」
しばらくすると、地面に掘られた穴の前にたどり着いた。
周りを見れば、同じような穴がいくつもある。
どうやらここが、この集落に暮らす猫の巣穴らしい。
野生の猫は地面に穴を掘り、中に柔らかい枯草を敷き詰めて巣を作るという。
初めて見る猫の巣穴に、ちょっと感動する。
シロブチとサバトラが巣穴に入り、一緒に丸くなる。
ぼくはふたりに挟まれて、ねこねこだんご状態であったかくて気持ちが良い。
「おやすみなさいニャ」
「おやすみニャー」
「おやすみなさいミャ」
ああ、なんて幸せなんだろう。
ふわふわもふもふの猫毛に包まれて、あっという間に眠ってしまった。
【|Aphthoroblattinaとは?】
今から3億5920万年くらい前に生息していたといわれている、頭文字Gの祖先。
体長50㎝とか1mとかいう噂があるけど、それは夢見がちな誰かさんが流したウソ。
実際に見つかった化石は、約9㎝。
【| Phoberomys・pattersoniとは?】
今から800万年くらい前に生息していたといわれている、世界最大級のネズミ。
体長約3m、体重約700㎏あったと考えられている。




