第19話 未知なる世界に夢を求めて
「シロちゃん、これからどこへ行くニャー?」
「私たちは、シロちゃんの行きたいところならどこでも付いて行くニャ」
行きたいところと言われても、行く宛てはない。
最初の目標は、森の外へ出ることだった。
森を出ると、見渡す限りの大草原が広がっていた。
遠くには、巨大な山が見える。
本当にそれ以外、何もない。
イチモツの集落のミケさんが言っていた通りの光景が、ぼくの目の前に広がっている。
この辺りに、ケガや病気で苦しんでいる猫はいなさそうだ。
だったら、次に目指すのは遠くに見える巨大な山かな。
「あの山まで行けば、何かありそうな気がするミャ」
「あの山へ行くニャー?」
「じゃあ、行くニャ」
お父さんとお母さんは、ニッコリ笑って大きく頷いてくれた。
そうと決まれば、まずは腹ごしらえだな。
おなかが空いていたら、どこへも行けないもんね。
草原ではウマのような草食動物の群れが、ムシャムシャと草を食べている。
「アレを狩りたいミャ!」
ぼくがウマのような動物を指差すと、お父さんが優しい笑顔から狩りの顔になる。
「あれは、パラヒップスニャー。みんな、音を立てずについて来てニャー」
ぼくたちは身をかがめて草に隠れながら、忍び歩きでパラヒップスの群れに近付く。
ある程度近付いたところで、お父さんの合図で一斉に飛び出す。
パラヒップスの群れは、突然襲いかかってきたぼくたちに驚いて慌てて逃げ出した。
ぼくたちは逃げていくパラヒップスの群れを、追いかける。
しばらく追いかけっこが続いたけど、群れの一番後ろを走っていたパラヒップスに疲れが見え始めた。
お父さんが後ろ足に飛びつくと、パラヒップスは大きく転んだ。
ウマは走っている時に転ぶと、高確率で足を骨折するらしい。
ウマは体重が約500kgもあるので、1本でも足を骨折してしまうと、自分の体を支えられなくなる。
立てなくなったウマは、重い病気にかかって死んでしまうそうだ。
骨折した競走馬を安楽死させるのは、少しでもウマを苦しませない為だと聞いたことがある。
ぼくとお母さんも続いてパラヒップスに飛び掛かり、仕留めた。
パラヒップスの群れは振り向くことなく、そのまま逃げ去った。
3匹で食べるなら、1頭で充分だ。
パラヒップスは、新鮮な馬刺しみたいな味でとても美味しかったです。
ฅ^•ω•^ฅ
果てしなくどこまでも広がる、緑の大草原。
ぼくたちは川に沿って、大草原を駆けていく。
山へ向かっているはずなのに、全然近付いている気がしない。
草原には比較対象となるものがないから、近くに見えているだけで実はめちゃくちゃ遠いのかもしれない。
かといって、他に行く宛てもない。
ひたすら、山に向かって走り続けるしかない。
大草原には、草食動物の群れしかいない。
ざっと見渡してみたけど、危険生物はいないようだ。
森の中には色んな動物がいて、危険生物もいっぱいいたのに。
生息区域が違うだけで、こんなに変わるのか。
長老のミケさんが言っていた通り、大草原以外本当に何もない。
「走査」を、使う必要もない。
何もないからこそ、感じられる幸せがある。
喉が渇いたら川の水を飲み、おなかが空いたら草食動物を狩る。
眠くなったら、お父さんとお母さんと寄り添って眠る穏やかな日々。
これが、猫本来の生き方なのかもしれない。
ぼくたちは、ゆったりのんびりと旅を続けた。
ฅ^•ω•^ฅ
それから、何日経過しただろうか。
山の近くの草原で、数匹の猫たちが猫会議をしているのが見えた。
猫会議しているってことは、この近くに集落があるはず。
さっそく、猫会議中の猫に近付いて話し掛けてみる。
「初めまして、こんにちはミャ!」
「こんにちはニャァ。おや、このあたりでは見かけない仔猫ニャァ。どこの子かニャァ?」
猫会議に参加していた猫は、優しい笑顔で挨拶を返してくれた。
「ぼくは、お父さんとお母さんと一緒に旅をしていますミャ。この近くに、猫の集落はありますミャ?」
「集落? そんなものはないニャァ」
ない?
ないって、どういうこと?
森の中では、森の開けた場所に猫たちが集落を作っていた。
もしかしたら、草原で暮らしている猫は集落を作らないのかもしれない。
ふと見れば、生後2週間くらいのちっちゃい赤ちゃん猫が3匹いた。
よちよち歩きで、幼い声でミャアミャア鳴いてじゃれ合っている。
可愛い! 赤ちゃん猫だっ!
猫は成猫になっても可愛いけど、赤ちゃん猫は何百倍も可愛い。
赤ちゃん猫は見ているだけで癒されるし、自然と笑顔になるよね。
ぼくはちっちゃな赤ちゃん猫を、ずっと見つめていた。
可愛い赤ちゃん猫を眺めて満足したところで、さっきの猫に話しかける。
「皆さんは、どこに棲んでいるのですミャ?」
「ここにいる猫はみんな、この辺りを縄張りにしている猫ニャァ」
なるほど、縄張りか。
どんな生き物にも、縄張りがある。
もちろん、人間にも縄張りがある。
学生さんは、同じ学校に通っている学生さん達がいる学区がある。
おまわりさんにも、所轄っていう縄張りがあるんだよ。
草原の猫は森の猫と違って集落を作らず、縄張りで暮らしているということか。
しかも、この縄張りは安全そうだ。
安全だと分かる理由は、赤ちゃん猫がいるから。
赤ちゃん猫は体が小さくて未熟だから、病気にかかりやすくて肉食動物にも狙われやすい。
イヌノフグリの集落とキランソウの集落には、仔猫が1匹もいなかった。
きっとぼくが訪ねる前に、病気やケガで死んでしまったんだ。
「ぼくは、お医者さんですミャ。ケガや病気で苦しんでいる猫はいますミャ?」
「仔猫の君が、お医者さんニャァ?」
目の前の猫はぼくの言葉を信じてくれず、笑い飛ばされてしまった。
信じられなくても、無理はないんだけどね。
今まで仔猫のぼくがお医者さんだと信じてもらえたのは、ケガや病気で苦しんでいる猫がいたから。
実際に猫たちを救ってみせたから、仔猫でも信じてもらえた。
ここの猫たちは今、お医者さんを必要としていない。
別に、信じてもらえなくっても良い。
お医者さんがいらないってことは、平和な証拠だからね。
念の為、草原でくつろいでいる猫達に向かって、手当たり次第に「走査」してみた。
捻挫や骨にヒビが入っているくらいのケガをしている猫はいたけど、どの猫も処置の必要はなかった。
猫は捻挫や骨折に強い動物で、安静にしていればすぐ治る。
調べた限り、感染症にかかっている猫もいないようだ。
この草原にいる猫たちは、お昼寝したり、毛づくろいをしたり、猫じゃらしにじゃれたりと、平和そのもの。
ケガや病気で、苦しんでいる猫がいない。
それはぼくにとって、喜ぶべきことだ。
もしかしたらこの縄張りには、ぼくよりも優秀なお医者さんがいるのかもしれない。
「この縄張りに、お医者さんはいますミャ?」
「お医者さんなんて、いないニャァ」
どの猫に聞いても、お医者さんはいないと言う。
お医者さんと会えたら、聞きたいことがいっぱいあったのに。
イチモツの集落の茶トラ先生以外、お医者さんと会ったことがない。
この世界では、お医者さんが少ないのかな?
どこへ行けば、お医者さんに会えるんだろう?
ぼくは、質問を変える。
「猫会議って、何をしているんですミャ?」
「何もしてないニャァ。同じ縄張りで暮らしている猫同士で、集まっているだけニャァ」
え? 何もしてないの?
人間だった頃に、何度か猫会議を見掛けたことがあるけど。
数匹の猫が輪になって座っているだけで、何かをしているようには見えなかった。
人間が通りかかると、「何見てんだよ?」みたいな感じで睨まれる。
あれ? なんかそういうのって、どっかで見たことあるような……?
夜のコンビニの前で、集まっているヤンキーみたいな感じ?
ヤンキーも、集まっているだけで特に何もしていない。
そういえば、ヤンキーも輪になって座っていたな。
通りかかると、「何見てんだよ?」って睨まれるし。
そうか! 猫会議はヤンキーと同じだったんだっ!
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※個人の感想です。
猫会議で猫が何をしているかは、人間にとって永遠の謎。
【Parahippusとは?】
今から約3600万年くらい前に生息していたといわれている、ウマの祖先。
最も古いウマの祖先である|Hyracotheriumが、草原で生きる為に進化したもの。
現在のウマとほぼ同じような姿で、ポニーサイズだったらしい。




